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蜥蜴人間と彼女  作者: あおかえる
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16 新しい職場へ

時刻が零時を廻るころ、バンは、とあるビルの前に停車した。シャッターが開けられバンが敷地内に入る。俺はシャッターをくぐる前に、門柱に貼られたプレートを見た。


『陸上自衛隊 ○○方面隊 第□□連隊連絡詰所』 と書かれていた。環境省の『か』の字も無かった。


ただ、もう俺はそれを見て不安になる事も無かった。蜥蜴人間の存在も、それに国が絡んでいる事も信じていた。だからこそ加入したのだ。対策室のビルに環境省の看板が掛かっていないのも、蜥蜴人間や、世間に対する偽装なんだろう。


バンは地下の駐車場に入り停車した。全員車を降りる。四名の陸自隊員はスーツを着ていた。一般人とは違い鍛え抜かれた肉体はガッチリしていて、スーツが良く似合っていた。ただ厳めしい顔に迫力のある体格。手に銃となれば……


「伏木、伏木」雄山がニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。

「はい?」

「俺達の事、『ヤクザみたいだ』って思っただろ」

「……そ、そんな事、なな無いです」俺は焦った。

「嘘つけ」雄山は端正な顔に笑顔を浮かべた。

「ハリウッド映画に出てくるテロリストだと思ったんですよ」俺は反撃した。

「もっとひでぇじゃねぇか」雄山はゲラゲラ笑った。


「伏木、お前も訓練受けたら見違えるぞ」氷見が言葉を掛ける。

「あぁ、射水さんが言っていた……」

「そうだ。一応四か月を予定している。もちろん、蜥蜴人間の動きによっては変更は有り得るが」

「分かりました。もう覚悟は決めました。よろしくお願いいたします」

「そうか。その意気だ。と言っても指導は俺たちがする訳では無いが」

「では、どなたが?」

「この地区にある連隊の駐屯地をお借りする。基礎訓練と近接戦闘の専門教育班を編成してある。……君らの先輩もいるぞ。彼らはもうすぐ訓練満了だ。最後まで挫けず付いて来てくれた。お前ら二人とも頼むぞ」

「先輩……というと、同じように一般人で蜥蜴人間が見える人ですか?」

「そうだ。しかも歳も近い。男性一名と女性一名だ」

「そうなんですか。とにかく、追いつけるように頑張ります」

「頼むぞ。……そうそう指導教官の綽名だがな……」

「はい……」俺は嫌な予感がした。



「『死神』って言われてる」




 

「石動さん!伏木さん! 城端二尉から連絡は受けました!無事でよかった!」

「大丈夫です」石動さんは、落ち着きを取り戻してきているが、射水とは眼を合わさなかった。さっきの出来事が余程ショックだったのだろう。自分のミスで皆に迷惑を掛けてしまったという、自責の念もあるのだろう。


「あと、伏木さんもチーム加入を決心してくれたのですね。感謝します。明日は出勤ですね。今日はここに泊まってください。着替えや諸々は用意してありますので。あと、朝は職場まで隊員の車で送ります。明日、貴方の上長に退職の意思を伝えて頂けますか?」

「分かりました」

「どこにお勤めですか?」

「小売り業です。Aスーパー株式会社です。この近くの△△店の食品担当です」

「あぁ、あそこですか。あそこの総菜売場で昼ごはんの弁当買ったことあります」

「まさに、その惣菜部門の担当なんですよ」

「なるほど、変な縁ですね」射水は少し笑った。そして言葉を続ける。

「退職の意思を伝えて、どのくらいで辞められますか?」

「最低でも一か月はかかるでしょう」

「うーん、普通だとそうでしょうね。その件に関しては、こちらで手を廻しましょう。伏木さんは、すぐに退職や引っ越しの準備をしてください。チームの事務方もできる限り手伝います」


