107話 異端の使い手
よく分からないうちに異世界にきて。
よく分からなくても、分からないなりに足掻きに足掻いて。
実際には、自分は異世界に来たわけではなくて。
それでも、どうにかここまでやって来た。
そして、目の前には自分を理不尽な状況に叩き込んでくれた元凶がいる。
ならば、やることは1つ。
邪教徒エミールに、この落とし前をつけさせてやる!!
『PM 6:00 アウイン西部地区城壁外』
城門を出た先は、率直に言って『地獄』だった。
通常、アンデッドは死ねば灰になる。
だが、エミールが率いてきたアンデッド軍団は、実際には全てがアンデッドという訳ではなかった。
その最たる例は巨人だろう。
力尽き屍をさらす巨人の体躯は、軽く10メートルを超える。
そこから流れ出す血の量はおびただしく、血をまるで噴水のように垂れ流し、アウインの地を汚していく。
それ以外にも横たわるゴブリンやオークといったモンスターの死体。
それらから発する強烈な腐臭によって、鼻が曲がりそうだ。
その中を警戒しながら、邪教徒『邪竜使いエミール』の元に走る。
妨害はない。
既に周囲に自分達以外に動くものはなく、そこにあるのは積み重なる遺灰と死体だけだった。
そして――ついに辿り着く。
「はじめまして、と言うべきか異界の住人よ」
「……エミール!!」
そこに居たのは、黒い神官服に身を包んだ青年だった。
自分と同じ黒い髪に、この地では見ない平たい日本人顔。
ただ、違うのはまるで血で染まったかのような赤い瞳。
彼の手には様々な生物の骨を組み合わせて作られたと思われる、禍々しい杖を手にしていた。
「まったく貴様のせいで、とんだ苦労をする羽目になった。
だが、だからこそ貴様には問いたいことがある」
エミールは、まるで難問に挑まんとする研究者のように問いかける。
だが、それに自分が付き合う義理はない。
「問答無用、死ね!!」
その言葉と同時に、リゼットが弓を引き、アンナは呪文の詠唱を開始する。
自分とエルは、敵に向けて疾走を開始する。
「ふむ、これだから野蛮人は困る。
不浄なる混沌よ、その者共を飲み込め――ケイオス・スワンプ!!」
エミールの禍々しい杖が赤く光ると、その瞬間、足元の地面が黒い泥に変わる。
『ケイオス・スワンプ』
フラグメントワールドにも存在していた、一定範囲に泥沼を発生させる進行妨害魔法。
さらに、沼に触れたものにバッドステータス『呪い』を付与する効果を持つ。
「ッ!!この!!」
装備した聖印の効果で『呪い』は無効化しているが、足元の沼は厄介だ。
沈んだ足の深さは膝下程度、沼の深さは大したことはない。
しかし、足を引き抜こうとしても、びくともしない。
そんな自分達の様子に、満足するようにエミールは頷くと、改めて問いかける。
「貴様はこの世界で生き、何を思った?
貴様から見れば、この世界の住人は酷く惨めで、滑稽であったであろう?」
「惨め、だと……?」
何を言っているのだ、こいつは。
この世界はモンスターが闊歩し、回復魔法があるといっても先進医療などはない。
現代日本に比べれば、ずっと危険で死が隣にある、そんな世界だ。
しかしだからと言って、それが惨めかと言えば、決してそんなことはない。
強いて言えば、貧民街の住人は惨めだと思うが、
浮浪者が惨めなのは、現代日本においても同じだ。
故に、この世界の住人は惨めかと言えば、違う。
彼らはこんなクソみたいな世界で、たくましく生きている。
だが、エミールは杖を握り締めると、まるで革命家のように熱を上げて訴える。
「違う、と言いたいようだが、本当にそうだろうか?
私は貴様達の世界を知っている。
初めてその世界を覗いたとき、私は驚愕したよ。
そこに住む人々は、いとも簡単にレベルを上げ、魔法やスキルを習得し、死んだとしても容易く復活する……
なぜ、住んでいる世界は似ているのに、私達と貴様達に、これほどまでの差がある?
なぜ、我々の世界はこうなのだ?
