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宗次は聖騎士に転職した  作者: キササギ
第4章 異端の使い手
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101話 堕ちた太陽1


『PM 4:10 アウイン西部地区』



 アウイン中央通りにつながる西部地区のメインストリートをただ走る。

空にはドラゴン、街中にはアンデッドの戦士。

そして、中央通りに降り立った黒騎士。


 この展開は予想していたはずだった。それでも現実はこのザマだ。

備えが無駄だった訳ではない。しかし相手に上を行かれたのだ。


 アウインの西部地区は主戦場である城壁に近いため、アンデッドの処理も住民の避難も間もなく終わるだろう。

問題はそれ以外の地区に落ちたアンデッドの戦士達だが、それらはこの街の守備兵とリゼットに任せた。

そして、アウイン上空を飛ぶドラゴンの相手は、レオン率いる東部教会の聖騎士団に任せた。

ならば、自分は自分の仕事に専念すべきだろう。


 自分の役割は、アウイン中央通に降り立った黒騎士を倒すこと。

ただそれを成すために走る。


「よし見えた!! って、何でミレーユさんが!!」


 中央通りまであと少しという所で自分が見たのは、

血だらけで黒騎士と対峙するミレーユさんだった。


 なぜ、という疑問はすぐに分かった。

ミレーユさんの後ろには負傷し、動けなくなった兵士や住民達が居た。

彼女は彼らの盾にならんと、黒騎士相手に立ち向かっていたのだ。


しかし、相性は絶望的であった。


 後衛職のミレーユさんが、全身鎧に大剣まで装備した黒騎士を相手に、正面戦闘で勝つのはまず不可能だ。

事実、ミレーユさんの足元には血が水溜りのように流れ出ており、

杖を支えに立っているのが精一杯という状況だった。

これでは、意識があるかすら怪しい。


そんなミレーユさんに黒騎士は剣を構え、ゆっくりと近づいていく。


「くそぁがあああがぁあ!!」


 全力で走るが、駄目だ、間に合わない。

敵は剣を振り上げている。

後は振り下ろすだけで終わりだ。


「っうああああああ!!」


 意味も分からず、叫ぶ。

だが、そんなものに何の意味もない。


 足が千切れんばかりに力を込めて走る。

だが、それでも間に合わない。


しかし……その時、一筋の閃光が走った。


「あ……」


 それは音を置き去りにするかのように、ただ速く速く疾走する。

それが何なのか、視認で来たわけではない。

だが、それでも分かる。


あれは……リゼットの矢だ。



 光は一直線に剣を振り下ろそうとした黒騎士に向かう。

だが……


「……フン!!」


 ザン、と黒騎士は剣を一閃。

ミレーユさんに振り下ろそうとした剣で、難なくリゼットの矢を打ち落とした。

だが、問題ない。間に合った。



「うおあああああ!!!!

