21 懇親会(2)
射水室長の簡単な挨拶と乾杯で、すぐに懇親会が始まった。冷たいビールを喉へ一気に流し込む。冷たい液体が喉を通り、胃袋まで落ちて行く感触がした。
(ああ、美味い!)生き返るような気分だった。
……ところが、二口ほどビールを流し込んだ数秒後、身体がカッとすると同時に、酒が身体を廻った時の、フワッとした感覚が身体を襲った。
(嘘だろ?二口しか飲んでないのに?)
四か月アルコール抜きで厳しい訓練を行った事から、自分の思った以上にアルコールに弱くなっているらしい。
(普段のペースで飲んだら悪酔いするぞ)
俺は、そう考えると、初めて酒を飲む大学生のようにビールをちびちび舐め、料理を口に運んだ。美味い。居酒屋料理ってなんでこんなに美味いんだろう。そう思いながら、好物の若鶏の唐揚げに箸を伸ばした時、皿の端に絞ったレモンの皮があり、唐揚げがレモン汁で濡れているのに気が付いた。一瞬、箸が止まった。
(あああ……誰ですか……レモン汁掛けたいなら自分の分だけ掛けて欲しかった……)
『唐揚げにレモンは不要派』の俺にとっては少し残念だった。いや、掛けたい奴は掛ければいい。なぜ、全部に一気にかけるのですか?取り分けた自分の分だけにすればいいのに……。
俺は諦めて、唐揚げを口の中に放り込んだ。レモンの酸味が効いている。効かなくても良いのに。ただ、そんなしょうも無い事で犯人捜しをする気も無いので、黙って口を動かしながら周りを見渡した。
正面に座っている有磯は炒飯を美味そうに口に運んでいる。その横に座っている神通さんは酎ハイを舐めながら、卵焼きを箸でつまんでいる。酒が廻ったのか楽しそうな顔で色白の顔が桜色になってる。白米から赤飯になっている。めでたい。
俺の横の石動さんは、ちゃっかり高岡隊長の隣だ。彼女も笑顔で酎ハイを飲んでいるが、彼女の顔を見て驚いた。ピッチが速いのか酒に弱いのか、彼女の顔は梅干しみたいに真っ赤になっていた。大丈夫か?
高岡隊長は城端二尉と楽しそうに話しながら酒を口に運んでいる。少し会話が聞こえた。どうやら高岡隊長は、この数か月不眠不休で働いて、今日は久々の息抜きらしい。
「隊長、ターゲットの動きもありませんし、支援分隊と有磯はアルコール抜きです。今日は飲んで頂いて大丈夫ですよ」
「隊長の俺が……すみません。城端二尉」
「いえいえ、作戦分隊が育ったら、今度はウチらが飲ませて頂きますよ。今日は気にせずお飲みください」
「済まない。じゃ、もう一杯だけ……」
「お注ぎしますよ。隊長殿」
二人をみていると、ドラマに出ているリーマンの上司と部下の飲み会のシーンのようだった。もっともこちらは、ハーフ系イケメンとヤクザの若頭みたいな風体の組み合わせだが。
料理を食べ、空腹が少し収まったところで、俺は有磯に話しかけた。どんなきっかけで入隊したのか聞きたかったのだ。
「有磯?」
「お、なに?」
「有磯って、蜥蜴人間が見えたきっかけって、なんだった?」
「ああ。その話か。伏木、お前はフォンテインで蜥蜴人間の剥製を見て、射水室長にスカウトされたらしいな」
「ああ、知っていたのか?」
「おう。前に高岡隊長に聞いたよ。石動の事も」
「そうなんだ。ちなみに高岡隊長も『見える』人なのか?」
「いや、あの人は普通の人だよ。ただ、それ以外の能力はずば抜けているけどな」
「環境省の役人?」
「元は、陸自だよ。退官して環境省に入り直したらしい。頭良いんだな」
「すげぇな」
「イケメンだしな。じぃちゃんがドイツ人らしいから、クォーターになるのかな?クォーターの割にはドイツの血が強く出たみたいだ。羨ましい」
「同感だわ」……自分の予想通りドイツ人の血を引いていたのか。なんかドイツって感じするし。
「……そうだ伏木、お前、柔道やっていたんだろ?高岡隊長に稽古付けて貰えよ」
