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蜥蜴人間と彼女  作者: あおかえる
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12 遭遇(1)

 少し苛立ったような声だった。彼女の心に踏み込み過ぎたのか。言い当てられて怒らしてしまったのか。

 

 「さっきの石動さんの話と、ミリタリー風のファッションを見て」

 「はい」

 「スザンヌ・ヴェガの事を思い出しただけです」

 「……そうですか」

 彼女は物言いたげな表情をしたまま、窺うように眼を細めてこちらを見続けた。

 

 『石動さんとスザンヌ・ヴェガが似ているから』とは言えなかった。自分の弱さを変えようとしている彼女に対して、『石動さんって繊細ですよね』と得意げに指摘する事になる。そんな事出来っこない。いや、してしまったのだ。

 

 余りにも似ているから、思わずスザンヌ・ヴェガの話をした。だけど失礼な話だった。失言だった。彼女は自分の心の弱さを気にしている。こちらが思っているより遥かに。

 

 自分を変えようと現実と向き合い、内面の弱さをミリタリー風ファッションで護ろうとしている彼女。

 

 彼女は何も言わずに、眼を前に向けると黙って歩き始めた。俺も歩く。二人は無言だった。歩きながら俺は考えた。

 (彼女は自分を変えようとしている。強い確信を持ってチームに入った。俺はどうする?)

 

 チームに入ることを断って……射水は一回では引き下がらないだろうが、何度も断れば諦めるだろう。そして、俺には定期的に監視が付く。でも、ただそれだけだ。余計な事をしなければ、口封じに消されるなんてことはないだろう。

 

 日常に戻る。

 

 今日の出来事は、一生の中にあった出来事の『不思議な一つのイベント』として記憶されて……それで終わり。

 

 でも……日常に戻って……どうする?

 日常に流される毎日。普通の人間はそんなもんだ。俺自身、『今日と言う一日が、平穏無事に終わる事』に幸せを覚えるタイプだ。別に毎日に刺激を求める冒険者なんかじゃない。

 もし『駆除班』という名のチームに入れば、刺激的どころか命の危険さえあるかもしれない。普通に考えれば答えは決まっている。

 

 (だけど)

 

 俺は横を歩く石動さんの姿に目を走らせた。決意を秘めて真っすぐ前を見て歩く彼女を見た。

 

 (彼女は自分を変えたいと思っている。それがチームに入る理由の一つだ。たぶん、彼女にとっては大きな要素だ。俺は煮詰まっている自分を変えたい……のか?……俺は社会人の端くれだ。自分を変えるのは『仕事を通じて』ってなるんだろう……職場を変えて頑張るのか。今の職場で頑張るのか。それとも流されて生きるのか)

 

 彼女の姿を見て、話を聞いているうちに、俺自身『自分を変えたい』という気持ちが高まって来た。そしてしこりのように心に残っている、今日の出来事と明日の事を考えた。

 

 (彼女と違って、嫌な事から逃げようとしているだけなのか。俺は)

 

 チームに入る事という事は、スーパーを退職するという事だ。今日のスーパーでの反乱事件が心を重くしているのも、『今後も同じ職場で働くことになる』という部分が大きい。これが退職となれば、この嫌な出来事から結果的に逃げることが出来る。

 

 (それじゃ、意味が無い)

 

 チームに入る事を大義名分にして退職する。自分自身には最高の言い訳だ。違う。そうじゃない。彼女の決意と姿勢を見習うなら、明日、出社して店長と個人面談をして、その後仕事に打ち込むことだ。嫌な事を正面から受け止めることだ。

 

 俺は、いつしか思考の渦に巻き込まれ、顔を下に向けて一人考え事をしながら黙々と歩いた。眼の端で石動さんが、時々こちらを窺っているのが分かったが、俺は眼を合わさず、今後の身の振り方を考え続けた。俺が余りにも真剣な表情をしていたのか、彼女が声を掛ける事は無かった。

 

