第5話 殊羽の彼氏?
鯛焼きを食べ終え、そろそろ帰るかとなった時だ。
ベンチから立ち上がった楯さんが俺に言った。
「じゃあ、あたしはこっちだから。黒須っちをちゃんと家まで送り届けてあげること! 了解?」
「え? 俺が?」
「だって君ら二人、帰る方向同じっしょ?」
「そういえば、そうだったような」
「さっきみたいのがまた出るかもしんないし、男の子が送ってやんなきゃ。ナイトみたいに」
まだベンチに座っている俺と黒須さんの肩を同時にポンポンと叩く。
本当にさっきのチンピラみたいのが現れたりなんかしたら、俺に応戦する力なんてあるわけないのだが。
「いえ、私の家なら遠くありませんし、申し訳ないですから……」
黒須さんはいつものように遠慮がちに俯くが、楯さんは「だめだよ!」と人差し指を立てた。
「夜道とかホント危ないんだから! それに、せっかくボディーガードがいるんだし、利用しなきゃもったいないっしょ!」
有無を言わせぬギャルの圧力だった。
結局俺と黒須さんは二人並んで歩くことに。
楯さんは、別れを告げると一人で町の雑踏に消えていった。
その後ろ姿は妙にかっこよかった。
▽
黒須さんの家への道。
街灯に照らされた閑静な住宅街の道は人通りも少なく淋しい。
幸いにも悪者に絡まれそうもないが、会話のネタもなかった。
気まずい。気まずすぎる。
だんだんと、何も話そうとしない俺を黒須さんがどう思っているが気になってくる。
俺のことを送り狼に変身しやしないかと恐れているのではないか。
黒須さんの脳内で黒須さんを襲っている俺……の姿が俺の脳内で牙を光らす。
送り狼なんかではないことを証明するためにも何かを話したいが、プレッシャーがさらに俺を無口にする。
沈黙の中、夜風に揺れる彼女の黒髪からほんのり甘い香りがして、俺の心臓はうるさく鼓動を刻む。
我ながら純情すぎる。少しでも気を抜けば不純な方向へ倒れてしまう純情。
だが、そんな甘酸っぱい思春期気分は、黒須さんの家に着いた瞬間に消し飛んでしまった。
「……ここ、黒須さんの家?」
「はい、まあ一応……」
一応って……、おいおい。
目の前にそびえ立つのは、高い柵に囲まれた白堊の大豪邸だった。
おいおい、普通の女子高生だと思ってたら、まさかの超絶お嬢様だったのかよ!
呆然とする俺をよそに、大きな門扉が自動的に開く。
中に入ってよいのか戸惑っていると、黒須さんは玄関に案内するそぶりを見せた。
二人でアプローチを通り玄関へ。
玄関に近づくと、扉が開いて中から一人の女性が現れた。
「あら、殊羽? それに……男の子?」
黒須さんの母親か。でも、どこかで見たことがあるような気がする。
少し考えてから思い出した。
テレビで何度か見たことがある「やり手の美人女社長」黒須南その人だった。
若々しく服装も上品だが、どこか派手で圧倒的なオーラを放っている。
おっとりして控えめな娘の黒須さんとは、まさに正反対のタイプだ。
「お母さん、こちらは学校の……」
「まぁ! 殊羽が男の子を連れてくるなんて、この町でオーロラが見られる前兆かしら! さあさあ、中に入って!」
やり手の社長らしい厳しさは感じられない人だ。
俺は自己紹介もそこそこに半ば強引に豪華なリビングへ連行される。
マンションにある俺の家がすっぽり入りそうな空間だ。
こんな豪邸に暮らしている黒須さんにとってはクロスワード部の部室は狭すぎたかと、少々申し訳ない気分になる。
すると、さらに奥からラフな格好の美女が飛び出してきた。
「なになに? 殊羽の彼氏? やるじゃん!」
彼女は黒須さんの姉で、女子大生の黒須遊美さん。
これまたモデル並みの美女だが、母親譲りのノリの軽さだ。
「ち、違うってば! そういう関係じゃ……!」
黒須さんが顔を赤らめて否定するが、母と姉のニヤニヤは止まらない。
「いいじゃない。殊羽にもようやく春が来たのね!」
「ねえねえ、この子とどれくらい関係が進展してるの?」
「だからぁ……」
恥ずかしがって身を縮め、首を横に振る黒須さん。
「あっそう。違うんだあ」
遊美さんは、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
そして、俺の方に目を向けたかと思うと、突如、俺の隣にピタリと体を寄せてきた。
「ねえ、少年。私の方が、大人の魅力があると思わない?」
屈んだ拍子に、緩いシャツの胸元から豊かな谷間が露骨に見せつけられる。
「ちょっと遊美、抜け駆け? 男の子ってね、私みたいな包容力のあるオンナに惹かれるものよ。ねえ?」
今度は母親の南さんが、これ見よがしに胸元を強調しながら上目遣いで微笑みかける。
大学生と高校生の娘がいるとは信じがたいセクシーさだ。
しかも豊満な胸を俺の腕に押しつけてくるではないか。
おいおい、テレビでの知的でクールな女社長の面影はどこへ行ったんだ。
いや、テレビでも、知的ではあるが美魔女とか呼ばれていて、色気も振りまいていたような気もする。
「お、お母さん。お姉ちゃんも。濁川君を困らせないでよ」
黒須さんが、か細い声で抗議するが、肉食系な二人の誘惑攻撃は止まらない。
無口で清楚系な黒須さんを育んだ実家は、まさかの超絶肉食系の野生の王国だった?
一体この家は何なんだ……!
俺は心の中で悲鳴を上げながら、ただただ硬直するしかなかった。




