第34話 お疲れ様です
翌日、いつも通り登校した俺を待っていたのは――、驚くほどの「いつも通り」の風景だった。
学校内では、俺がテレビに出たことは思ったほど話題になっていなかった。
ほっとするやら、ちょっとがっかりするやら。
以前、矢島凜花がクロスワード部の部誌をX(旧Twitter)で紹介し、学校中が大騒ぎになったことがある。
そのせいか、今回のテレビ放送は「今更感」が強かったのかもしれない。
たしかに番組内では、矢島凜花が「たまたま町を散歩していたら、気になる学校を見つけて……」という形で我が部にやってきた。
だが、勘の良い生徒たちからすれば「いや、すでに部誌の件で接点あったじゃん」とツッコミたくなる、ちょっとした茶番劇に見えたのかも。
そもそも、彼女がロケで我が校を訪れたこと自体は全校生徒が知っていたわけで、今更テレビの放送内容について俺にわざわざ話しかけてくるミーハーは少なかった。
(やれやれ、スター気取りで心配して損したぜ……)
胸をなでおろして席についた、その時だった。
「おーーーい! 濁川ぁぁぁーーーっ!」
背後から、鼓膜を突き破らんばかりの爆音が響く。
振り返ると、血走った眼をギラつかせた男、友人の須藤久が、ものすごい勢いで駆け寄ってきて俺の机に両手を叩きつけた。
元々矢島凜花のファンだった須藤だが、矢島凜花が空から降ってきたあの日以来、もっと熱烈なファンになってしまったのだ。
「見たぞ! 見たぞ見たぞ見たぞーーーっ! 昨日の『ヤジリンの学園天国』!」
「うおっ、うるさいって、須藤! 声がデカいって、みんなこっち見てるだろ!」
「気にするかそんなもん! それより濁川、お前っ、ヤジリンちゃんがあの至近距離で『クロスワード、難しいですねっ』って微笑みかけてくれた時、どんな匂いがした? なあ教えろよ! ミントか? それともシャンプーか?」
「知るかよ! 緊張で鼻呼吸すらまともにできてねーわ!」
「嘘をつけ! お前とヤジリン、めちゃくちゃ至近距離だったろ! ずるい。ずるすぎるぞ!」
「ずるいもなにも、ただ部室にいただけだって。それに、お前、おんなじような質問、取材の日の後に何十回もしてきただろうが」
「改めて映像で見てまた知りたいことが増えたんだよ! 昨日は電波に乗ったヤジリンちゃんをコマ送りで検証した上での、新たな疑問なんだよ!」
「検証って……。もうこれ以上、新しく答えられる引き出しは残ってないっつーの!」
「カメラが回ってない時だってお前とヤジリンちゃんは同じあの狭い部屋で同じ空気を吸っていたはずだということがわかったんだ」
「そりゃまあ……」
「あの時二人は何をしてたんだ? 頼むから、一言一句漏らさず再生してください、濁川先生!」
「気持ち悪いな。ストーカー気質だぞ。普通にスタッフの人にいろいろ言われたりしてたんだよ。それも前に言ったと思うけど」
俺の必死の拒絶など、推しへの愛に燃える須藤の耳には届かない。
矢島凜花のことを一ミリでも多く知りたい一心で、彼は席を前後に入れ替え、休み時間のたびに俺を質問攻めにしてきた。
結局、放課後のチャイムが鳴るまで、俺のHPは須藤の「ヤジリンクエスチョン攻撃」によって削られ続ける羽目になったのだった。
▽
ぐったりとした体を執念で動かし、ようやくお馴染みのクロスワード部室のドアを開ける。
「お疲れ様です」
ぼそっとした声で黒須さんが俺に労いの言葉をかける。
相変わらずの地味子っぷりだが、その表情には少し疲れが見える。
「いや、ほんと、疲れたよ。やたら根掘り葉掘り聞いてくる奴が一人いて」
苦笑いをしてみせる俺。
「私も意外とあの番組を見ている人が多いことに驚きました」
「あたしもさっきまでマジ大変だったよー」
楯さんはいつもの快活な笑顔が心なしか引きつっている。
「そうなの? 何かあったの?」
「何って、テレビのことだよー! 朝、教室のドアを開けた瞬間からさ、クラスの女子や他クラスの人たちまで一気に押し寄せてきてさ。『矢島凜花って実物どれくらい可愛かった?』とか『メイクどんなだった?』とか『芸能界の裏話聞いた?』とかさ、もう質問の嵐!」
「答えるのに苦労しました」
あまり人と話さない陰キャの黒須さんが質問攻めにされていた姿はどんなだったのか、少し興味がある。
「へえ、やっぱり二人のところにはそんなに人が来たんだ。さすがだなあ。俺なんかあいつ一人以外は軽く触れる程度だったのに」
ちょっと自虐的な口調になってしまう。
別にテレビに出たことをきっかけに人気者になりたかったわけでもないのに。
そもそも、矢島凜花のおかげでクロスワードが流行したことで、俺はすでに日陰者ではなくなっているはずなのだ。
これ以上何を望むというのか。
「それってさ、みんな濁川のことをわかってるから軽く触れる程度だったんじゃね?」
と、楯さん。校則ギリギリの派手なギャルメイクには少々不釣り合いな優しい笑顔。
「え?」
「だって濁川って、人と話すのガチで苦手じゃん。みんなもそれをわかってるんだよ」
楯さんの想像が正しいのかどうかはわからない。
でも、いいこと言うなあと俺は思った。
黒須さんも楯さんの横で静かに頷いていた。
なんだか慰められてしまったみたいになったが、まあ、気にすることないか。
そんなことより、これから先、俺たちには大きな試練が待ち受けている。
期末試験である。




