108話 アンナと戦後の話
アウイン防衛戦から2週間、戦いは自分達の勝利で終わった。
最終的な死傷者は52人、負傷者は200人を超える。
この犠牲を少ないと見るか、多いと見るかは難しいところだ。
客観的には少ないと言えると思う。
ただ犠牲者にとっては少ないで済ませて良い話ではないし、済ませてはいけないだろう。
この戦いにおけるスローガンは『当たり前の日常を、当たり前に向かえること』だ。
現状のアウインは、まだ日常からは程遠く、だからこそ、やらなければならないことは多い。
戦争は戦後こそが重要だというが、まさしく本当だと思う。
そんな訳で、未だに休む暇もなく自分は動いていた。
「と言う訳で、犠牲者のために教会を一時的に無料で開放する。
動ける神官は1人でも多く、1回でも多く回復魔法をかけて回るように」
まず最初にやったことは、死者を一人でも減らすことだ。
邪教徒エミールによって作られた『光属性無効化』の大結界は、回復魔法すら無効化した。
戦争をしている以上、怪我人は多く治療を求める人々は多い。
当然、回復魔法の無効化は死活問題であった。
まあ、その辺りはシモンやレオンが頑張ってくれたおかげで、被害は最小限に出来た。
彼らが言っていたように、魔法が使えなくても傷の手当ぐらいは出来る。
自分も診療所で体験したこともあるように、彼らは回復薬を巧みに用いて、被害を最小限に抑えてくれた。
ただし、この世界には高度な外科手術はないので、どうしてもポーションでは限界がある。
やはり手軽に傷を治すことが出来る回復魔法があると、そういった技術は発展し難いようだ。
まあ、そういった技術の研究・普及は今後頑張るとして、今は出来ることをする。
幸いなことに、邪教徒エミールをそれほど時間を掛けずに倒すことが出来たので、
回復魔法の無効化の影響は致命的にまでは至らなかった。
戦後に休む間もなく働くことになった神官達には申し訳ないが、
その甲斐あって戦いから2週間たった今では、殆どの人の治療を終えることが出来た。
「もう本当に疲れた。
いや、別にソージの命令に異を唱えたりはしないし、やって良かったと思うよ」
南部教会の一室、うんざりといった表情でアンナが言う。
「巻き込んだアンナとカグヤには申し訳なく思うよ。
あれは……うん、中々の修羅場だった」
具体的は、納期一週間前に仕様変更を命じられた時ぐらい。
その自分の返答に、アンナはツッコミを入れる。
「どう考えても、『中々の修羅場』じゃ済んでなかっただろ!!
アウインの南部地区でまともな神官は、アタシと、ソージと、カグヤだけだし。
シモンが派遣してくれた臨時の神官が居てくれたから何とかなったけど、居なかったら死んでたよ!!」
「そのことについては、本当に返す言葉もない……
全員がチート級と言っても、さすがに3人で一区画は無謀だったな……」
「まあ、何とかなったから良いけどよ。
それよりも……今日は大事な日!!」
アンナは自慢のハルバートを手に取ると外出の支度をする。
その顔にはやる気が漲っていた。
「そうだな。行くか」
自分も出かける支度をすると、二人で南部教会を出た。
南部教会から場所をアウイン地下、六重聖域の祭壇に移す。
以前までは祭壇に刻まれた魔法陣が光輝いていたが、今の祭壇は暗く、その機能を停止している。
原因は言わずもがな、邪教徒エミールの暗黒結界のせいであった。
六重聖域は光属性の聖域の魔法を元にしているため、暗黒結界によって無効化されてしまったのだ。
街全体を包む聖域を無効化するために、より大きな結界で包むとは……
何とも頭の悪いゴリ押しの発想なのだが、実際できてしまったのは頭の痛いことである。
「不幸中の幸いとして、魔法陣に被害が無かったのは良かったけどな。
でも、大司教がな……」
「ああ、アタシ達は大司教の犠牲を無駄にしてはいけない……」
まあ、大司教は別に死んだ訳ではないのだが。
六重聖域の維持には大司教が当たっていたが、邪教徒エミールの結界の無効化に抵抗するため、
死ぬ気で魔力を流し込んだらしい。
結果として大司教は魔力枯渇によって一時意識不明、今は目を覚ましているが、ベッドからは起き上がれない状況だ。
だが、そんな状態でもベッドの中から各教会に向けて指示を出しているのだから、あの爺さんは相当強いと思う。
「さて、この場に大司教が居ないことは大変残念だが、六重聖域のチェックが終了した以上、
彼の復帰を待つためだけに聖域の再起動を引き伸ばす訳にはいかない」
今回の再起動にあたって万が一にもアンデッドスライムのようなモンスターが出てこないように、入念なチェックを行った。
魔法陣にも異常はなし、土地の魔力も安定している。普通にやれば、何事もなく起動できるはずだ。
「そういう訳で、頼んだぞアンナ」
「おう、任せとけ!!」
アンナは一人祭壇の中央に向かう。
その祭壇の中央には、アンナの育ての親であるビクトル氏が使用していた聖騎士の装備が安置されている。
その祭壇で、アンナはあの時と同じように、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
しかし、今のアンナには以前のような精神的な不安定さはない。
彼女は目を閉じ精神を集中させると、力強く詠唱を始める。
「――右手に宿れ、光の聖域よ。
右足に宿れ、光の聖域よ。
左足に宿れ、光の聖域よ。
左手に宿れ、光の聖域よ。
頭上に宿れ、光の聖域よ。
そして、我が胸に宿れ、光の聖域よ!」
輝きを失っていた魔法陣に、確かな光が灯る。
「――右手には聖剣を握り、左手には盾を構え、
兜を被り、鎧を纏い。
我が故郷、我が同胞、その全てを不浄なる者から守護することを、ここに誓う!
