19 顔合わせ(2)
室長室の扉の前に到着した。俺は一つ深呼吸をすると扉を開ける。射水室長が居る。陸自の害獣対策班のメンバー四名も集合していた。見知った顔が居て俺は少しホッとした。
害獣対策班の横に、俺と石動さんと同じように、陸自の迷彩服を着た若い男性と女性が並んで立っていた。あの二人が同じ『作戦実行班』のメンバーなのだろうか。
射水室長の横には、一歩下がって陸自の迷彩服を着用した若い女性が居た。『休め』の姿勢をしているが、背筋を伸ばした立ち姿勢が美しく、彼女も陸自のメンバーのように思えた。
……そして正面には室長の机があり、その前に一人の男性が立っていた。彼が隊長か。彼もまた陸自の迷彩服を着ていた。実務上のノウハウや装備の事を考えれば仕方が無い話だが、スーツを着用しているのは射水室長だけで、他は全員が迷彩服を着用している陸自関係者ばかりだった。蜥蜴人間の件は、本当に環境省主導の案件かと錯覚しそうな風景だった。
俺は隊長を見る。対害獣対策班の雄山を初めて見た時、余りのイケメンぶりに驚いたが、隊長の顔貌もそれ以上に整っていた。雄山は鼻筋が通って切れ長一重の男前で、自衛隊員らしく、見る者に『侍』とか『剃刀』をイメージさせる精悍な顔立ちだった。或る意味、『男受けする』イケメンだった。
隊長は彫りの深いハーフっぽい整った顔立ちで、綺麗な二重だった。新湊の野性的な眼つきではなく、知的で温和な眼をしていた。
鼻梁が日本人離れして高く、綺麗な形の鼻をしている。瞳は薄い茶色で肌がやや白く、髪の毛も、蛍光灯の電気を浴びている部分はかなり明るい茶色に見えた。やはり日本人以外の血を引いていると思われた。年齢は三十歳くらいだった。
(これはズルいわ)俺は思った。同じ人類でこうも違うか。造形の神の力作だ。その分、手抜きの作品もある訳だが。俺とか。…………仲谷とか。神様疲れてた?仕事が雑なんだよ。
(ドイツ人の血でも引いているのかな?)
俺は日本人が勝手に抱く『整った顔立ち=ドイツ人』のイメージから、彼がドイツ人のハーフかなんかだろうかと妄想した。
最近の女性は『彫りの深い顔は「濃い」から苦手』とかいう人も多いが、隊長はそういうレベルを超越していた。
(これはモテるんだろうな)隊長の顔を見ながらぼんやりと考えた。そう思いながら、ふと石動さんの方を見る。彼女は眼をきらんきらんさせながら隊長を凝視している。瞳の中にハートマークやら流れ星やらが飛び交っている。少女漫画のように。 石動さん……アンタ、女子高生か。
「伏木さん、初めまして。……石動さん……お久しぶりですね。……大分頑張ったみたいですね。大丈夫ですか?チームのためにありがとう。感謝しています」
隊長は、優しげな中にも心配そうな表情で、石動さんの顔を見る。石動さんは顔を赤らめて下を向く。石動さんの乙女が加速する。
隊長は石動さんの変化を気が付き、謝罪と感謝の念を即座に伝えた。しかも『痩せた』とか『疲れてるみたい』とか余計な事は言わない。これは気配り上手。顔だけではなく心までもイケメンらしい。顔も心もイケメンな男性が、憂いに満ちた表情を女性に向ける。当然、女性たる石動さんのハートは……
「そ、そんなことないですぅ」石動さんは顔を赤らめて首をぶんぶん振る。初めて異性に告白された女子中学生のようだ。段々若返ってる。次に隊長に声を掛けられたら幼稚園児になるかもしれない。
「いえいえ。訓練は厳しかったって聞いてますよ。石動さん、最後まで挫けなかったそうですね。教官達は褒めていましたよ。私もそれを聞いて嬉しかったです」
