15 入隊の決意
運転を雄山から代わった後、城端二尉は後部座席に移って来て、事の顛末を詳しく聞いてきた。
石動さんは正式なメンバーだ。なので彼女がポツポツと何があったか話し始めて、俺が、話を補うといった形になった。
「私が……悪いんです。あそこで、ターゲットとぶつからなかったら何事も起こらなかったのに……皆に迷惑を掛けてしまって……」
「石動さん、あれは不可抗力です。どうしようもなかったんですよ。俺の方こそ一瞬固まってしまって。すぐフォローに入れば良かった」
「いいえ。私が悪かったんです……私、任務の前は伏木さんに偉そうなこと言って……結局、何もできなかった……挙句に伏木さんに助けられてしまった……」
「そんな事ないですよ……」俺は言いかけたが、
「私は何もできなかった」石動さんは、うつむきながら首を振った。膝の上に乗せられた握られた拳に何かが落ちた。……涙だった。
「それで、伏木さん。貴方がターゲットに体当たりして、その後、彼女が銃を抜く時間を稼ぐために立ち向かったのか」
「破れかぶれでした。城端さんが助けに来なかったら危なかった……ただ、石動さんが銃を構えてなかったら、それも間に合わなかったでしょう。助かったのは彼女のお蔭です」
俺の言葉を聞いて、またもや石動さんは無言で首を横に振る。
「良いガタイしてるな」空気を変えようとしたのか、氷見が笑顔で言葉を挟む。
「レスリングか?柔道か?」彼は俺の体格から、経験していた武道を正確に見抜いて来た。
「柔道です」
「へぇ。頼もしいな。強かったのか?」
「いえ、所詮は公立高校の柔道部ですから」
「何段?」
「二段です。ゴミですよ」
「いや、そう言うなよ。咄嗟にそういう行動は出来ないだろ。少なくとも顧問と練習は厳しかっただろ。鍛えられたんだよ」
「ええ。顧問の綽名は……」
「『鬼』だろ」
「なんで分かるんですか?」俺は驚いた。車中の隊員四名は一斉に笑った。
「俺の高校時代の柔道部の顧問の綽名も『鬼』だったからな。柔道部の顧問の綽名は、みんな『鬼』になるんだな」笑い声のまま氷見が答える。
「日本全国、何人の鬼がいる事やら」ハンドルを握った雄山も言葉を挟む。
「中学の時も柔道を?」城端二尉が質問する。陸上自衛隊に所属するだけあって、皆、こういう話は好きらしい。話が少し脱線していた。
「中学の時は全く違う部活をしていました」
「へぇ、そうなのか。何をしてたの?」
「一年の時は吹奏楽部で太鼓叩いていました。その後二年生の途中で退部して、卒業までは合唱部でした」
全員が爆笑した。
石動さんですら顔を上げて、ポカンとした顔をしている。
「合唱部から、よく柔道部に入ったな」笑いながら新湊が声を掛ける。
「いや、高校入学したら身体鍛えようと思って、でも、高校からバスケや野球やサッカーなんて、経験者だらけで今更でしょ?そう思ってたら柔道部に誘われて……」
「そんな理由で入部したのか……」新湊は相変わらず笑っている。
「ええ。勧誘していた先輩部員は『柔道部はみんな優しいぞ』って言ってくれて。『髪も坊主にしなくてもいいし、練習もキツくない』って言ってて。流石に嘘だろうって思ってましたが」
「そりやそうだろう」城端二尉すら、まだ笑っている。
「意外でしたが頭髪は自由でした。そこだけは嘘では無かったです。ただ、結局は、練習中に髪の毛が鬱陶しくなるので、皆んな短くしましたが。もちろん俺も。他は見事なくらい大嘘でしたね。死ぬかと思いました。……でも」
「……でも?」城端二尉が促す。
「先輩は厳しかったですが、いわゆる『イジメ』は一切無かったですね。顧問も厳しくて、怒鳴りつけてきたり……このご時世、顔こそ無かったですが、肩をどつかれたりはありました。ただ理不尽だったり意味不明な体罰は無かったです。全部筋を通してくれた。だから顧問は嫌いでは無かったです。そう考えると『優しい』ってのも、あながち嘘では無かったのかもしれません」
「練習中も嫌いでは無かった?」笑みを含んで氷見が訊く。
「大嫌いでした」
皆、また爆笑した。石動さんですら少し笑顔を見せた。
「そうか……でも、厳しい顧問も練習も役に立った訳だ」
「そうですね。柔道が役に立ったなんて、原付で転んだ時、受け身を取ってケガしなかった事ぐらいでしたから」
「今後、使う事あるかもな」氷見は続ける。
氷見の言葉を受けるように、城端二尉が真剣な顔で俺を見ながら言葉を繋げる。
「伏木さん、本当にチームに入って貰いたい。なし崩しになってすまないが。理由の一つは彼らに君の存在が知れた……という可能性が出てきた以上、俺達は君に護衛を付けないといけない。ただ、現在はチームの人員が不足気味でね。対策チームに入って、対策室ビルで生活して欲しいんだ。そうすれば護衛は不要だ。そして、もう一つこちらが最重要だ……蜥蜴人間の存在も分かっただろ?そして、彼らはこの世界で何かをしようとしている。俺達人間に明確な悪意と敵意を持っている。俺達はそれを調べ、排除しないといけない。伏木さん、あなたの力を必要としているんだ。俺たちを助けてくれないか?」。
「……分かりました。本当は、自分の心の中で決着をつけたい部分があったのですが……」俺は倉庫への道すがら、チームに入る事について思い悩んでいた事を思い返した。
(城端二尉の言う通り、なし崩し的にチーム加入になる。でも物事なんて、いつも自分の意思通りに、納得した上で決まるわけでも無い)……俺は、割り切ることにした。というか、あのアクシデントの後だ。石動さんの時と同じだ。選択肢が無かった。俺は少し残る納得できない部分を、心の奥に仕舞いこんで返事をした。
「皆さん、よろしくお願いします」
「おう」
「よろしく」
「こちらこそ」
「頼むぞ」
四名の陸自隊員は、それぞれ声を掛けてくれた。
俺は四名に頷くと、隣に座っている石動さんの方を見た。
「石動さん、そういう事で、これからよろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いします……こちらこそ。足を引っ張っぱらないようにします。ごめんなさい」
さっきの出来事が余程ショックだったのか、弱気な態度を見せる。俺は例え虚勢でも、強気な姿勢を見せる石動さんの方が好きだった。折角自分を変えようとしていたのに、一回の失敗で弱さをさらけ出す石動さんを見たくなかった。
ただ、全く未知の体験でいきなり命を晒す経験をしたのだ。弱気になるのも分からない訳ではない。もし、俺も蜥蜴人間と格闘する羽目になっていて、怪我でもしていたら弱気一辺倒になっていただろう。
「大丈夫ですよ。一緒に頑張りましょう」俺は、一言声を掛けて彼女をそっとしておくことにした。




