18 顔合わせ(1)
秋風が吹き、空気が冷たくなる頃、四か月の陸自での訓練が満了した。訓練中は、射水室長や陸自の対策班から呼び出しも無かった。なので、蜥蜴人間に大きな動きは無かったのか。
訓練課程満了日に、俺と石動さんは連隊の会議室で、『訓練課程卒業式』に参加した。
鬼教官達は、全員笑顔で訓練課程満了を祝ってくれた。皆、握手をして肩を叩いて励ましてくれた。石動さんは、この時、初めて声を上げて泣いた。顔をくしゃくしゃにして嗚咽していた。
「おい、石動、これからが本番だ。今日からがスタートだぞ。泣くな」
励ます教官も貰い泣きしていた。死神の眼にも涙。最後に教育班の班長が訓示した。自衛官らしく分かりやすく、簡潔で短いものだった。最後に彼は言った。
「いいか、二人とも。状況から鑑みて、二人が実戦に参加する事は間違いない。……厳しい状況に陥るかもしれない。……ただ、例えどんな状況に陥っても、決して諦めるな。挑め。恐怖を乗り越えろ。……これを二人に対する贈る言葉にしたい。陸自も最大のバックアップをする。頑張ってほしい」
俺と石動さんは、四か月ぶりに対策室ビルに戻った。蜥蜴人間と遭遇した夜に泊まった殺風景な部屋が、自室として割り当てられていた。少し広めのトイレが付いていて、トイレ内にはシャワーが取り付けてあった。基本的に、食事はビル内の食堂で提供され、湯船に浸かりたいときは、共同風呂を利用する事になっていた。
昔は、どこかの企業の研修ビルか寮といった感じだった。四か月前に荷物を運び入れた、ほぼそのままの状態の部屋に戻る。独身男性の一人暮らし。荷物は段ボールで五~六箱という少なさだった。
引っ越す時、対策チームはゴミ廃棄用の軽トラックを一台廻してくれた。俺は部屋にあっても殆ど使って無い物を思い切って捨てた。軽トラの荷台にドンドン放り込んだ。対策室の寮部屋には布団付きのベットがあるのを知って、薄汚れた煎餅布団もトラックの荷台行きになった。リサイクルショップで買って使っていた電気ポットも冷蔵庫もレンジやテレビも。全て備え付けてあると聞いて、軽トラの荷台行きになった。
その結果、残ったのは着替えとスマホとパソコンと少しの本とCDやDVDのメディアだけだった。CDやDVDなんかも、今の配信サービスの充実ぶりを考えればそこまで重要ではない。……ほんと将来はスマホとパソコンと、パンツと布団だけで生活できる時代になるのかもしれない。
昼過ぎに対策室に戻った俺は、部屋を片付け始めた。夕方には、先に訓練を満了した二人のメンバーと顔合わせの予定だった。俺と石動さんと、その二人の合計四人が、『作戦実行班』というチームになるらしいかった。卒業式の時、教官が教えてくれた。
「『作戦実行班』じゃ分かりづらいから、別の部隊符号が付く。たぶん、部隊秘匿の通称である、部隊番号『ゼロ』が付くだろう。恐らく『零小隊』とか、『零分隊』とか呼ばれるはずだ」
「……なんかアニメか漫画みたいで、気恥ずかしいですね」俺が言うと、
「ばっか。部隊名称秘匿で『零』を付けるのは、俺達が最初でアニメは後追いだよ。恥ずかしがるな」教官は笑いながら俺の腕を軽く叩いた。そして話を続けた。
「小隊……もしくは分隊には隊長が赴任している。まだ会った事は無いと思うが」
「はい。すぐに訓練でしたから」
「そうか。お前と石動が合流して、初めて組織として運用される。頑張れよ」
「はい。今までありがとうございました」
「おいおい。これが別れじゃないぞ」教官は笑いながら言う。
「え?」
「当たり前だろう。時間があるときは訓練だ。駐屯地ではなく対策室ビルの一部を改装して訓練場所を作ってある。俺達が教官だ。俺達も基本的には常駐する。陸自の代替メンバーを使った今までの訓練だと少しニュアンスが変わって来る。正規隊員が揃った、むしろこれからが本番だ」
「……」
「どうした?嬉しいだろ?」
「……」
「嬉しすぎて言葉も出ないか」死神は凄みのある笑顔を浮かべた。
俺は、部屋を片付けながら教官との会話を思い出していた。どんな隊長なのだろうか。どんなメンバーなのか。俺達と歳が近いと言っていたが。隊長と二名のメンバーは外出しているらしく不在だった。男女で居住区を分けているので、部屋に入ってからは石動さんとも会っていなかった。割と広めの対策室ビル。人気を感じる事は無く、深閑として物音一つしなかった。