「そ、そんなっ……わたしは、ただみんなの足を引っ張りたくないって気持ちだけでぇ……」
石動さんは、舌っ足らずの口調で言葉を返す。それ、やめようや。あと、オカンの電話みたいに声をオクターブ上げるの止めて下さい。心の底からお願いします。こっちが赤面するから。本当に。
微笑みを浮かべる隊長と、はにかむ石動さん。それを周りで見つめるゴリラのような野郎どもは、何かを耐えるかのような無表情。
……いや、女性が二人いる。同じチームメンバーと女性自衛官だ。チームメンバーの女性は、石動さんの影でよく見えなかった。もう一人の女性自衛官は俺からよく見えた。彼女は、俺達が今被っている迷彩の戦闘帽では無く、暗緑色の野球帽のような略帽を被っていて、表情はよく分からなかったが、マネキン人形のような空虚な眼で、あらぬ所を見ているのは分かった。
(どーでもいいけど、はやく始まんねーかな)と言いたげな眼だった。
(分かります。同感です!)俺は、まだ言葉も交わしていない初対面の女性に激しいシンパシーを感じた。
「そうですか?明日は休みですから、ゆっくり休んでくださいね」
「大丈夫ですっ!全然疲れてませんからっ!」
(いやいや、さっき疲れてるって言ってたよね)突っ込みたいが歯を食いしばって耐える。
(これ、チーム全体の顔合わせでしたよね。なんか自分たちがどうでも良い存在のように思えてきた。もう二人でやっててください。あとはこっちで適当にやるから)
二人が話し、石動さんが反応するたびに、室長室には気恥ずかしいような、何とも言えない独特の空気が流れる。
(もう無理。この空気。中学生の初めての告白現場に立ち会ってる気分だ。恥ずかしくて恥ずかしくて背中がムズムズする)
俺は、余りにも背中がむず痒いので、背中をそっと触ってみた。大丈夫。余りにも恥ずかしい時に生えてくる『天使の羽根』はまだ生えていない。ただこれ以上続くと、天使の羽根が生えたゴリラは空を駆け天に召されるだろう。まだ何も始まっていないのに。
(石動さん、そうは言ってもそれなりにモテるだろ?恋愛経験ないのか?なんでこんな女子中学生みたいな反応するんだ?)ふと自分の心に疑問が持ち上がった。
(……四か月の訓練のストレスの反動か?)
もう、そうとしか考えられなかった。彼女は超絶とは言わないが、一般女性の中では充分美人として通用する見た目だ。四か月一緒に訓練で寝食を共にしたが、性格も悪いと感じたことはなかった。むしろ愚痴をこぼさず、厳しい訓練に懸命に取り組む姿勢は好感を持ったくらいだ。
顔立ちは良い。性格も良いと言っていいだろう。
そう考えると、常識的に考えて恋愛経験は普通にあるだろう。そうであるなら、自分のタイプの男性を見ても、嬉しそうな反応こそすれ、まるで初めての中学生のように、あんな心をフルオープンにする振る舞いは普通しないはずだ。やはりストレスだ。ストレスが彼女を狂わしたのだ。憎むべきはストレス。ストレスは敵。
「モチベーション高いですね。楽しみにしています」隊長は穏やかな笑みを崩さない。男の俺ですら見入ってしまうような笑顔。そして優しい口調。
「はっ、はぃぃっ! がんばりまっすぅっ!」
もう無理。だれか俺を殺して。
「まぁまぁ、積もる話はこの後、懇親会を予定していますので……」射水室長が、得意の『まぁまぁ』を使って、この場の収拾を図った。
「そうですね。取りあえず顔合わせを始めましょうか」隊長が答える。全員が心の中で安堵の息を漏らす。石動さんはどうか分からないが。
「全員、姿勢を正して」
