11 彼女の心
「で、射水さんに説得されてチームに入った……と」
「そうです」
「でも、ハンバーガーショップでバイトしていた女性が、銃を撃つかも知れないような仕事に……チームに入ろうと決意出来たんですか?」
「一つは、守って貰うため」
「蜥蜴人間が、石動さんをマークしているかもって考えたから?」
「そうです。思い込みかもしれませんが……。でも、もしそうだったら、一人では何にもできないから」
(そりゃそうだ)俺は納得した。男だって蜥蜴人間に付け狙われているかもなんて疑念を持ったら、……そしてその疑念が事実かもしれなかったら……正常に日常生活なんて送れない。いわんや石動さんは女性だ。毎日が不安と恐怖の連続だろう。
「もう一つは……自分にしかできない仕事だって分かったんです。だから危険な仕事だと分かっていても……」彼女は一瞬言葉を切って、またもや自分の眼の先にある地面を見つめて言った。
「どんなに危険な事でもやろうと思ったんです。……もうつらい事から逃げたくないんです。つらい事から逃げる人間にはなりたくないんです」
(どんなつらい事があったんだろうか)
彼女の口ぶりだと、新卒で入社した会社の出来事だけでは無いようだ。つい数年前までは、彼女は『十代』と言う多感な時期を過ごしていた。その思春期時代に経験したネガティブな記憶が、彼女にそう言った言葉を言わせているのだろうか。
心臓に剛毛が生え揃ったおじさんや、おば……御婦人から言わせれば『若いわねー!アタシもそんな時期あったわはははは』レベルの話かもしれないが。
ただ、そうやって笑えるのは、思春期を懐かしめるくらいの齢を重ねた人間だ。最近まで思春期だった彼女からすれば、多感な時期に心が傷つくような事があれば、まだまだ傷口は完全に塞がっていないのかもしれない。
そして、その傷が想像以上に深くて、痛くて……だから自分が傷つくのを恐れて、物事から逃げてしまった事があるのかもしれない。
「……石動さんが着ているジャケット。それってチームのユニフォームとか貸与品とかですか?」俺は石動さんの着ている野戦服を見ながら訊ねた。
「……いえ、私の私服ですがなんでですか?」唐突な話題に、彼女は怪訝そうな声で答える。
「颯爽としていて似合ってますよ。でも、女性でミリタリーファッション取り入れる人、あんまりいないので。」
「似合う……? そうなんですか? ありがとうございます。……こういう感じの服を着始めたのは三~四年前からなんですよ。」
(会社を退職した時期と重なる)
俺は黙った。石動さんも黙った。国道沿いの歩道。トラックの轟音。民家や店舗は少なく、物流会社や倉庫が立ち並ぶ地域。人影は少ない。薄暗い通り。
「スザンヌ・ヴェガって人、知っています?」俺は口を開いた。
「いえ、知りませんが……?」
「1980年後半から1990年代初頭に活躍して、今でも活動を続けているアメリカの女性シンガーなんですが」
「ええ。でも聞いたことは無いです。すみません」
「俺、その人の歌が好きで。.……彼女は大学在学中に音楽をやり始めて、売れる前は、小さな劇場に立ったりバーの流しをしたりして細々と活動していたんです」
「バーの流し?」
「日本では少なくなったと思いますが、ギターを持って夜の酒場に廻って客のリクエストに応じて歌を歌う人ですよ。今じゃ、収入は日銭程度でしょうから、好きでやっていたり、個人の音楽活動の一環としてやっている人が多いと思いますが」
俺自身、『流し』に出会ったのは一度だけだった。中高年のリーマンの多い飲み屋で。当然、彼は客層に合わせて昭和の懐メロばかりを歌っていた。ただ、哀調を帯びた声で切々と歌い上げる技量は、飲み屋の全員が目を瞑って聴き入るくらい心を揺さぶった。
俺自身も初めて聴く歌とか関係なく、彼の歌声に引き込まれた。その時、悩み事があったため少し弱くなった心の隙間に、彼の歌声は容赦なく沁み込み心が疼いた。ただ、苦しくは無かった。最終的に彼の歌声は俺の心を癒し、ベッタベタだが分かりやすい昭和の歌謡曲の歌詞は、自分の悩み事を正確に言い当て、疑似的ながら『他者に理解して貰える』という共感を得ることが出来た。
「あぁ。そういうの聞いたことあります。今ではそういう人、減っちゃったんでしょうね」
彼女の声に思い出から引き戻された。
「ええ。俺自身、出会ったのは一度だけですし。ただ、昔は多かったみたいですね。大きなバーだと有名な『流し』を『お抱え』、今で言う『専属』にしたりしたみたいです」
「そういう時代もあったんですね。伏木さん詳しいですね」
「ただの音楽オタクです……それでスザンヌ・ヴェガですが」
「ええ」
「一枚目のアルバムを発表して音楽界から注目を浴びて」
「はい」
「二枚目のアルバムに収録されていた曲が世界規模でヒットして、彼女は一躍有名になった」
「へぇ凄いですね」
「でも、当時の彼女の性格は内向的で、歌う曲も内省的で、社会の問題とか、街角の風景とか、人々の心の機微を淡々と歌い上げる曲ばかりだったんです」
「物静かな感じだったんですね」
「そう。ただ、注目を浴びすぎて、彼女の生活や、接する人々の態度は変わってしまった。嬉しい事もあったみたいですが、当然、嫌な事や負担になる事も増えた。……仕方が無いんでしょうけど」
「……彼女はそれに耐えられなかった……?」石動さんがこちらをしっかり見据えて問い掛けてくる。
「そうです。それで彼女は、一時期自分の家から出られなくなった事があったらしいです。繊細だったんですね。でもずっと家に籠ってもいられない。なので外出する時は」俺は言葉を切った。
「ええ。外に出る時は……?」石動さんは答えを待っている。たぶん答えは分かっているのだろうけど。
「彼女は、ミリタリー風の物を身に付けないと、外出できない時期があったみたいです。外出する時は、必ずミリタリー風の服とかアイテムを身に付けていたそうです。多分、自己防衛の心理なんでしょうけど。内向的な性格な彼女は、そこまで追い詰められていたみたいなんです」
彼女は立ち止まってこちらをじっと見る。何か思いつめたような顔で。
彼女は呟いた。
「それで……?」
「はい」
「何が言いたいんですか?」