ミレーユさんに、何してくれてんだラァアア!!」


 ミレーユさんと黒騎士の間に身体を割り込ませ、そのままの勢いで聖剣を全力で叩きつける。

ガギン、と剣と剣がぶつかり合い、火花が飛び散る。


「……フ」


「チッ!!」


 黒騎士はあえて自分から後方に飛ぶことで、剣の威力を殺す。

敵の剣ごとへし折ってやるつもりだったのだが……やはり、こいつ強い。

だが、今はこれで良い。奴が後ろに飛んだおかげで黒騎士とは距離が開いた。


「ミレーユさん、生きてますか!!」


黒騎士への警戒は緩めず、前を向いたまま後ろにいるミレーユさんに問いかける。


「まあ……なんとか、ね……

ソージ……私のことは、いいから……あいつを、この場から……引き、離して……

あいつがいると……皆の治療が、出来ないじゃない……」


 ミレーユさんは息も絶え絶え、立っているのがやっとという状態だった。

それでも優先するのは自身の治療ではなく、他者の治療とは……

まったく、この世界の神官達の職業意識の高さ、あるいは信仰の高さには驚かされる。

普段は言いたい放題、やりたい放題やっているミレーユさんでも、

逃げれば良いのに、弱者のために己を省みずに戦っている。


 だいたい、ミレーユさんは結婚を控えている身だろう。

こんなところで死んで良い人間じゃない。

いや……この場に死んで良い人間なんていない、か。


 すでに中央通りには、20を越す遺体が転がっていた。

彼らにだって彼らの人生があり、この戦いがなければ明日を迎えることが出来たのだ。

……これも、自分の責任か。

自分はこうなる可能性が高いことを知っていて、それでも、この作戦を選んだ。


「……それでも、反省は後だ」


 もう戦いは始まっている。すでに退路はなく、ゲームのようにリセットも出来ない。

それならば、自分に出来ることをやろう。


 まずやるべきは、負傷者の回復だ。

しかし、自分はアンナやカグヤと違って、範囲回復魔法は持っていない。

自分が使える回復魔法は、単体効果の『ヒール』のみ。

そして、単体効果の魔法は、相手を視認しなけば使えない。


 しかし、目の前には黒騎士がいる。

距離は10メートル程度離れているが、こんなもの自分にとっても、おそらく相手にとっても一瞬で詰められる距離だ。

この状況で後ろを振り向くなど、ただの自殺行為だろう。


では、どうするか? こうするのだ。


 目の前にいる黒騎士に対して警戒はそのままに、聖剣を構える。

良く磨かれた白銀色のその刀身は、鏡ほどではないにしろ自分の背後を映し出す。

目線だけを動かし、背後を確認する。

負傷者は12名、その内、重傷者はミレーユさんを含め8名。


 ショートカットから『ヒールLv5』を選択し、ミレーユさんを対象に3回実行。

同様に、ミレーユさんの背後にいる重傷者に対しても『ヒールLv5』を3回ずつ実行する。


 このあたりは『アウインの水場』での経験が活きている。

重傷者にはヒールは効き難く、また、ヒールの効き方にも個人差がある。

ならば、最初から出し惜しみせずに、最大レベルのヒールを複数回実行する。


 このやり方では無駄が多く消費が重くなってしまうが、ポーションのストックには余裕がある。

何より余計なことを考えなくて良い、重い消費は必要経費として割り切ろう。


 ミレーユさんやその他の重傷者の身体は、淡い光に包まれ傷が再生する。

これで一先ず安心だ。あとは目の前の黒騎士をどうにかすれば良い。


「ちょっと、私はいいって言ったでしょ!!」


ミレーユさんの抗議に、振り向かずに答える。


「そうなんですか? よく聞こえませんでした」


「絶対に、聞こえてたでしょ……

ふん、まあいいわ。ソージ、援護は必要?」


「不要です。

俺は今からあの黒騎士を南部地区に誘導します。

その隙にミレーユさんは怪我人の治療と、避難をお願いします」


 先程ヒールを使ったのは、重傷者に対してだけだ。

まだ、この場には負傷者も、逃げ遅れた者もいる。


剣を構えたまま、周囲に居る守備兵に向けて叫ぶ。


「この黒騎士は、俺に任せろ!!

援護は不要!!

戦える者は負傷者の警護、街中に散らばったアンデッドの退治、

レオンの聖騎士団に合流しドラゴン退治にあたれ!!