なぜ、神は我々の世界にだけ、過酷な試練を与えたのだ!!」
その顔は世界に対する深い絶望と怒りがあった。
「私はこの世界に対して、ずっと疑問を持っていた。
例えば、ヒューマンは一切の病気をせずに健康に過ごしたとしても、60歳程度までしか生きられん。
だが、他の種族はどうだ?」
エミールは杖でリゼットの方を指す。
「例えば、エルフだ。
エルフの寿命は軽く100歳を超える。
エルフの女王である『古き大樹』に至っては1000年以上前から生き続けている。
それに比べ、ヒューマンの一生は短すぎる。60年程度では1つの物事さえ極めるに至らない。
ただ、ヒューマンに生まれたというだけでだ!!」
悔しさを顔に滲ませるエミールであるが、自分にはその怒りはよく分からない。
「別に。
ヒューマンとはそういう種族で、エルフとはそういう種族だという、ただそれだけの話だろう。
俺からしたら『人生』という、不公平で理不尽な、リセットも出来ないクソゲーを、
100年以上もプレイし続けなければならないなんて、気が狂いそうだけどな」
その答えに、エミールは露骨に侮蔑の表情を浮かべる。
「なるほど、それが貴様達の価値観か。
なんと浅はかな考えだろう。やはり、我々とは相容れぬ。
私は多くの人間がその生の短さに嘆き苦しんでいる姿を見てきた。
故に私は、人間から寿命を取り去る研究を行った。
私の二つ名である『邪龍使い』というのも、その研究にちなんだ名前だ」
『邪龍使い』、それはエミールがドラゴンを使役してきたからついた名だ。
「ドラゴンとは、この世界で最強の生命体。
古代龍ともなれば、事実上の不死、寿命はないという。
もっとも、私が使役していたドラゴンは、せいぜいが上級龍ではあったがな」
「だが、そのドラゴンは死んだ。もういない」
「然り。まったく余計なことをしてくれた。
あのドラゴンは私に良く尽くしてくれたというのに。
だが、奴の犠牲も無駄ではない。この異界の糧となって生き続けるのだ!!」
エミールは、この異界を誇示するように、両の腕を大きく広げる。
「この結界は光属性を無効かするだけではない。
この死者の無念は神の信仰を失墜させ、神の力を遮断する。
同時に死者の怒りは、闇の力を無限に増幅する」
エミールは勝ち誇るように笑みを浮かべる。
「さあ、神の使徒よ。信仰の狗よ。
貴様らに闇の力は使えまい。
我々の怒りがこの街を破壊するのを、そこで指をくわえて見ているが良い!!」
そう言うと、エミールは手にした杖を掲げる。
その瞬間、周囲の魔力がエミールに流れていき、奴の身体を黒い魔力が包んでいく。
それは奴の言葉通り、尽きることなく魔力が次々に流れていく。
対して、自分はその言葉に唖然としていた。
それは、敵の無尽蔵な魔力に対して……ではない。
この異界は光属性を無効化し、闇属性を無限に増幅するらしい。
それは確かに、非常に脅威である……が、対処は驚くほどに簡単だ。
こちらも闇属性を使用すれば良い。
背中にいるカグヤを真上に放り投げる。
「ちょっとぉおお!!」
そのカグヤの抗議の声を無視して、その隙にステータスを表示し、装備メニューのタブを開く。
現在装備している聖騎士装備をすべて解除。
フラグメントワールドにおいて、キャラクターの属性は装備している武器や防具によって決まる。
であるならば――
----------------------------------------
[装備]
右腕:ブラック・サン
左腕:-
頭:暗黒騎士の兜
体:暗黒騎士の鎧
装飾品1:邪教のシンボル
装飾品2:プロテクトリング
----------------------------------------
「これで良し」
「よくなーい!!」
一瞬で黒騎士の装備に切り替わり、ついでに落ちてきたカグヤを受け止め、背負い直す。
カグヤの抗議は無視するとして、確かに奴がいっていた通り、体に力が沸き上がってくる。
メタな表現を使えば、闇属性キャラクターのHP・MP上昇、自動回復、筋力、体力、魔力、耐久、素早さの上昇。
なんと言うか、これでもかと言うほどにバフてんこ盛りだ。
1つ問題があるとすれば、両手で握る『ブラック・サン』がずしりと重たいことだ。
これは自分が『両手剣』を装備しているにも関わらず、『両手持ち』のスキルを取っていないせいだ。