射水はさらっと、恐ろしい事を言った。民間の会社の人事に首を突っ込めるって、国は本気なんだろう。


その晩、俺は殺風景な部屋に案内された。疲れ果てていたのだろう。気が緩むとふらつくくらいの眠気が出たが、気力を振り絞ってシャワーを浴び、その後ベットに潜り込んだ。

蜥蜴人間の夢でも見てうなされるかと思ったが、そんな事は無く、眼をつぶった瞬間に、睡魔に凄まじい勢いで眠りへと引きずり込まれた。




翌日、雄山が運転する車に乗せられて出勤した。ヨコヅナとチャァミィ以外のパートスタッフはシフト表通り出勤していた。みな気まずそうな顔で無駄口も叩かず黙々と作業に入る。

俺も、作業指示以外には言葉を掛けず開店準備に集中した。開店後、売り場が落ち着いたころ、マネジャーが加工場に入って来て声を掛けた。


「伏木、話がある」

「面談ですね」俺は、店長との面談の前に、マネジャーに退職の意思を伝えようとした。俺が口を開きかけた時、マネジャーは思わぬ事を口に出した。

「その件だが、面談は無しだ。さっき店長から連絡を受けてな」

「はぁ」

「お前、公務員試験受けていたのか?しかも国家公務員の?」


(『その件に関しては、こちらで手を廻しましょう』)射水の言葉が頭に浮かんだ。


「ええ。まぁ」俺は咄嗟に答えた。

「今日の朝、本部の人事部に環境省から連絡があってな。お前が入省することになったが、教育と職務の都合上、現職を速やかに退職できるように『格別の配慮を求める』って連絡があったらしいんだ。普通そんな事ないから、人事部では、わざわざ環境省の代表電話に掛け直して確認したらしいが……本当だったんだな」

「えぇ。まぁ」余計な事も言えず、阿呆のように俺は同じ言葉を繰り返した。


「なんでも害獣駆除の仕事らしいな」

「ええ。まぁ」

「サルとかイノシシの駆除か?」

「えぇ。まぁ」

「じゃ、鉄砲撃つ訓練でもするのか?」

「えぇ。まぁ」

「なんだ歯切れの悪い奴だな」

「すみません、詳しい事は入省してから説明を受けることになっているんです」

「そっか、まぁ、お前の意思で決めた自分の将来だからな。おめでとう。良かったな」

「あ。ありがとうございます」


「で、退職時期だが……人員は他店から廻す事になった。幸い家庭の事情で休職していた人間が復職する事になっていて、彼を異動させれば人員は埋まる」

「ご迷惑おかけしてすみません」

「いや、気にするな。新しい総菜部門主任は、グローサリー主任の黒部になる。グローサリーと暫く兼任だが、彼はベテランだから大丈夫だろう。下の子も育っているし。お前は引き継ぎと退職手続きに専念しろ。退職は一週間後と環境省には伝えてある。新しい職場でも頑張れよ」

「いろいろと申し訳ございません。ありがとうございます」


昼休み、俺は店舗裏のトラックホームで涼みながら飲み物を飲んでいた。その時、同じように昼食を終えた仲谷が、煙草を咥えながらこちらに声を掛けて来た。

「先輩、お疲れ様です」

「おう。お疲れ」

「先輩、公務員試験受かったんですってね。おめでとうございます」

「ありがとう……ってもう知っていたのか?」

「噂が巡るのは早いですよ」仲谷は笑顔で答えた。

「環境省らしいですね。凄いですね。害獣駆除の仕事とか聞きましたが」

「うん」

「サルとかイノシシの駆除でもするんですか?」

「まぁ、な」

「へぇ、そうなんですか」仲谷は詮索もせずに、黙って煙草を吸っていた。

「でも先輩いなくなったら寂しくなりますよ」

「愁傷な事言うじゃねぇか」

「二人でバカな事言い合ったり、二人で雁首を揃えて、マネジャーに叱られたり出来無くなるじゃないですか」

「お前、俺の事そんな風に思っていたのか」俺は苦笑しながら答えた。ただ、仲谷からは、親愛の感情が感じられたので腹は立たなかった。むしろ慕ってくれている後輩との別れに少し寂しさが沸いた。