これは総大将としての命令だ!!」


『りょ、了解!!』


守備兵たちは黒騎士に対して警戒しつつも徐々に後退し、それぞれの役割にしたがって動き出す。


「ミレーユさんも今のうちに!!」


「そうね……――眠れる力を解き放て――『ブレイブ』!!」


 『ブレイブ』、物理攻撃力を上昇させる補助魔法。

その魔法の力によって、自分の身体に力がみなぎる。

しかし……


「……自分に援護は不要と言いましたが」


 ブレイブの魔法のMP消費は、そこまで重い訳ではないが、軽い訳でもない。

それに、この魔法は自分も使える。だったら自分よりも他の人を優先するべきだ。


「そうなの? 聞こえなかったわ?」


しかし、ミレーユさんはとぼけた様にそう言った。


「絶対に聞こえてましたよね」


「ふふん?」


「まあいい……まだ上空にもドラゴンはいますので、なるべく死なないで下さいよ」


「人の心配とは余裕があるわね。あんたも死ぬんじゃないわよ!」


 その声と共にミレーユさんの気配が離れる。

同時に、自分は黒騎士に向けて突撃する。



「うらぁあ!!」


敵に対して左側に踏み込みつつ、聖剣を左から右に振り抜く。


「フ……」


「チッ!!」


 結果は先程と同じ。

黒騎士は巨大な大剣を自在に操り、自分の斬撃を弾く。

攻撃が当たらないのは残念だが、深追いはしない。

黒騎士に一撃与えると距離を取る。


 いわゆる『ヒット&アウェイ』戦法。

これを駆使して、敵を南部地区へ誘導する。


今度は右から踏み込み剣を叩きつけるが、やはり自分の剣は防がれる。


「このくそ野郎が!!」


 一撃入れると、南部地区の方向に距離をとる。

敵は自分に狙いをつけたのか、自分の後を追うように動き出す。

こちらの作戦通り、誘導はうまく行きそうだ。


 しかし、ここまで3回の攻撃はすべて防がれている。これは如何にもまずい。

そもそも敵を倒せるなら、わざわざ南部地区に誘導せずに、この場で倒してしまえば良いのだ。

だが、それはかなり厳しいと言わざるを得ない。


 頼りのチート『剣スキル』は間違いなく発動している。

しかし、普段はどこを斬れば有効打になるか示してくれる『剣スキル』が、まったく機能していない。

これはつまり……敵に一切の隙はなく、一撃で倒すことは適わないという事だ。


 であるならば、目標を下方修正。

一撃狙いの大攻撃から、牽制狙いの小攻撃で相手の出方を伺う。

目標を下げたことで、『剣スキル』が機能し、自分の狙いに沿う攻撃案が示される。


「せい!!」


 指示された剣筋に従い、敵に対して左側に踏み込みつつ、剣を左から右に振り抜く。

その剣は、やはり敵の大剣に弾かれるが、今度は想定通りだ。

毒にも薬にもならない一撃だが、どうせ誘導ついでの様子見だ。今はこれで良い。


 一撃入れると、南部地区の方に距離を取る。

あとは南部地区につくまでこれの繰り返す。





 その後、数十回の打ち合いを続け、黒騎士を南部地区の路地裏に誘導することに成功した。

なぜ今回は南部教会ではなく、路地裏にしたのかと言えば、南部地区の路地裏は無計画の増改築で道幅が狭いからだ。

その道幅は約5メートル。剣を振れないほどではないが、それでも戦うには窮屈に感じる。

まして人の背丈はあるだろう大剣ならば、なおさらなはずだ。


 ただし住居が密集しているため、大規模魔法の『バニシング・レイ』は使えない。

まあ、敵は六重聖域が効いていないことからも、光属性を無効化するアイテムを装備しているのだろう。

ならば、最初から威力は期待できないので、問題はない。


 それよりも、敵の行動を妨害する方が重要だ。

敵が間抜けにも大剣を壁に引っ掛けてくれれば言うことはないが、さすがにそこまで間抜けではないだろう。

あくまでもこちらの狙いは、敵に戦いにくいというプレッシャーを与えることだ。


 一応、戦場をここにしたのには、もう1つ狙いがあるのだが……

まあ、そちらは確実ではないし、あまり頼りたくない奥の手だ。

まずは真っ当に勝利を目指すとしよう。


そう頭の中で作戦を考えていると、今までほぼ無言だった黒騎士が、兜の奥からくぐもった声で問いかける。


「どうした? 鬼ごっこは、もう終わりか?」


「……ああ、ここがお前の終着点だ」


 やはり、こいつは分かった上で、こちらの誘いに乗ってきた。

つまり、本能のままに戦っていた『アンデッド・ジン』とは違う。

こいつには意思がある。


 それは最初に襲われた兵士は死んでいて、ミレーユさんが死んでいなかったことからも分かる。

……こいつは明らかに獲物を選り好みしている。


「クク、良い殺気だ。

観客が居ないのは大いに残念であるが……その代わり、余計な邪魔も入らない、か。

良かろう、貴様の誘いに乗ってやったのだ、その分、私を楽しませてくれるのだろう?」


 そう言うと、黒騎士は自分に見せ付けるように大剣を振るう。

人の背丈ほどもある漆黒の大剣、その重さを物ともせずに、真っ直ぐに正眼の構えを取る。

その構えは堂に入っており、隙は欠片も見当たらない。


「我が名は『太陽の聖騎士マルク』!!

