第9話 クロスワード部が何か……?
数日後。学校内の廊下でのことだ。
俺は一人で部室へ向かっていたのだが、さっきからものすごく居心地が悪い。
それといった特徴のない普通の女子が二人、俺の斜め後ろをついてくる。
視界の端にぎりぎり入るところにいて目障りだ。
二人は、俺を見てあからさまにニヤニヤしている。
うわぁ、最悪だ……。
首筋を虫が這っているような不快感。
以前俺を散々馬鹿にしてきたあの二人組と雰囲気が似ているのだ。
またあの手のうるさい連中が、暇つぶしに俺に絡みにきたのだろうか。
背後から聞こえる「くすくす」という笑い声に、俺はうんざりとした気分になる。
一体、彼女たちは俺を笑いものにしてどうしたいんだ?
身構える俺をよそに、二人はニヤニヤした笑みを浮かべたまま、ぐいぐいと距離を詰めてくる。
ところがだ。
今回は少し様子が違う。
以前の二人組から放たれていた、あの人を見下すような「悪意」が、彼女たちの表情からは一切感じられないのだ。
「あの……もしかして、濁川さんですよね?」
二人組の一人が俺に話しかけてきた。
照れくさそうな上目遣いで俺を見つめている。
「え? あ、はい。そうですけど……」
「やっぱり! すごい、本物じゃん!」
「ねえ、濁川さんって、あの『クロスワード部』の部長なんですよね!?」
「ええ、まあ」
以前と違って、クロスワード部であることが何か凄いことのように言っている。
俺は何のことかわからずに頭が混乱してきた。
「あの、ええと、クロスワード部が何か……?」
「何というか、その、凄いなあって」
「はあ……?」
俺には何のことかさっぱりわからない。
新手のからかい方なのだろうか。
だとしたら、性格の悪さの使い道を間違えてるぞ。
俺は頭をかきながら首をかしげる。
そこへもう一人の女子も会話に加わってきた。
「えっ? もしかして、濁川さん、知らないんですか? 今、世間で大流行じゃないですか、クロスワード!」
「そうそう! ほら、夜のバラエティとかでも毎日特番やってるし、テレビでもめちゃくちゃよく取り上げられてますよ!」
身を乗り出して熱弁する二人。
テレビをほとんど見ず、スマホでもニッチな情報しか追わない俺は、そんな流行は聞いたことがなかった。
「だから今、クロスワード部に入ってるってだけでマジで凄いことなんですよ! しかも濁川さん、教え方が神って噂だし!」
「あの、あのっ! もしよかったら、サインもらえたりしませんか!?」
そう言って、一人がカバンから真新しいノートとペンを差し出してきた。
サイン? 俺の!
ただの一般男子高校生、しかもオタクのサインなんて、貰ってどうするんだ。
しかし、彼女たちの目は輝いていて、冗談を言っているようには到底見えない。
「いや、サインなんてしたことないし、ただの名前になるけど……」
「全然オッケーです! お願いします!」
押し切られる形でノートを受け取り、俺は仕方がないので、ノートにいかにもサインっぽい感じで自分の名前を崩して書き込んだ。
「わあ、カッコいい! ありがとうございます!」
「ねえねえ! ついでに一緒に写真も撮ってもらえませんか!?」
「えっ、写真はちょっと恥ずかしいというか――」
「おねがーい! 一枚だけ!」
断る間もなく、もう一人が素早くスマホのカメラを起動し、俺の横に並んできた。
恥ずかしいが断り切れずに、俺は彼女たちのスマホのカメラに一緒に写る。
顔を引きつらせる俺の横で、二人は満面の笑みを見せていた。
パシャリとシャッター音が響く。
「やったあ! ありがとー!」
「部活、これからも頑張ってください!」
二人は大喜びして、風のように去っていった。
廊下に取り残された俺は、ただただ呆然と立ち尽くす。
これは夢だったのだろうか。
それとも異世界にでも転移してしまったか。
数日前には俺をクロスワード部だからと馬鹿にしてきた人がいたというのに、今日はちょっとしたアイドル扱いだ。
この数日の間に世の中にどんな変化があったのだろう。
不思議なこともあるものだ。
混乱する頭を抱えながら、俺は廊下を部室へと向かった。
「ちょっと、濁川ぁ? ニヤニヤしてどうしたん?」
俺が、部室のドアノブに手をかけた瞬間、背後から聞き馴染みのある、少し高めで弾んだ声が降ってきた。
楯さんだった。
「え、いや……ニヤニヤって……」
俺は、思わず自分の顔を触ってしまう。
「さっき廊下の角で、可愛い女子二人組に囲まれてデレデレしてたの、あたしバッチリ見ちゃったんだからね」
楯さんはカバンを肩にかけ直し、俺の顔の前に人差し指を突きつけて、ふふっとからかうように笑った。
「デレデレなんて……。あれは、その……断り切れなくて」
「へえ~? サインまで書いちゃって、二人に囲まれて『両手に花』的な写真まで撮っちゃってぇ。濁川も隅に置けない的な? もしかして、あたしらに隠れてファンサの練習でもしてたわけ?」
肘でツンツンと俺の脇腹をつつきながら、楯さんは楽しそうに言葉を重ねてくる。
その距離が妙に近くて、さっきの二人組とはまた違う、甘い香水のような匂いが鼻をくすぐった。
からかわれていると分かっていても、どうしても心拍数が上がってしまう。
「ち、ち、違うから! 本当に何がなんだか分からなくて……。そ、そういえば、なんか今、クロスワードがテレビとかで流行だって、さっきの二人が……」
俺が必死に話題を変えようとすると、楯さんは「あー、それね!」と手をポンと叩いた。




