第8話 問題作ってるんだ
放課後、部室の扉を開けると、そこにはすでに先客がいた。
窓際から差し込む西日に照らされながら、机に向かっているのは黒須さんだ。
いつもなら一心不乱にパズルを解いている彼女だが、今日の手元にあるのは雑誌ではなく自分のノート。
シャープペンシルをノートのマス目に舞わせながら、何やら熱心に書き込んでいる。
「あ、黒須さん。どうも……」
「あ、濁川君……」
黒須さんは、ぴょこんと顔を上げ、小さく会釈をして、すぐに手元に視線を戻した。
気になってそっと後ろから覗き込んでみると、どうやらクロスワードパズルを解いているのではなく、問題を自作している真っ最中のようだった。
「へえ、問題作ってるんだ。すごいな、黒須さん」
「ひゃっ! こ、これは……!」
俺の声に飛び上がらんばかりに驚いた黒須さんは、頬を赤くして、両手でバッとノートを隠してしまった。
上目遣いでこちらを睨む姿は、まるで秘密のドングリを隠すリスのようで、不謹慎にもちょっと可愛いと思ってしまう。
「あ、ごめん! つい気になっちゃって」
「い、いえ……まだ作りかけで、恥ずかしいですから。……その、もしもちゃんと完成して、クロスワード専門誌に掲載されたら、その時は……濁川君にも、一番に見せますから」
恥ずかしそうに指先をモジモジさせながら、消え入りそうな、でも一生懸命な声でそう告げる黒須さん。
専門誌に投稿するレベルなのかと驚くと同時に、そんな風に約束してくれる彼女の健気さに、俺の心臓は少し変な跳ね方をした。
「うん、楽しみだなあ」
俺がそう言って微笑んだ、その時だった。
「おっはよー! ……じゃなくて、お疲れー!」
バァンと勢いよく扉が開き、弾けるような笑顔で楯さんが入ってきた。
一瞬で部室の空気が明るくなる。
だが、俺と黒須さんが妙に距離を詰めて話していたのを見た瞬間、楯さんはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「おやおや? 何やら二人で良い雰囲気じゃん? もしかしてあたし、お邪魔虫だったかなあ?」
「ち、違います! そんなんじゃ!」
黒須さんがさらに顔を赤くしてブンブンと首を振る。
俺も慌てて「ただ作ってる問題の話をしてただけだって」と言い訳を並べ立てた。
「あはは、冗談だってば! それにしても、クロスワードって作ることもできるんだね。面白そうじゃん、あたしも挑戦してみよっかな!」
そう言って、楯さんは俺の隣の席にドカッと腰掛けた。
「そんじゃ黒須先生ちゃん、あたしに作り方教えてくださーい!」
「あ、ええと……私は今、自分のを作るのに精一杯で……」
黒須さんは申し訳なさそうに、机の上のノートに視線を落とした。
専門誌への投稿締め切りが近いのかもしれない。
口数が少ないので、人に教えるのも苦手そうだ。
それを見た俺は、すっと手を挙げた。
「じゃあ、俺が教えるよ。これでも一応、解くだけじゃなくて、たまに小さな問題なら作ったりしてるんだ」
「マジで! 濁川、意外と頭いいじゃん。じゃあよろしく、濁川先生!」
楯さんにベタ褒め(?)されて、少し気恥ずかしい。
俺は鞄から方眼ノートを取り出し、白紙のページを開く。
「まずは、小さいサイズから作った方がいいかな。5×5の大きさから作ってみようか」
マス目に合わせて四角く線を引く。
「先に黒マスを入れた方がいい。その方が作りやすいからね。黒マスは点対称の配置にするのが理想なんだ。点対称というのは……」
俺は普段の自分からはかけ離れた饒舌さで説明を続ける。
我ながら典型的なオタクムーブだ。
幸いにも、楯さんにドン引きされることはなかったけど、普通の女子には嫌われるだろうなあ。
「なるほどー。じゃあ、あたしの名前のが五文字だから『タテヨウコ』って入れてみようかな」
「それはいいかも」
その「タテヨウコ」の五文字を元にしていろいろな言葉を組み合わせてみる。
どんな言葉にしようか。
俺と楯さんは、あーでもない、こーでもないと頭を突き合わせた。
楯さんは人との距離感が近い。
ぱっと見にはきつい印象のギャルなのに人なつっこくて、誰もが好感を抱く。
しかも、近くでちょっと動くたびに、茶髪からほのかに甘い香りが漂ってきたりなんかして、俺は密かにドギマギしていた。
「できた! どう、濁川先生?」
苦戦すること一時間弱。
楯さんは、どうにか5×5の小さな盤面に言葉を組み込む作業を完成させた。
「やったあ! 濁川の教え方がガチでいいからすぐできちゃった!」
楯さんは無邪気に喜び、俺の肩をぽんぽんと叩いた。
「いや、まだカギを考えないとならないんだけど」
「あ、そっか」
「でも、もう時間だし、明日考えればいいか」
そう言いながら、俺は何気なく黒須さんの方に目をやった。
黒須さんがシャープペンシルを握ったまま俺を見ている。
どこか寂しそうな、あるいは焦っているような、複雑な瞳だ。
俺と目が合うと、彼女はハッとしたように、すぐに手元のノートに視線を落としてしまった。
いつもの冷静な黒須さんらしくない、その落ち着きのない様子。
……もしかして、嫉妬?
まさかな、と自分の都合の良い勘違いを頭を振って打ち消す。
だけど、心なしか部室の温度が少しだけ上がったような、そんな放課後のひとときだった。
しかし、これから先もっと熱くなることが起きようとは、この時の俺には予想すらできなかったのである。
ᓚᘏᗢ ᓚᘏᗢ ᓚᘏᗢ ᓚᘏᗢ ᓚᘏᗢ ᓚᘏᗢ ᓚᘏᗢ
ちなみにこれが完成したクロスワードのコタエ。
キス■ツミ
タテヨウコ
■イワシ■
クツキング
ロク■ボン




