第35話 もうすぐ夏休みっしょ?
「うわ、マジかよ……」
「ああ、下がってる……」
「やっぱりあの二人、次元が違うわ……」
俺たちクロスワード部のテレビ出演からしばらくたったある日のこと。
構内の一角で生徒たちのざわめきが聞こえてくる。
人だかりの中心にあるのは、壁に貼られた大きな模造紙。
そう、我が校の悪しき(?)伝統、期末試験の成績貼り出しである。
もうすぐ高校二年の一学期も終わり待望の夏休みだというのに、こんな前時代的な方法で現実を突きつけられる生徒たちの身にもなってほしい。
もっとも、俺の成績は良くも悪くもない。
成績表の真ん中付近、名前を見つけづらい場所をゆらゆらと漂う、ザ・普通。
結果なんて見るほどでもない。
完全に他人事として無視し、そのまま通り過ぎようとした、その時だった。
「おい、今度も一位は黒須さんだぞ」
「ていうか、二位の楯さんもヤバくね? あの見た目でこれってギャップ萌えすぎだろ」
聞き覚えのある名前に、俺の足がピタッと止まる。
黒須さんと、楯さん?
気になって人だかりの隙間から覗き込んでみると、二年生の成績表の最上部にその名前が堂々と並んでいた。
第一位:黒須殊羽
第二位:楯洋子
「……マジか」
思わず声が出た。
黒須さんの成績が優秀なのは、あの見た目からして不思議でも何でもない気がする。
しかし、失礼ながらギャルの楯さんが二位というのは完全に予想外だった。
去年までの俺は成績表なんて微塵も関心がなかったから、成績上位者の名前なんて気にしたこともなかった。
故に二人の存在すら知らなかったのだ。
まさか学年の成績ツートップが、二年生になってから揃って我がクロスワードパズル部に入部してきていたなんて。
一体何が二人をうちの部活の引き込んだのだろうか。今更ながら謎だ。
▽
放課後、部室のドアを開けると、すでにいつも通りの二人がいた。
黒須さんはいつもの席で、クロスワード作りのために静かにスマホの辞書アプリに目を落としている。
元々清楚な美少女だが、学年一位の成績と知ると神聖なオーラを放っているかのように感じて、余計に美しく思えてくる。
これがいわゆる「情報を食ってる」なのだろうか?
一方の楯さんは、スマホをいじりながら「あー、この新作コスメ超可愛くない?」と一人で呟いている。
派手なアクセサリーや短いスカート、今日も絵に描いたような活発な今時ギャルだ。
視覚情報だけでは、とてもじゃないが賢そうには見えない。
これで学年二位なのだから、人は見た目ではないと思い知らされる。
二人とも、廊下であれだけ騒がれている成績のことなど、これっぽっちも気にしていない様子だった。
「あ、お疲れー、濁川センセー!」
俺に気づくなり、楯さんがひらひらと手を振る。
ちなみに「センセー」というのは、いつの間にか楯さんが俺につけていたあだ名だ。
須藤が俺を「濁川先生」と呼んでいるのを耳にして、楯さんまでもがそう呼ぶようになってしまったのだ。
「ああ、お疲れ。……二人とも、成績が凄かったんだね」
「ん? ああ、あれ? ま、あんなもんだよ。それよりさ!」
楯さんはスマホを机に置くと、身を乗り出して目を輝かせた。
「もうすぐ夏休みっしょ? だからさ、クロスワードパズル部で『夏合宿』しよ!」
「……え? 合宿?」
俺は思わず耳を疑った。
「いや、待って、楯さん。うちはクロスワード部だよ? 普段やってることと言ったら、涼しい部屋でパズル解いてるだけだし、合宿なんて要る?」
「センセー、わかってないなー!」
俺が疑問に、楯さんはチッチッと人差し指を振った。
「理由なんてどうでもいいの! 大事なのは、部員全員でどこか海とか山とかに遊びに行くってことでしょ! 青春しよ、青春!」
「遊びねえ……」
呆れる俺をスルーして、楯さんは黒須さんへ視線を向けた。
「黒須っちもそう思うよねー?」
振られた黒須さんは、ゆっくりとスマホを置くと、いつもの冷静なトーンで口を開いた。
「……そうですね。悪くない試みだと思いますし、合宿に反対する理由は……、特にありません」
ただの遊びでは黒須さんは反対するかと思ったが、予想外の答えだった。
俺としては、旅行なんて面倒くさいなというのが正直な意見だ。
遊びに行くのを億劫がるなんて重度の陰キャだなと我ながら思う。
だが、ここは一歩を踏み出さなければなるまい。
引っ込み思案な黒須さんまで乗り気なのに「面倒だから」という理由だけで反対するなんて、男として非常に気が引ける。
「……わかったよ。じゃあ、合宿をやろうか」
「よっしゃ! 決まりー!」
楯さんが嬉しそうに拳を突き上げる。
「そうと決まれば場所決めっしょ! どこがいいかなー。あ、湘南とか超アゲじゃない? あとは定番の軽井沢で可愛いコテージに泊まるとか、それか……」
マシンガントークで次々と目的地の候補を挙げていく楯さん。
「あっ、だけどさ、問題は部費で足りるかなんよねえ。うちの部費なんて部誌の売り上げが数千円あるだけだしぃ、そのお金も紙を買ったりするためのだしぃ」
結局はそこなんだよな。先立つものがなければ合宿もできない。
もちろん旅費は自腹でもいいのだが、部活のイベントは部費でまかなってこそ意味があるような気がする。
すると、それまで黙っていた黒須さんが、小さく手を挙げた。
「あの……」
「ん? 黒須っち、なんかいい案あるっぽい?」
黒須さんは少しはにかむようにして話し始めた。
「私の家の別荘が、ちょうど海の近くにあるのですが、そちらを使いますか? 母も了承してくれると思います」
「えっ、黒須っちの別荘? しかも海の近く!」
楯さんが身を乗り出し、机をバンと叩いた。
その勢いに驚いて、黒須さんが「ひゃいっ」と小さく肩をすくめる。
「あ、ごめんごめん。でもマジ? 貸してもらえるなら、宿代浮きまくりじゃん!」
「はい。あまり使っていないので綺麗ではないかもしれませんが……」
黒須さんは遠慮がちに話す。
あの母親だから別荘ぐらい持っていても今更驚きはしないけどね。
「助かるよ、黒須さん」
俺が礼を述べると、黒須さんは少し頬を染めた。
「いえ、お役に立てるなら……」
そこからは、流れるように予定が決まった。
別荘の使用許可は簡単に下りた。
日程は夏休みが始まってすぐの七月末の三日間。
黒須家の別荘は房総半島にある。
しかも、なんとその別荘にはプライベートビーチまで付属しているらしい。
首都圏にプライベートビーチとは、なんて非現実的なんだ!