「高岡隊長も柔道経験者なの?」
「国体にも出たらしい。四段って言ってたかな?四段って強いのか?」
「四段か……。化けモンだよ。たぶん立ってられない」
「そうなのか。柔道って八段とか九段とかあるから、その人たちの方が強いのかと思ってたよ」
「ああ、柔道の段位は実力で上がるのは五段までかな?六段は、五段で抜群の成績を取った人から順番に昇段対象になっている感じ。七段からは指導者や柔道普及に努めたとか、『柔道界への貢献』に対する評価に変わって来るんよ。イメージで言うと『名誉段』になる。だから八段九段ともなると、皆、御老体だよ。勿論、現役の時は無敵の強さを誇っていたから、尊敬に値する先生方だけど」
「なるほど。だからオリンピックに出場する柔道選手って、四段とか五段の人が多いんですね」神通さんが口を挟む。
「そうそう。その通り。五段から六段までは修行年数も長いし、現役最高段位は、実質五段だと思って貰って良いよ。大学生で四段とかだと相当強い」
「お。じゃ隊長は大学で四段だったらしいから、強いってことか。『五段取るの大変だし、仕事に就いてからは練習する時間がないから、もう昇段試験は受けない』って言ってたな」有磯が言葉を受ける。
「でも、十回やったら一回くらいは勝てるんじゃないんですか?」神通さんが質問してくる。
「いや、一回の奇跡も起こらない……と思う。隊長と俺にはそのくらい実力差がある」俺は、四か月前の倉庫の事件を思い出した。あの時は気持ちが昂ぶっていたとはいえ、弱小の高校柔道部程度の腕前で、未知なる生物に素手で立ち向かおうとした自分にゾッとした。
「へぇ。そうなのか」有磯は口を閉じる。引き締まった口元が強調される。その口元と長身ながら筋肉の付いた身体を見て尋ねた。
「有磯は、部活は何してたの?」
「あぁ、俺?バスケ部だったよ」
「柔道部の敵」俺は言葉に力を込めた。
「え?なんでだよ?」突然の言葉に有磯は怪訝な顔で尋ね返す。
「ウチの高校では、サッカー部とバスケ部が女子に人気だった。柔道部なんて蚊帳の外」
「そんなこと気にして部活してたのか」有磯は笑いながら言う。神通さんも思わず苦笑した。
「ま、気にしてない筈だったんだけどね。試合で綺麗に技が掛かって一本取れても」
「うん」
「会場は『うぉおおっ』って野太いどよめきが起こるんだけど、いわゆる黄色い声は一切起こらない。キャーキャー言われたい年頃だったから、バスケの練習試合とか観てると殺意が沸いた」俺の言葉に有磯と神通さんが笑う。俺も自分で言いながら釣られて笑った。
「……そうだ、話し戻しても?」
「うん?」
「有磯が蜥蜴人間を見たきっかけ」
「ああ。俺、高校卒業してから専門学校行って、そのあと中小の証券会社に入社したんよ。『結果が全て』という業界だけど、やっぱり専門学校卒だと大手には入れなくて」
「うん」
「で、『目標と言う名のノルマ』が全然行かない時は、営業所長にハッパ掛けられて、ノルマ達成のために、めぼしい顧客の自宅をしらみつぶしに訪問して、金融商品勧めるのよ」
「大変だな」
「ま、仕事はなんでも大変だ」
「確かに」俺は深々と頷いた。
「で、その時も所長にどやされて、顧客名簿を手に顧客訪問してた」
「なるほど」
「で、顧客名簿には無かったけど、古いけど門構えが、割かし立派な和風な家があって、そこに飛び込みで訪問したわけ」
「ガッツあるな」
「こんなもん慣れよ。慣れ」
「そんなもんか」
「で、玄関に入って広い三和土に突っ立て『すみませーん』って奥に続く廊下に声を張り上げた」
「おう」俺は、昭和から続く古い和風家屋を想像した。玄関に黒電話があって奥に続く廊下の床は黒光りしていて、内部の漆喰の白壁は昼でもなお暗い。そんな情景が目に浮かんだ。