部屋の片づけは直ぐに終わった。トイレ内に設置してあるシャワーを浴びて服を着替える。基本的にはすぐに出動できるように、勤務中勤務外関わらず外出日の休日以外は、陸自から貸与を受けた迷彩の野戦服とダークグリーンのTシャツに迷彩ズボンの着用が義務付けられていた。
ビルに設置されている看板が『 陸上自衛隊 ○○方面隊 第△△師団 第□□連隊連絡詰所』となっているのを思い出した。
あの看板があるから、買い物程度なら迷彩服で怪しまれる事無く外出できるのだろう。
俺は顔合わせに備えて、新品の迷彩の野戦服と迷彩ズボンを身に付けた。(それにしても陸自の迷彩服は、なんで山岳迷彩しかないのだろうか?都市迷彩はないのかな?街中だとかえって目立ってしまうぞ?)俺は疑問に思った。災害救助なんかだと撃って来る敵もいないし、救助隊が目立った方が却ってメリットがあるのだろうけど、害獣対策チームは屋内や市街で戦う事が多いだろう。
蜥蜴人間の視力がどれくらいの能力かは知らないが、動きやすく頑丈な野戦服のメリット以上に、街中で目立つ山岳迷彩の方が気になった。
そんな事を考えている内に、顔合わせの時間が近づいて来た。居住地区はビルの三階にあり、集合場所の室長室は二階だ。俺は廊下を歩き階段付近まで来た時、正面から人影が近づいてくるのが見えた。石動さんだった。
遠くから改めて見ると、石動さんは痩せていた。もともと痩せた体型だったが訓練で一時期痩せこけてしまい、訓練参加にドクターストップが掛かった程だ。
その後、少し体重を戻したが、それでも本調子ではないようだ。訓練班の教官達は『追い込み過ぎた。彼女に申し訳ない』と言った言葉をしきりに口にしていた。
俺自身は、柔道部時代のベスト体重の70㎏を下回る67㎏まで体重が落ちていた。
訓練前の身体測定では73㎏だったから、6kgの体重減で体脂肪率は9%まで落ちていた。体重別スポーツ経験者には、自分の体重の増減について敏感に察知する肉体的感覚が備わっている。1~2kgの増減でも、自分の身体に変な違和感を感じる。短期間に6kgも体重が落ちたので、『身体が軽く感じる』を通り越して『頼りなさ』を感じた。脂肪が落ちすぎて腕には蛇の様な血管が浮き出していた。気持ち悪い。
「伏木、お前、良い面構えになったな。ただ体重が少し落ちすぎだな。対策室の糧食班には、通常のメニューに副菜を一~二品増やすように伝えてある。ご飯のお代わりもしろ。残さず食えよ。ただ間食はなるべく控えろ。ちゃんとした食事で体重増やすのが正解だからな」
訓練終盤に教官は俺にそんな事を言って来た。ただ『申し訳ない』と言った言葉は一言も発しなかった。なんで?
石動さんは俺に気が付くと、眼を合わせて笑顔を見せた。痩せすぎた人間特有の少しギラギラ光る眼だった。彼女には失礼だが少し怖い。沢山食べて体重戻して欲しい。
「石動さんは、片づけ終わってるんだっけ?」
「うん。伏木くんよりも早く来たからね。……伏木くんは?」
「引っ越しの時に、不用品を捨てられるだけ捨てたから。男の荷物だから少ないよ。すぐに終わった」
「そっか。私はモノ捨てられない性格だから……大変だった」
「そう。戻ってから休めた?」
「うん、ゆっくり出来た。明日は休みだし。久々にホッとできる。ちょっと疲れてたから、明日はのんびりするつもり」
石動さんとは、いつの間にか敬語でなくタメ語で話すようになっていた。厳しい訓練を受けるという環境で、少しの歳の差や、加入時期の違いは関係なくなっていた。
出会った当初のお互いが敬語で話すぎこちなさは、四か月の訓練で消し飛んでいた。俺と石動さんは並んで室長室に向かった。
「伏木くんは、隊長にお会いした事ある?」
「いや、すぐに訓練だったから。まだだよ。お会いしていない。他のメンバーにも。石動さんは?」
「私も他のメンバーには会った事ない。でも隊長にはお会いした事ある」
「へぇー。どんな感じの人?」
「えへへ」
俺は、石動さんの笑い声に驚いて彼女の顔を見た。訓練中では聞いたことのない楽しそうな声だった。彼女は前を見ていたが、眼は嬉しそうな光で満ちて、相好が緩んでいた。
(これはこれは……)俺は思った。なんて分かりやすいんだ。
「そこまで嬉しそうとは……余程のイケメン隊長?」
「さぁ? どうでしょう?」
(いやいや。『どうでしょう』じゃないでしょ。嬉しそうな顔をして)
俺は思ったが、久々に見る石動さんの華やいだ顔を見て、こちらもなんか嬉しくなってきた。




