第40話 もしかして幽霊とか?
「うーん、見事なまでに何もないね」
月を見てセンチメンタルな気分になっていたのもわずかな時間だった。
俺たち五人は、二階の別の部屋も探索。
だけど、二つ目の部屋のドアを開けても、三つ目の部屋を開けても、そこにあるのはガランとした空間だけ。
「完全にただの空き部屋じゃん。ちょっと拍子抜けかもー」
「まあ、こんなところに財宝とか隠してあるわけありませんよね」
そんな文句を言い合いながら、俺たちは四つ目の部屋のドアノブを回す。
中をうかがうと、壁際に大きな本棚が並んでいて、何冊かの本がうっすらと埃をかぶった状態で収められていた。
「おっ、ここだけ雰囲気が違う! もしかして極秘文書とか禁断の魔導書とかあったりするか?」
須藤が興味深そうに本棚を見つめる。
だが、だんだんとつまらなそうな表情に変化していく。
「どんな本あんの?」
楯さんも本棚をのぞき込む。
「えっと、なんか、あたしが読む系の本じゃないっぽい?」
本棚に並んでいたのは昔の無名作家が書いた無名の小説や家庭的な料理本などだった。
どれも俺たちが今読みたいと思うような作品ではない。
「せめて漫画なら読むんだけどなあ」
須藤が溜息をつく。
「ここに本があったなんて知りませんでした」
黒須さんも何のためにある本なのか不思議がっている。
俺たちは肩を落とし、図書室を後にする。
……ただ、部屋を出る瞬間、俺の背中に奇妙な違和感が走った。
(……ん? 何かおかしいような……?)
「ちょっと、どうかした? 置いてっちゃうよー?」
「お兄ちゃん、読みたい本でもあったの?」
「あ、いや、別に」
楯さんと結委の賑やかな声に遮られ、その時は違和感の正体を掴めないまま、俺はみんなと一緒に一階へと戻ることにした。
「よし、次は一階の未探索エリアに突入! テンション上げてこー!」
すでにチェック済みの男女それぞれの寝室と台所を除いた場所を順番に調べていく。
まず見つかったのは洗面所と風呂場だった。
これがまた無駄に立派で、浴槽は五人ぐらいなら余裕で同時に入れるほど広い。
「わあ、凄ーい! 広ーい! いかにもセレブって感じのお風呂ですね!」
「ねえねえ、あとでみんなで一緒に入るとか、どう?」
「え、一緒にですか?」
「もちろん、あたしら女子チームだけでだって」
「それはわかってますけど……」
「黒須先輩も一緒に入りましょうよー」
女子たちの間で俺たち男子の煩悩を刺戟する会話がなされる。
情景を想像してしまうではないか。
「に、濁川……、聞いたか?」
「聞こえちまったよ」
小声で話す俺と須藤。
「三人で風呂かあ……」
「お前、変な想像はするなよ」
須藤の脳内に三人の裸体が現れるなど、たとえ妄想でも我慢ならない。
しかし、問題は自分の妄想だ。
一つ屋根の下で女子が裸になる事態に冷静でいられるか、俺。
いつも妹の結委とともに暮らしているのではあるが、家族以外は別問題なのだ。
「次行こ、次!」
楯さんはさらに奥へ進む。
次に見つかったのは、いかにも倉庫といった風情の薄暗い部屋だった。
電気をつけて中を調べたが、古びた掃除用具や予備の備品がしまわれているだけ。
特に目を引くものはない。
「ここもハズレかぁ。探検終了かな?」
須藤がそう言ってため息をついた、その時だった。
「……待って。みんな、静かにして」
それまでお気楽モードだった楯さんが、急に真剣な表情になって人差し指を唇に当てた。
その場の空気が一瞬でピリつく。
「どうしたんですか、楯先輩? 急に」
「……誰かの気配がする。気のせいじゃなければ、この別荘の中に、あたしらの他にも『誰か』がいるかもしれない」
「えっ、もしかして幽霊とか?」
結委の顔がぱっと明るくなる。
楯さんが探検に飽きて幽霊ごっこを始めたとでも思ったらしい。
「いや、そうゆうんじゃない」
楯さんは真剣な表情を崩さない。
「本当にいるんだよ。誰かが」
以前チンピラや不良を撃退した時と同じ表情だ。
とても冗談や遊びとは思えない。
「えっ……、泥棒……とか?」
怯える黒須さん。
セキュリティーは万全のはずなのにそれを乗り越えた侵入者は相当な腕前ということになる。
しかし、侵入者の目的は何か。
今まで見てきたようにこの別荘に金目のものはほとんどない。
だとすると、誘拐――。
俺が楯さんの家に連れて行かれた時とは違う、本当の誘拐。
目的はきっと黒須さんだろう。
最悪なワードが俺の脳裏をクロスし、さっきまでの風呂場妄想の雰囲気が一気に吹き飛んだ。
(……待てよ? 誰かがいるって?)
その緊張感の中で、俺の脳裏にさっきの図書室の光景が思い起こされた。
そうだ、あの違和感の正体はこれだ!
「なあ、みんな。さっきの図書室だけどさ……」
「それがどうしたんだよ?」
須藤が怪訝そうに尋ねる。
「あの部屋の本、埃のかぶり方が不自然だった。全部が等しく汚れていたわけじゃなくて、埃の厚さにむらがあったような気がするんだ」
「マジ? それって、つまり……」
「誰かがあの図書室で本を読んでたってこと……?」
結委の顔が青ざめる。
「怖い。あんなつまんなそうな本読むなんて」
「怖がるとこ、そこかよ」
静まり返った物置部屋の中で、俺たちは息を潜めるのだった。