フラグメントワールドにおいて、『両手持ち』のスキルを取らずに、両手剣を装備すると命中率が低下する。
本来、自分は片手剣、盾装備のスタイルなので、両手持ちのスキルを取ることは、効率的ではない。
しかし、今はゲームではないのだ。効率ばかり追求しても仕方がない。
スキルメニューを開いて、『両手持ち Lv1』を習得する。
その瞬間、まるで長年の相棒のように『ブラック・サン』が手になじむ。
さらに、今までビクともしなかった足元の沼も、今ではただの沼地程度の効果しかない。
やはり、この異界全てから強力なバックアップを受けている実感がある。
とにかく、これで自分の戦う体制は整った。
しかし、解せない。
この異界は確かに強力だが、この様に分かりやすい抜け道がある。
これはチート使いである自分だから思いつくようなものでなない。
この程度なら誰だって思い付くような、簡単なものだ。
だが、エミールの表情には、まるで理解できない者を見るような、驚愕がはりついていた。
「……なぜ……貴様は、その黒騎士の装備を纏った。いや、纏うことが出来る?」
「なぜか、だと。
ふん、この魔剣も黒鎧も、黒騎士マルクの装備だよ。
俺が奴を殺し、奴から装備を奪った。それだけだ」
「そんなことは見れば分かる!!
なぜ邪教徒の武装を装備できる。
その鎧も、剣も、邪教のシンボルも、それは神への反逆だ!!
なぜ神の使徒である貴様が装備できるのだ!!」
エミールは本気で分からないと、叫ぶ。
それにしても、神の使徒?
それは自分ではなく、カグヤのことだが……
いや、奴が言っている事はそうではないな。
ああ、なるほど、ようやく分かった。
「くくく……」
思わず笑い出しそうな口を塞ぐ。
「何がおかしい!!」
「は、そりゃおかしいさ。
お前は神のシステムに反逆すると言っておきながら、随分と神に対して『びびってる』じゃねーか!!
無神論者の日本人を嘗めんなよ!!
神が怖くて、チートが使えるか!!」
自分はルニアとは協力関係にあり、邪教徒を倒すという条件の下に、チートを黙認して貰っている。
しかし、自分は必要なら、例え神に殺されたとしても、チートを使う。
だから、自分はルニアの使徒でも何でもないのだ。
つまり、こいつの間違いは、自分が神の使徒として、ここにいると勘違いをしたことだ。
これもある意味、カルチャーギャップなのだろう。
この世界には実際に神がいて、その御力によって世界が回っている。
皮肉なことだが、そういった世界にはおいては、むしろ邪教徒こそが神を最も信じ、恐れていると言えるだろう。
だからこそ、やつは自分が闇属性武器を使用するとは考えることが出来なかった。
だが、自分にとって武器とは、武器だ。
聖剣も魔剣も『攻撃力』と『スキル』、『属性』こそが全てだ。
仮に、由緒正しい聖剣でも、攻撃力が低ければ、それはただのゴミだ。
まあ……それが『ユニーク装備』なら、ゴミ武器でも取りに行くのが、ゲーマーなのだが。
そんな自分に対して、エミールは顔を歪め叫ぶ。
「き、貴様はそんな信仰もないのに、神の使徒として私を邪魔しようというのか!!」
「おう、俺は神のためじゃない。俺は自分の意思でここにいる。
正直言って不老不死だの、死者蘇生だの、俺にとってはどうでもいい。
仮にお前が仙人のように、山奥で人と関わらずにひっそりと暮らして居たなら、俺は何も言わない。
不老不死でも、死者蘇生でも、どうぞご自由に、だ。
だが、お前は多くを殺してきた。
お前に分かるか!!
目の前で灰となって消えていく者に何も出来なかった悔しさを、切り刻まれた幼子の死体を持ち帰るやるせなさを!!」
「だが、その犠牲を持って、私はようやく『リザレクション』を手に入れた。
分かるか、大儀を成すためには、犠牲は付物なのだ!!」
「それをお前が言うな!!
何が犠牲だ、お前らが殺したんだろうが!!
はっきり言おう。
神の信仰だの、リザレクションだの、どうでもいい。
俺はお前が気に入らない。人をさんざん殺してきたくせに、
したり顔で、神への反逆者を気取っている、お前が気に入らない!!」
「貴様は、気に入らないで、この奇跡を無に帰すつもりか。
なんと私情にまみれた俗物だろうか」
「うるせぇ!!
