第10話 部誌を作るの!
「あたしもすっごい気になってたんだよね。最近、クラスの女子とかも急にパズル雑誌とか持ち歩き始めてさ。何かと思ったら、理由があったわけ」
「理由?」
「ほら、ヤジリンっているじゃん?」
「ヤジリン……?」
「今大人気のアイドルだよ。ヤジリンこと矢島凜花ちゃん」
「う、うん……」
楯さんがアイドルのことを話してくれるが、俺は芸能関係にはとことん疎い。
矢島凜花なんて名前も、聞いたことがあるような、ないような。
楯さんの説明によると、矢島凜花はネット上でもインフルエンサーとしてもてはやされているとのことだ。
ネットの話題なら詳しいつもりの俺だが、ネットにも全然知らない世界があったことに情強としての自信が揺らぐ。
「で、その子がテレビで『最近クロスワードパズルに激ハマり中なんです!』って言ったんだって。そしたら一気にクロスワードがバズる……って、駄洒落じゃないけど。で、推しと同じ趣味を持ちたいっていう、ファン心理でってやつらしいよ」
「へえ……アイドルの影響力って恐ろしいな……」
「でしょ? 完全に時代の波があたしらの部活に追いついてきたって感じ!」
楯さんはニシシといたずらっぽく笑うと、俺の背中をバシッと叩いて部室のドアを開けた。
「入るよー!」
部室の中にはすでに黒須さんがいた。
いつも通り、机にノートを広げ、辞書サイトを表示したスマホを見ながら黙々と文字を書き込んでいる。
「あ、黒須さん、こんにちは」
「……うん。こんにちは、濁川君。楯さんも」
黒須さんは、視線をノートと俺たちとに交互に向けて、小さく頷いた。
相変わらず、よく言えばクールでミステリアス、悪く言えばコミュ障っぽい雰囲気を崩さない。
「ちょっと聞いてよ黒須さん! 黒須っち!」
楯さんがカバンを机に置きながら、待ちきれないといった様子で身を乗り出した。
「今、世間じゃものすごいクロスワードブームが来てるんだって!」
「……ブーム?」
「そうそう! 濁川、さっきの廊下の話、黒須さんにも教えてあげなよ」
「え? ああ……。なんかさっき、廊下の角で女子の二人組に話しかけられちゃって。変な勘違いされて、サイン書いたり一緒に写真撮ったりして。あのアイドルの矢島凜花がクロスワード好きって公言したのがきっかけらしくて……」
こういう話をする時、どうしても俺は早口になってしまう。
しかも、照れくささもあって、変な薄ら笑いまで浮かべてしまっていた。
情けない表情だったに違いない。
――カリッ。
静かな部室に、小さいが鋭い音が響いた。
黒須さんの持っていたシャーペンの芯が折れた音だった。
「……黒須さん?」
見ると、黒須さんの美しい眉間が一瞬だけピクッと動き、少しむっとしたような、どこか不機嫌そうな顔になっていた。
だが、それも本当に一瞬のこと。
すぐにいつもの無表情に戻り、淡々とノックして芯を出し直した。
「……別に、その、ただ、芸能界のこと、よく分からなくて」
「あ、やっぱり興味ないよね。ごめん、つい興奮しちゃって」
その冷淡なトーンを聞いて、俺は、やっぱり黒須さんは芸能関係には全く興味がないんだなと勝手に納得し、それ以上ヤジリンの話題を広げるのをやめておいた。
すると、隣で髪をかき上げていた楯さんが、何かを思いついたように声を弾ませた。
「ねえねえ、だったらさ! このブーム、あたしらも便乗しない手はないんじゃない?」
「便乗って何をするの?」
「決まってんじゃん、『クロスワード部』の部誌を作るの!」
「部誌?」
「そう! 今の世間は、みんなクロスワードを求めてるわけっしょ。コアラがコアラのマーチを食べたがってるようなもんじゃん」
「ユーカリって言いたいの……?」
「そう、それ。でさ、あたしたちが作ったクロスワードを載せた部誌を売るの。そしたら結構なお金になるかもしれないよ!」
「なるほど。その程度のお金儲けなら先生に怒られることもないはず」
仮に作ったとしても市販のクロスワードの専門誌ほどの出来にはならないだろう。
でも、ただ黙ってクロスワードを解くだけよりは建設的だ。
もちろん、俺たちは作ることに関しては素人に過ぎない。
もし売れたとしても、どうせ大した金額にはならないだろう。
何か形のあるものを作り上げることに大きな意義があるのだ。
「黒須さんはどう思う……?」
乗り気ではなさそうな気がして、俺は恐る恐る黒須さんの顔を覗き込んだ。
しかし、黒須さんは少しだけ考えるような顔をした後、パタンと静かにノートを閉じた。
「……悪くないと思います」
「え、本当?」
「うん。私たちの活動がちゃんとしたものであることを知ってもらう良い機会かも。今のブームが本物なら、私たちの作ったパズルの価値も伝わるはず」
「ほら、黒須さんも大賛成じゃん! 濁川はどうするの?」
「二人ともそこまで乗り気なら俺に異論なんてないよ。普通に面白そうだし、やってみよう」
「よし、決まり! ありがと、二人とも!」
楯さんは嬉しそうにガッツポーズを作って笑った。
こうして、世間の急なブームの裏で、俺たちのオリジナル部誌制作計画が賑やかにスタートすることに。
まさかこの部誌が後に大きな騒動につながることになるだなんて、本当に世の中はわからないものだ。