氷見が待ってましたとばかりに号令を発する。皆も、この瞬間を待っていたかのように気を付けの姿勢を取る。隊長を前に、くにゃくにゃくねくねしていた石動さんも、号令の声を聞くや否や、背筋を伸ばして姿勢を整える。流石に偉大だ。四か月の訓練は。
「ではこれから、環境省及び陸上自衛隊による、対特殊害獣対策チームの結成式と全メンバー集合に伴う顔合わせを行う」氷見が淀みなく話す。
「では、まず組織運営に関して……伏木、石動の両名が訓練課程を満了して、本日よりチーム加入するため、組織を若干再編することになった。今日からが本稼働となる。詳しい内容を射水室長よりご説明頂きます。……室長、お願いします」
氷見が射水室長を促す。室長が正面に立って言葉を発する。
「皆さん、お疲れ様です。本日より、対特殊害獣対策チームが本稼働することになりました。伏木さん、石動さんも厳しい訓練を満了してくれました。立派な戦力になってくれると期待しています。そして、即応的に運営がなされていたチームですが、この度、指揮系統を一元化して組織の再編を行います。まず……医療、衛生、事務、教育、武器戦闘などの、対害獣全てに於ける業務を受け持つ、この部署は、
『環境省自然環境局 特殊害獣対策室 対策課』から、『環境省自然環境局 特殊害獣統合対策室』に名称が変わります。そして、その長は私射水が、引き続きあたらせて頂きます。よろしくお願いいたします」ここで射水は言葉を切って頭を下げ、皆に一礼をする。
射水以外は陸自の教育を受けている。彼の一礼に対して全員が敬礼で返礼した。俺も石動さんも、『礼』ではなく勝手に右手が敬礼の姿勢を取っていた。
「そして、実際に特殊害獣と接触し排除する実働部隊ですが、環境省が人材を確保し陸上自衛隊の皆様に教育をお願いして、『作戦実行班』と仮称していましたチームと、陸上自衛隊で組織して頂いた『陸上自衛隊 対特殊害獣班』は一つの組織に再編致します。名称は『対特殊害獣作戦実働隊 零小隊』となります」
(教官の言った通りの名称だな。かっこいいような恥ずかしいような)
「……零小隊は、陸自の『対特殊害獣班』と環境省の『作戦実行班』で役割が違います。これは踏襲してまいります。旧『作戦実行班』は『作戦分隊』、旧『対特殊害獣班』は『支援分隊』と名称を変更致します。支援分隊の分隊長は今まで通り、陸上自衛隊の城端二尉が、作戦分隊の隊長は、小隊長も兼任して頂くことになります。……伏木さんは初めてですね」射水は俺を見ながら、視線を隊長に向ける。俺は室長の顔を見ながら軽くうなずいた。
「小隊長兼作戦分隊隊長の名は……」射水が言いかけるのを丁寧に制して、隊長は軽く一歩前に出た。自分で言うらしい。
「ただいま御紹介に預かりました、私は……」
(ハインデンブルグ・フリードリッヒ・シュタイナー)
俺は彼に対して勝手に抱いたイメージで、適当に思いついたドイツ風の名前を心の中で呟いた。
「高岡です。高岡武です。よろしくお願いいたします」彼は丁寧に一礼した。
(あれ?割と普通な名前なのね)
皆に遅れて慌てて返礼しながら、俺は思った。(少なくとも高岡って感じでは無いよな。どう見てもシュタイナーだ)
彼は、自己紹介ついでに挨拶を始めた。とは言っても、環境省と陸自が協力して蜥蜴人間の目的を調査し、必要とあればそれを排除していこう。という簡潔なものだった。平易な言葉を使いながらも、分かりやすく具体的に伝えたい事を伝える話術は、やはり頭の良さを感じさせた。
(イケメン、性格が良さそう、知的か……神様の自信作だな。全く)俺はつくづく思った。こんな人もいるんだ。世間には。