俺にとって戦う理由としては、それで十分だ!!」
「そうか……やはり、相容れぬ。
貴様たちには分かるまい。容易にスキルを習得し、死んでも甦る。
そんな世界で生きてきた貴様には、この世界で生きるつらさは分かるまい」
そう言うと、エミールは掲げた杖に力を込める。
その先端からは、尽きることのない魔力が渦をなして吹き荒れる。
それはまるで黒い魔力で出来た暴風だ。
その渦は留まるところを知らず、巨大化していく。
その大きさは、アンデッドスライムの体長すらゆうに超える。
このままでは、いずれ街そのものを飲み込むまでに成長するだろう。
「ここまでする必要は無かったが、
アウインの住人達にも分からせる必要がある。
この世界の理不尽、それに気付かねばならぬ。
アウインの住民も同罪だ。
なに、安心するといい。死んだとしても私の力で甦る!!」
「ふざけるなよ!!お前の思い通りにさせるか!!」
自分もブラック・サンを掲げると、その刃に異界から魔力が流れ込む。
よし、これならばいけるはずだ。
「無駄だ。闇の力とは人間の負の感情に依るものだ。
私の感じた理不尽。この世界に対する憤り、その世界を作った神への怒り。
貴様にこの世界で生きる苦しみは分かるまい!!」
その言葉に、沸騰したように頭に血が昇る。
「……苦しみは分かるまい、だと……
俺がこの世界で感じた理不尽が、お前より下な訳があるか!!」
その怒りのまま、これまで感じた理不尽を全てをぶちまける。
「訳もわからず、この世界に来たせいで、最初は手当たり次第に人に話を聞いた。
そのせいで、変人だと馬鹿にされた!!
アウインの水場では、まだ覚悟のなかった自分の目の前に、瀕死の重傷者が何人もいた。
ふざけるなよ。俺はただのプログラマーだったんだぞ!! 何で俺が他人の命を背をわなければならないんだ!!
ブルード鉱山では、トマの遺体探しに誰も手伝ってはくれなかった!!
何で部外者の自分が必死なのに、あのクソ共め!! 奴らは何でああも無関心でいられるんだ!!
開拓村輸送路でのゴースト退治では、罪のない商人の一家が生け贄にされた。
バラバラになった遺体を、1つ1つ拾って聖布に包む時のやるせなさが貴様に分かるのか!!
教会に認めてもらう試練でも、せっかく六重聖域の魔方陣を完成させたと思ったら、
巨大なスライムが出てくるしな!!あのスライム騒動で34人が死んだんだぞ。
悪いのはお前らだと分かっていても、あの日、あの時を選んだのは自分だ。
責任がないとは言えないだろう!!
第5開拓村では、開拓民のゾンビと戦わなければならなかった。
あんな死に方はない!!
疫病や、災害、モンスターによって死んだのなら納得できる!!
だが、死してなお玩具のように扱われるなんて、そんなの納得できるか!!
さらに言えば、アリスとの戦いでは、右腕が吹き飛んだ!!
今でこそ元通りだが、精神的にかなりきたし、肉体的にも痛かったんだぞ、凄く!!
最後に今回の戦いだ。
ここまで概ね上手くいったが、それでも20人以上は死んでいる。
今回に限っては言い訳はできない。
この作戦を選んだのは俺だし、実際、総大将は俺だ。
この戦いの遺族に、どの面下げて会えばいいのか分からない。
ああ、そうだ。
あれも、これも、全部、全部、全部、全部!!
全部――お前のせいだ!!!!」
『ブラック・サン』が唸りをあげる。
剣からは膨大な魔力が溢れ、特大の黒い刃を作り出す。
同時に、溢れ出た爆発的な魔力が自身の腕を焼くが、異界の力が即座にそれを癒す。
結果、自分の両手は破壊と再生を繰り返す。
「うぉおおおおおおおおおおお!!」
無限の痛みが襲う。
だが、それ以上にむかつくのは、この魔法が『ソウルイーター』が使っていた魔法だと言うことだ。
何で俺がやつの魔法に頼らなければならない!!
