22 懇親会(3)
「そしたら、奥から『はーい』って声がして。ペタペタ足音がした」
「……うん」
「暗い廊下の向こうのガラスの引き戸が開いて、奥さんらしき人がこっちに向かって歩いてくるんだけどね」
「……」
「人影に見えたんだけど……違うんだよね。どうみても蜥蜴なんだよ。人型の」
「それは……なかなかハードだな」
「和風の廊下を向こうから近づいてくる、割烹着を着た蜥蜴人間って、なかなかシュールだぜ」
「で、どうしたの?」
「どうもこうも、営業所長にどやされ過ぎてストレスで幻覚見てるって信じて」
「うん」
「普通に挨拶したよ」
「まじかよ」
「正直、向こうは『ご主人』じゃなくて、『奥さん』って感じだったから、『私では分かりません』って断ってくれると思った。そしたらこっちも粘らずにさっさと家を出ようと考えたんだ」
「そらそうだ」
「そしたらよ……」
「もしや……」
「奥さん蜥蜴が、金融商品に興味を持っちゃったんだよ。……少なくとも話聞く気満々だった」
「まじか」
「俺は、一時間の間、蜥蜴人間相手に信託投資とか国内債券の説明をしたよ」
「聴いているだけで吐きそうだ」
……結局、有磯は冷や汗を流しながらも、自社のお薦め金融商品の説明をやり切って、その家を辞した。ただ、帰りしなに蜥蜴人間から恐ろしい事を言われた。
「主人にも話を聞かせたいので、また来てくださいね」
有磯は当然、自分の名刺を渡している。すっぽかす訳には行かない。ただ、彼も運動部で活動し、厳しい練習や試合のプレッシャーにも耐えて精神は鍛えられている。逆に考えた。『今日は幻覚を見ただけ。次に行けば普通の人間の筈』自分が正常かどうか確かめるチャンスだと。彼は、己の勇気を掻き集めた。
考えは甘かった。……二週間後、件の家に行くと、蜥蜴人間が二人、玄関で迎えてくれた。有磯は最後の精神力を振り絞って自社の金融商品の説明しおえ、家を辞すと一番最初に眼に入った『心療内科』の看板を掲げてある病院に飛び込んだ。
「……あとは石動とおんなじだよ。その後、射水室長を紹介されたって訳」
「なるほど……」
なかなか凄まじい体験だ。石動さんも有磯も予備知識なしで生きている蜥蜴人間と遭遇したのか。それに比べたら俺のフォンテインでの経験なんて、イージーモードだ。
「神通さんは、どういうきっかけで?」
「私は……有磯さんみたいに衝撃的では無かったんだけどね」
「うん」
「私は大学卒業後に、食品メーカーに就職して、営業に配属されたの」
「うん」
「で、伏木くんが働いていたようなスーパーの食品売り場の主任さんとか、バイヤーさんに商品の提案をしたり、発注依頼を掛けたりとかが業務だった」
「ああ分かりますよ。ウチらが言う所の『メーカーのセールスさん』ってやつですね」
「そう。それです。ただ、入社して二年目の時に、働いていた会社が別の食品メーカーを買収することになって」
「へぇ。凄いですね」
「ウチもいわゆる『中小企業』って言われる会社だったんですが、それよりも小さいメーカーってあるんですよ。家族経営しているような所」
「なんとなく分かります」
「そこが、跡継ぎもいないし、社長さんが年齢的に仕事を続けるのが大変って事で廃業することになったんです。ただ、そこの商品がスーパーさんに割と人気だったんで、私が居た会社が買収して生産を続けることにしたんです」
彼女はここで飲み物を一口飲むと、話を続けた。
「その買収計画の業務の細かい仕事を、営業も受け持つことになって。小さい会社でしたし。その会社の工場に訪問したの。そしたら、作業しているパートさんに混じって、蜥蜴人間が三人くらいいた……」
「いや、充分衝撃的でしょ。それ」
「確かにそうかもしれない。ただ、あの時は自分が夢でも見てるのかと思ったのと……正直なとこ、食品メーカーって激務で……大きくない所だったし」
「あぁ、なんかそういう話は聞いたことある」
「休日出勤やサビ残も普通にある会社で、あの頃は睡眠不足が当たり前だったんで、疲れて幻覚を見ているのかと、自分に言い聞かせました」
「やっぱり、幻覚って思うよね」
「そりゃ、実在するなんて思わないから」神通さんが笑う。
「それで?」
「うん。買収プロジェクトって事で、そこの会社には何回か訪問して、その度に蜥蜴人間を見て。ただ蜥蜴人間を見るのは、そこの会社の工場でだけ。しかも特定の人だけ。……不思議に思っていた或る日。……わたしも伏木くんと同じパターン」
「同じって?」
「フォンテインのある商店街、あそこに飛び込みで営業していて、ランチついでに商談しようと思って、フォンテインに入ったの。あの剥製を見た時、身体が凍ったよ」神通さんは思い出したように笑う。
「へぇ……」
「あとは、伏木くんと同じで……私の表情を見て察した魚津さんが、こっそり射水室長を呼び出してって流れ」
「なるほどね……」
皆、様々な生活があったのか、そしてその中で『蜥蜴人間』が、『平凡な生活の隙間』に、まさに蜥蜴のようにするりと入り込んできたのか。そして生活が激変した。そして普段生活していたら巡り合う可能性が皆無であっただろう、陸上自衛隊の隊員や作戦分隊の皆と出逢う事になった。
離合集散
そんな言葉がふいに浮かんだ。本来の使い方とは間違っているのかもしれないが、俺にとっては、この熟語が一番しっくりきた。訓練も修了して、少しホッとした俺は、ちょっと感傷めいた気持ちが沸き上がった。