 片側二車線の国道が急に広くなった。今まで無かった中央分離帯が出現し、道路も三車線と広くなった。ただ、三車線目は路上駐車で隙間なく埋められ、車線の意味を為していなかった。

 少し先には高速道路の高架が見え、電光表示板が近くに高速道路のジャンクションがある事を示していた。国道と高速道路という地域も相まって、周りにある建物は相変わらず、物流会社や倉庫ばかりだった。

 

 俺は、路駐の車をぼんやり眺めた。ほとんどがトラックだったが、乗用車や休憩中と思われるタクシーも混じっている。その中に、窓ガラスにスモークを張ったバンも停まっている。真っ黒の塗装で、少し改造してあるようにも見えた。あんまり見ていると、中から喧嘩が得意そうな金髪のお兄さんが出てきそうだった。

 

 (おぉ怖い) 

 

 人が乗っているかどうか分からないが、俺は慌ててバンから視線を外した。

 

 バンを通り過ぎて少し歩くと、石動さんが立ち止まった。そしてポケットから何か取り出す。薄明りの下、眼を凝らすとそれはどうやら無線機のようだった。イヤホンを耳に付け、ベルトのようなものを首に巻き付ける。アニメや映画なんかで出てくる、骨伝導の咽頭マイクだった。

 

彼女は何事か小声で誰かと話している。どうやら無線機のテストをしているらしかった。しばらくして石動さんがこちらを見た。


「この先にある建物が、例の倉庫です。通り過ぎる時にチラッと見てください。見過ぎないようにしてください。予想通り、まだ電気がついてます。外で作業していると思います」

「分かりました」

「出来れば何人いるか、数をカウントしてくださいね。ただ、危ないと思ったら、すぐに逃げます。無理は決してしない。」

「はい」


「蜥蜴人間は、固有の武器として手指の鉤爪があります。彼らに殴られると裂傷を負います。気を付けてください。他には、彼ら自身が開発した銃を持っています。銃の性能は連射性能・命中精度とも、私たちの持っている銃よりかなり悪いです。ただ殺傷能力は充分ありますので気を付けてください。当たったら死にます」

「…………はい」

「あと、蜥蜴人間は距離を詰めると、尻尾を振って攻撃してきます。この間、不審者……どうやら蜥蜴人間だったみたいですが、その不審者を職務質問していた警察官が、本人曰く『不審者から、蹴り脚が見えないくらい素早い蹴りを受けた』という事件がありました。駆除課では、蜥蜴人間の尻尾による攻撃だと判断しています。 その警察官は空手の有段者でしたから、普通の蹴りなら見えるはずです。それが見えなかったという事は……普通の人には尻尾なんて見えないから、蹴られたと思ったんでしょうね。見えない位の素早い蹴りで」

「……その警察官はどうなったんですか?」

「尻尾による打撃を太ももに受けて、大腿骨を粉砕骨折しました。大丈夫です。死んではいません。問題ありません。なんの心配もいりません」

「……そんな話聞いてませんよ」

「それはそうですよ。今、初めて言ったんですから」

「そうですか」

「大丈夫ですって。チラッと見て帰るだけですから。戦闘なんてしませんから」

「どうなるかなんて分からないじゃないですか」

「心配無用ですよ。万が一戦闘になったとして」

「戦闘になったとして」

「赤色と美少女が大好きな、かの有名なエース士官パイロットが名言を残したじゃないですか」

「なんて言ったんですか?」

「『当たらなければどうということはない』って」

「……その士官パイロットって、どこの国の人ですか?」

「ジオン公国だそうです」

「それ、アニメの話ですよね?」

「でも事実でしょう?」

「逆に考えたら『当たっちまったらさようなら』って事ですか?」

「そういうのは当たっちまってから考えればいいんですよ」


俺は思わず彼女を見返した。ヤケクソ気味な話し方をする彼女を。石動さんは真っすぐこちらに眼を合わせてくる。切れ長の眼。視線は揺らがず、確信を持ってこちらを見つめてくる。


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