その怒りに答えるように、黒い刃はさらに唸りを上げて高く高く伸びていく。
それは、まるで天までも届くかの如く。
異界が軋む。
エミールの魔法と、自分の魔法によって異界の魔力が吸い上げられていく。
どうやらこの異界の魔力は、無限という訳ではないらしい。
「止めろ、異界が維持できない!!
奴を止めろ――黒き暴風よ、全てを破壊しろ――ダーク・ストーム!!」
「うるさい、死ね!!!
闇よ我が剣に宿れ――ダーク・エッジ!!」
黒い暴風と、黒い刃が衝突する。
このぶつかり合いは、客観的には自分の方が分が悪い。
相手はレベル99だし、完全な後衛職。
それに対して、自分のレベルは76。さらに前衛職だし、ダークエッジも初めて使う魔法だ。
結果的に黒い暴風に押され、吹き飛ばされそうになるが、それでもとにかく耐える。
最悪でもこうして拮抗を維持していれば、自分が負けたとしても異界は維持できずに崩壊する。
「ああああああああああああ!!」
だから、とにかく耐える。
耐えて、耐えて、ただ耐える。
思えば、今までの戦いでも、とにかく耐えることが多かった。
自分はただのチート野郎だが、それでも1つ自信を持って負けないと言える事がある。
それは『忍耐力』。
ああ、そうとも。
納期前は2徹、3徹当たり前のプログラマーの忍耐力を舐めるなよ!!
「おらぁあああああああああ!!!」
押し返されそうな腕を、それでも渾身の力で振り下ろし――
瞬間――世界が『割れた』。
「クッ!!」
黒い暴嵐と黒い刃は、ぶつかり合い、結果として対消滅を起こしたらしい。
世界は依然として暗いが、それは先程の悪意に満ちた暗さではない。
天には、満天の星空と月が浮かぶ。
それは闇夜を照らす小さな光だとしても、そこには確かに光がある。
「はぁ、はぁ、はぁ……ザマア見ろ!!」
中指を突き立ててやりたい気分であるが、残念ながら自分の両腕は吹き飛んでおり、
『ブラック・サン』も地面に落ちる。
対して、エミールは無事だ。
奴の自慢の杖は砕けたが、エミール本体はまるで無傷だ。
これが魔法の才能の違いか、それとも経験の違いか……
まあ、何にしても、死ななきゃ安い。
生きていさえいれば、ワンチャンスあるのだ。
ショートカットからヒールを選択。それで両腕は元通り。
さらに、装備メニューを開く。
----------------------------------------
[装備]
右腕:フル・ムーン
左腕:聖騎士の盾 改
頭:聖騎士の兜 改
体:聖騎士の鎧 改
装飾品1:高司祭の聖印
装飾品2:プロテクトリング
----------------------------------------
一瞬で、いつもの聖騎士装備に戻る。
「これで、よし。
うん、やっぱりこちらの方が、落ち着くな」
これは、あれだな。
自分も何だかんだ聖騎士として馴染んできたということなのだろう。
「……い、異界が、そんな……馬鹿な……なぜ、なぜだ!!
貴様は自分が何をしたか分かっているのか!!
神の手は広く、この世界全て覆う。
もうこんな機会は絶対にない。
考え直せ、貴様はなぜそんな思いをしてまで、私の邪魔する!!
貴様も、この世界が憎いのではないのか!!」
余裕のない顔で、エミールは叫ぶ。
万策尽きた、ただの邪教徒がそこにあった。
「ふん、この期に及んで命乞いか。
俺は最初からお前を殺しにきたんだぜ。
まあ……冥土の土産に答えてやるさ。
この世界に来てから、さんざん理不尽で嫌な目に遭ったが……それだけではなかった」
「なに……」
「ミレーユさんやレオンには言いたいことはたくさんあるが、何だかんだ自分を信じてくれて味方をしてくれたし、
特にシモンは自分の無茶をかなり聞いてくれた。
トマは邪教徒に身体を乗っ取られても、それでもリゼットのために足掻いてみせた、そして自分に後を託して死んでいった。
そこには何者にも負けない人の強さがあった。
アンナや、大司教、ビクトル氏、お前らもっと話し合えよと思うが、
それでもビクトル氏がアンナに残そうとしたものは、彼女への愛に満ちていた。
ブラックファングの前リーダー、ジンはクソみたいな境遇でも腐らずに一族の未来を切り開くため、開拓村に参加した。
その結果が無残なものだったとしても、その選択はきっと尊いものだったはずだ。
そして、この戦いではそれぞれに事情はあるのだろうが、街の住人が一丸となって戦った。
神官だけではない、この街の騎士も、職人も、それ以外の一般住民も、自分達の街は自分達で守るという意思を示した。
……まあ、クソみたいな人間もいるが、良い奴だっている。
ただ、それだけの話だよ」
「そんな、そんな当たり前のことで……
貴様は、私の邪魔をしたのか……ふざけるな!!