この聖剣『ブラック・サン』を託された聖騎士として、正々堂々貴様に決闘を申し込む!!」


 黒騎士はまるで物語の主人公のように、名乗りを上げる。

その名前に、自分は聞き覚えがあった。

『太陽の聖騎士マルク』……いや、『堕ちた聖騎士マルク』か。

シモンが言っていたことを思い出す。


 『太陽の聖騎士マルク、いえ、今は堕ちた聖騎士マルクと呼ぶべきなのでしょうね。

彼は司教の位にまで就いたにもかかわらず、邪教徒に魂を売った裏切り者です。

その名を語ることは教会では禁忌とされていますので、軽々しく口に出さないように注意して下さいね』


 シモン曰く、生前は多くの邪教徒を倒した英雄であったらしいが、

より『強さ』を求めて邪教徒になったらしい。

しかし、そうなると先程のマルクの名乗りに、強烈な違和感を覚える。


 奴は自分のことを『聖騎士』だと名乗った。

だが、それは過去の話。今の奴は聖騎士でありながら、自分の欲のために邪教徒に魂を売った裏切り者だ。

そんなクソ野郎が聖騎士を名乗っている。


 それに奴が装備している大剣『ブラック・サン』はフラグメントワールドに存在していたレア装備で、

フィールドボスである『暗黒騎士』を倒した時のレアドロップでしか手に入らない。

マルクとゲームの『暗黒騎士』の関係は分からないが、少なくとも『ブラック・サン』は聖剣ではない。


 つまり、マルクはこの期に及んでまだ自分は聖騎士のつもりでいるらしい。

だとするなら、こいつはただの狂人だ。



「……どうした?恐怖で声も出ないか?

しかし、貴様にも背負っているものがあるだろう。

であるならば、貴様は戦わなければならない。さあ、名乗られよ!!」


 こうして台詞だけを聞いていると、まるで正々堂々とした武人のようだ。

しかし、実際には黒い鎧に身を包んだ、ただのアンデッドである。


『何言ってんだ、こいつ』とは思うが、奴が強敵であることも事実。

体感ではあるが、自分よりも10レベルは上だろう。


 MMORPGにおいて10レベルの差は勝てないほどの差ではない、装備や戦術プレイングで十分に覆せるレベル差ではある。

しかし、それは順当に戦うと、順当に負けるということでもある。

自分が勝つには装備の差か、戦術プレイングで奴を上回らなければならない。


 まず装備について、今回の戦いにはポーション等の消耗品は十分に持ち込んでいるし、

所有しているレア装備……

炎属性の片手剣『フランベルジュ』、

水属性の片手剣『青龍刀』、

土属性の山刀『フォレスト・マチェット』、

風属性のナイフ『フェザー・カッター』、

光属性の刀『白光』、は全て持って来た。


 さらに、ベルトに付けたホルスターの中にはマジックガン。

ポーチの中にはいつもの聖水や聖布の他にも、エルに貰った煙幕弾や薬品。

そして、右手には白銀に輝く聖剣『フルムーン』。


 これだけの装備があるのだ。

なら、あとは戦術さえ間違えなければ勝てない相手ではない。


ここで選択する戦術は……


聖剣をしっかりと構え、腹に力を入れて声を出す。


「我が名はソージ!!

此度の戦の総大将である!!

女神『ルニア』に聖剣『フルムーン』を託された担い手として、貴様を討つ!!」


「そうだ!出来るではないかソージよ!!

さあ、戦おうぞ!!強者との戦いこそが我が生きがいよ!!」


 ヒートアップする聖騎士とは逆に、自分は敵の一挙手一投足を見逃さないように心を静めていく。

こちらの作戦は何てことはない。

まずは相手の誘いに乗り、正々堂々と戦い……期を見て不意打ちを行う。


 正々堂々? 冗談ではない。

こいつは善良な住民を殺しただけでなく、ミレーユさんを嬲っていたのだ。

その落とし前はこいつの命でもって付けさせる。


恐怖と後悔と絶望の中で、苦しんで死ね。


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