14 遭遇(3)
その時だった。一台の車が猛烈な勢いで走ってくると、俺と蜥蜴人間の間に突っ込んできた。歩道に鼻面を突っ込み、けたたましい音を立てて斜めに急停車する。
倉庫に来る前に見た、路駐していた例のバンだった。蜥蜴人間の立っている側、右後部のスライドドアが勢いよく開かれる音がした。
「乗れっ!」
こちら側、助手席に乗っている男が開いた窓から切迫した表情で叫ぶ。同時に左側のスライドドアが開かれる。
「早く!」
俺は振り返る。立射の姿勢で銃を両手で構えた石動さんが固まっている。
「石動さん!こっちだ!」
彼女はやっと我に返ったように銃を降ろすと、車に駆け寄る。二人はバンに飛び込んだ。ドアを閉める。バンの後部座席は二人の男性が乗っていて、こちらに背中を見せていた。
二人とも開けた逆側のスライドドアから武器のようなものを突き出し、蜥蜴人間に銃口を向けている。蜥蜴人間は完全に動きを止めている。余りの事で混乱しているのか。
「撃ちますか?」後部座席の男の一人が運転手に叫ぶ。その手には短機関銃が握られていた。
「大丈夫だ。離脱する。新湊、擲弾筒で狙え」
「了解」
後部座席のもう一人の男が答える。新湊と呼ばれた男は、自動小銃を手にしていた。小銃の銃身下部には、パイプを短く切ったような円筒形のパーツが取り付けてある。彼は銃口では無く、その円筒形のパーツの先端を蜥蜴人間に向ける。
「石動、あそこの三人は間違いなくターゲットか?……石動?……石動?」運転手が石動さんに声を掛ける。彼女からの返答は無い。
石動さんは車内で虚脱していた。息を喘がせる。答える事が出来ない。俺が代わりに答えた。
「あそこに立っている三人は全員蜥蜴人間です。間違いありません」
「……そうか。分かった」運転手が応じる。
「写真撮影完了」助手席の男が、落ち着いた言葉を発する。彼の手にカメラが握られていることに初めて気が付いた。
「離脱するぞ」運転手はこちらに言いながら、シフトレバーをリバースに叩き込む。その時、俺達が逃げる事に気が付いた蜥蜴人間がこちらに向かって来た。
「新湊! 撃て!」バックミラーを見ながら運転手が叫ぶ。
「撃つ!いったん車を止めてください!みんな眼を閉じろ!」自動小銃を持った男が叫ぶ。車が急停車する。
「よし。撃て!」運転手が叫ぶ。
「撃つぞ!」
俺は、彼が何をしようとしているのか察して、虚脱している石動さんに覆いかぶさり、しっかり眼を閉じた。
ボンッ!
気の抜けたような音がした瞬間、眼を閉じたにも拘らず、視界が白い光芒に包まれた。擲弾筒を撃ったらしい。閃光弾とか照明弾とか言われる弾か。眼を閉じている俺ですら、激しい光を感じた。
不意打ちで、至近距離からまともに閃光弾を受けた蜥蜴人間は身動きできないだろう。光が弱まりはじめた時、車はゆっくりと動き始め車道に出た。自動小銃を持った男性が、スライドドアを閉めた。
「城端さん、大丈夫ですか?」彼は運転手に声を掛ける。真っ黒なゴーグルを装着していた。
「大丈夫」運転手は短く答えた。
俺は、首を捻ってバンの後部窓から蜥蜴人間の方を見た。三人の蜥蜴人間は地面に伏せて身動き一つしない。土下座のように見えるのは、三人が三人とも眼を両手で覆っているからだ。
バンはスピードを上げ始めた。閃光弾は光を弱め、夜は暗さを取り戻した。車は暫く国道を走った。誰も話さない。……信号待ちの時に、短機関銃を手にしていた男性が言葉を発した。
「石動、大丈夫か?」
「は……はい。大丈夫……です」
「まだ……大丈夫じゃないな。でもよくやってくれた。頑張ったな」精悍な顔に笑顔を見せて彼女を労わる。
「迷惑かけて……すみませんでした」
「そんな事は無い。まさかこんなアクシデントがあるとは。車からの観察に留めておくべきだった。俺達のミスだ。気にするな……あと、君」俺の方に顔を向けた。
「はい」
「君が新加入してくれるメンバーか。最悪のデビューで済まないが、頑張ってくれな」
「え……。俺、加入するとは言ってませんが」
「いやいや、石動が射水室長に頼まれて説得したんじゃなかったのか?話をするためにフォンテインから二人で歩いて来たのだろ?」
……そういう事だったのか。射水が俺に声を掛ける前、携帯電話で会話をしていたのを思い出した。
「まだ……悩んでいて」そうだ。覚悟を決め切れず、考えている最中に任務に突入したのだ。
「悩む事など無いだろう……俺達は武器の扱いを習熟していても、肝心の敵が分からない。君の助力が必要なんだよ」彼は射水と同じことを言った。
「……お礼を言うのが遅れました。助けて頂いて、本当にありがとうございました。死ぬかと思いましたから……。私は伏木と言います。ところで、貴方たちは?」俺は、お礼を言うのを忘れていたのを思い出した。
「ああ。名前も言っていなかったな。確かにそれじゃ話もしづらいな。俺達は、陸上自衛隊の対特殊害獣班のメンバーだ。環境省と協同して行動している。環境省は武器を扱える人間なんて少ないからな」彼は笑いながら言った。そして言葉を続ける。
「俺の名前は氷見だ。そしてこいつは」……と、自動小銃を持つ隣の男性の方に顔を向けた。
「新湊です」彼はゴーグルを引き上げて顔を見せた。氷見に比べて若く見えた。
「雄山です」カメラを持った助手席の男性が、こちらに顔を向けてくれた。俺は驚いた。引き締まったその顔は恐ろしいほど整っていた。
「イケメンだろ」俺の驚いた顔を見て、氷見が笑いながら言った。「ええ。びっくりしました」俺は素直に頷いた。
「でも意中の人は振り向いてくれない」氷見が茶化す。
「WACの玲奈さんだっけ?」新湊も乗って来る。
「やめてくださいよ。二曹。あと新湊、お前も調子に乗るなって!」雄山が顔を赤らめる。男の俺から見ても、その表情さえ羨ましいほど魅力的に映った。
「最後に……班長の城端二尉殿だ。指揮官が運転手なんて本来あり得えないんだが、二尉殿は車輌部隊に所属が長くて、この中で一番運転が上手い。なので今日は例外的に運転をして頂いている」
「城端です。よろしく」城端はルームミラー越しに眼を合わせて目礼して来た。
「あ。ありがとうございました」
城端は俺の礼に軽く微笑むと、片手を上げて応えてくれた。
「班長殿、対策室に戻りますか?」氷見が尋ねる。
「そのつもりだが、もう少し流そう。尾けられているとは思えないが。念の為だ」
「分かりました」
「次の信号待ちで運転を代わってくれ。対策室と射水室長に連絡したい」
「私が代わります」助手席の雄山が答えた。
「そうだ。連絡する前に」城端が、またもやルームミラー越しにこちらを見る。
「二人とも、バルコニー……あの倉庫で何があったのか、最初から詳しく教えてくれ」