どいつもこいつも分かっていない。
駄目だ。ここでは死ねない!!
私こそが世界の真理を知らしめねばならぬのだ!!」
エミールは、そう吐き捨てると、恥も外聞も投げ捨て、逃げ出した。
だが、リゼットの矢が奴の膝を打ち抜き、あっけなく転倒する。
クリティカル・ヒット!!
急所への一撃は防御を貫通し、ダメージを与える。
「ガアアア!!
足が、そんな馬鹿な!!レベル99の私の身体が!!」
「お前の身体ではない。
お前らに1つだけ、フラグメントワールドのプレイヤーとして言っておきたいことがある。
その身体は『量産型救世主1号』のものだ、お前の身体ではない。
その力は『量産型救世主1号』の力だ。そこを勘違いするな!!」
『量産型救世主1号』もだし、『秋月レイ』もそうだが、
ゲームのフラグメントワールドだって、レベル99まで上げるのはそれなり以上に苦労する。
『量産型救世主1号』などという巫山戯た名前だが、愛着はあったはずだ。
でなければ、レベル99まで育てない。
誰だって自分が育てたキャラクターが、
こんなことに使われたと知れば、きっと『ふざけるな』と思うだろう。
「さて、そう言うわけで、お前は終わりだ。
出番だカグヤ!!
お前の魔力を全部寄越せ!!」
そのための『マジック・サプライ』の魔法だ。
『マジック・サプライ』
自身のMPを、他者に分け与える魔法。
カグヤはこの魔法を使って、街の兵士達のMPを回復させていたが、本当の狙いはこちらだ。
マジックサプライを使って、カグヤの中にある自爆用の魔力を全て取り出す。
「『いいですとも!』と言いたいところだけど、いいのかい?
この魔力はそれこそチートで、強力なパワーリソースだ。
この戦いは僕らの勝ちだ。わざわざ自分から奥の手を手放す必要はないでしょ?」
「確かに惜しいが、その自爆用の魔力は、本来はこの戦いで使うためのものだろう。
だったら、きれいさっぱりこの戦いで使い尽くす。
カグヤが普通に生きるには、その魔力は不要だ」
いつ爆発するか分からない爆弾を抱えながら生きるのは、まったく健全ではない。
「ふふん、いいよ。やってやる!!」
カグヤは笑みを浮かべ、手を伸ばすと、一緒に聖剣を握る。
「行くよ。自爆スイッチ・オン!!
同時にショートカットから、『マジック・サプライ』を起動!!
覚悟せよ、神への反逆者エミール!!
これが僕とお父さんのダブル・バニシング・レイだ!!」
「まあ、この世界風にいうなら、『バニシング・レイ』の重奏魔法だがな。
行くぞ――」
聖剣から無尽蔵の光があふれ出す。
『極光よ、全てを飲み込め!!――バニシング・レイ!!』
聖剣から伸びる聖なる光が、闇夜を切り裂き、全てを跡形もなく吹き飛ばした。
という訳で、これで4章終了。と同時にメインストーリー、オールクリア。
あとは、各ヒロインごとにエピローグを予定しています。
順番は前後するかもだけど、カグヤ→エル→アンナ→リゼットの4話で完結予定です。
あと、一応補足。
邪教徒エミールの本来の策は、ある日いきなりアンデッドスライムが街の地下から暴れだし、
同時に、街中にいる裏切り者達が一斉発起。貴族、王族側もジェロームによって拘束される。
それでも抵抗したとしても、モンスタークリスタルでアンデッドの大軍を街中に呼び寄せ、
一気に押しつぶす。
という完璧な作戦でした。
でも一人のイレギュラーのせいで、
その策はズタズタにされたというのが、このお話になります。