発動せよ――六重聖域!!」
力を失った魔法陣が再び励起し、暗い地下の祭壇に、太陽のような黄金の輝きが満ちる。
落ちた太陽がまた登るように、六重聖域は再び光を取り戻したのだ。
「よし!!成功!!」
アンナは子供のように飛び跳ねる。
その姿に苦笑しながら、アンナの頭を撫でる。
「まあ、心配はしてなかったけど良くやった」
「えへへ」
アンナは安心したように笑う。
そんなアンナと、彼女によって光を取り戻した六重聖域を見る。
六重聖域……それはアンナとビクトル氏、大司教によって作られた大結界。
その結界に込められた思いは、『この街がアンデッドに襲われることがないように』というものだ。
その願いは一度は破られてしまった。
だが、それで終わりではない。
破られたのなら直すし、悪い部分があれば原因を見直し、対策する。
そうして2度目がないように備える。
今度こそ、この聖域でアウインの平和を守り続けれられれば良いと思う。
その後、六重聖域が無事に起動できたことを報告するため、アウインの中央教会に2人で移動する。
中央教会の前には、これまでのアウインの聖人達の像が並んでいた。
その立ち並ぶ像の中に、真新しい台座が1つ作られていた。
その台座には、ビクトル氏の像が立つ予定だ。
不幸中の幸いと言って良いのかは分からないが、アンデッドスライム戦に続き、
今回の戦いにおいても六重聖域の有用性は証明された。
その効果も有り、今ではビクトル氏の名誉は完全に回復されたと言って良いだろう。
まあ、今は戦後のゴタゴタ中なので、実際に像が立つまではしばらく時間がかかるのだろう。
アンナはその台座の前に立つと、胸に手を当て、祈りを捧げる。
「ありがとうな、ソージ。
ソージのおかげで、爺さんは聖人として認められた」
「別に俺のおかげではないけどな、俺は色々な人に話を聞いて回っただけだよ。
実際にビクトル氏が六重聖域を用意していたから聖人として認められただけで、それは彼の功績だ。
……そもそも最初から腹を割って話し合っておけば、本来、俺は必要なかったはずだぜ」
「そうだね……うん、本当に、もっと話しておけば良かった……」
「悪い。別にアンナを責めてるわけじゃないんだ」
「うん……分かってる」
そのままアンナは、しばしの間、祈りを捧げる。
その姿を見て、少し迷ったが、ずっと疑問に思っていたこと聞いてみることにした。
「……アンナは、ビクトル氏に蘇って欲しいか?」
死者の蘇生……それは、邪教徒エミールに突きつけられた課題だ。
多くの人はそれを求めているであろうし、自分も求める気持ちは分かる。
ただ問題なのは、その死者蘇生の手段を持っているのが、クソみたいな邪教徒だった、ということで……
自分はメリットとデメリットを考えた結果、デメリットが大きいと考えて排除した。
しかし、アンナはどうなのだろう?
その自分の問いに、アンナはこちらに顔を向けて答える。
「そりゃね。爺さんにはもう一度会いたいよ。
でも、そのために邪教徒エミールに頭を下げるなんて、あり得ないよ。
つーか、それで爺さんを蘇らせてみろ、アタシが爺さんに殺されてしまう!!」
そう言うと、アンナはブルブルと身体を震わせる。
「そうか……まあ、アンナがそう言うなら、そうなんだろうな」
「そうそう、別にソージが気に病むことじゃねーよ。それよりも……」
アンナは悪戯を思いついたように、ニヤリと笑う。
「何だよ……ニヤニヤ笑って、なんか良いことがあったのか?」
その言葉にアンナは舞台女優のように、大げさな仕草でポーズを取りながら言う。
「ふふ……『ビクトル氏がアンナに残そうとしたものは、彼女への愛に満ちていた』!!」
それは邪教徒エミール対して言った、自分の言葉だった。
しかもご丁寧に、自分の声真似をしつつだ。
「む……」
その場のノリと勢いとは怖いものだ。よくも、まあ、あんな恥ずかしい言葉を口にしたものだと思う。
そんな自分に対して、アンナは嬉しそうに続ける。
「アレは嬉しかったなぁ……
『愛』ですよ『愛』。やっぱりソージもそう思うよな。
うん……爺さんが死んじゃったことは悲しいけど、爺さんからの愛は受け取った。
それで良いんだと、アタシは思うぜ。
……そうだ。良いこと思いついた! シモンとミレーユにも自慢してやろう!!」
アンナはそう言って笑うと、中央教会に向かって走り出す。
「ちょっ、おいバカ止めろ!! 特にミレーユさんには止めろ!!」
慌ててアンナの後を追う。
まったく子供じゃないんだから、アンナには困ったものだ。
でも、まあ、アンナとこうして笑い合えるようになったのは、きっと良かったことなのだろう。
それはそれとして、アンナを止めなければ!!
ミレーユさんに知られてみろ、一生笑いものにされてしまう!!
いろいろ考えた結果、まずはアンナの話をすることに。
次話は、たぶんエルの話。