「仲谷主任!」二人とも少し黙りこくっていた時、息せききって走ってきた水産部のアルバイトが仲谷に声を掛けて来た。

「お、何?」

「今、別便べつびんで小杉水産さんから荷物が来て。その中に発注していない商品が混じっているんですよ」

「あぁ、昨日無理言ったんで、借りがあるんだよ。捌ききれない商品だったんだろう。引き受けるしかない」

「それが……」

「多少変なモノでも仕方が無い」

「一つは人魚みたいな巨大な鯛なんです。伝票には……」

「まさか……オーストラリア産の天然鯛とか?」

「生食用六キロサイズって書いてあります」

「小杉さん……今の時間に送って来るなよ……。というか、今でもオーストの鯛なんて日本で流通してるんか……?」


「俺が新人で水産部の時は、まだ時々入って来てたな」飲み物を手にしたイケメン青果主任が会話に入って来た。昼食後のトラックホームは食品部門社員の溜まり場だった。

「ゴシュウマダイとか言うんですよね」仲谷が答える。

「俺らの時代は、伝票に『スナッパー(オースト産)』とか書いてあったな」

「そんなバタ臭い名前がついているんですか」

「今どきだと、或る意味レアだぞ」青果主任は爽やかに笑う。


「もう一つあるんです」アルバイトは恐る恐るといった感じ。

「え。まだあるの?」仲谷は警戒心を露わにした顔をする。

「『和歌山産 わに』って伝票があるんです。主任を氷漬けに出来そうな巨大なトロ箱が届いています。怖くて中は開けていません……和歌山はわにが棲めるジャングルでもあるんですか?」

「……それ、サメだよ……サメの別名だよ。何ちゅうモン送って来るんだ」仲谷はうんざりした顔で言う。

「食べられるんですか?」アルバイトは引き攣った声で訊ねる。

「心配ない。日本人はなんでも食べる。地元では刺身で食べるらしい……早く捌かないと、体液のアンモニアが変質して身が臭くなる」仲谷は煙草を灰皿にねじ込むと立ち上がった。


「……伏木先輩。天然鯛は少し引き取ってください。今日中なら生食行けます。明日明後日までは、『焼き』で充分行けますんで」

「分かった。半分は引き受ける。迷惑かけたしな」

「すみません。頼んます。……あと、サメも……鮮度的に生食大丈夫なら『サメの握り寿司』なんてどうです?売れますよ」

仲谷は、分かりもしない癖に適当な事を言って来た。

「う……うぅん」

「引き取ってやれよ。『サメの煮凝り』で売れるぞ」青果主任が言葉を挟む。

「……はい、そうですね。仲谷。捌いたら取りあえず総菜加工場に廻してくれ」

「助かります!」


アルバイトの後を追って加工場に向かいかけた仲谷は、突然振り返ると慌てたように青果主任に質問する。


「先輩!サメってどうやって捌くんですか?」

「すまん、俺も知らない」

「うーん。うーん」伏木は少し悩んだ顔をしていたが

「ま、いいか!適当に三枚に卸すか。サメは魚だ。魚はどれでも一緒だ」仲谷はえらく乱暴な事を言った。

「捌く時は軍手しろよ。あと歯と胃袋は気を付けろ。間違って胃を切ってしまうとサメは悪食だから……スプラッターな事になるぞ」

「先輩!そこまで言うなら手伝って下さいよ!」伏木が叫ぶ。

「……分かったよ。俺もサメは見てみたいからな。伏木、お前も行こうぜ。水族館より間近でサメを見られるぞ。死んでるけど」青果主任が、ジュースの紙コップをごみ箱に捨てながら立ち上がった。


「分かりました」

俺も紙コップを握りつぶすとゴミ箱に放り込んだ。……いつもの日常風景。『反乱』という事件はあったが、こうやって日々を重ねれば日常を取り戻せるんだろう。


でも、俺は新しい環境に身を置く事を決意した。しかも蜥蜴人間を駆除するという非現実的な職場だ。


俺は何とも言えない感情が沸き上がって来るのを抑えながら、二人を追うために立ち上がった。



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