第33話 不器用だけど、熱い!
ついに俺たちクロスワード部が取材を受けた番組の放送日がやってきた。
番組は午後七時から始まるバラエティ『ノリノリンリンカメラ』。
その中で今回からスタートする新コーナー『ヤジリンの学園天国』が、俺たちの地上波ゴールデンタイムデビューの舞台だ。
って、地上波以外にも出たことなんてないのだが。
「ねえ、お兄ちゃん、本当にテレビに出るの? まだ信じられない。何かの聞き間違いとか、タチの悪いドッキリとかじゃなくて?」
リビングのテレビの前、体育座りで画面を凝視しているのは妹の結委だ。
「ドッキリだったらどんなに良かったか……。ほら、もうすぐ始まるから静かにしろって。こっちの心臓がもたない」
俺は手汗をタオルで拭いながら、妹と並んで座る。
両親はというと、タイミング悪く出張中。
息子がテレビに映るという一世一代のイベントだというのにだ。
いくら今時の一般人にとってテレビに出ることの価値がかつてより低くなったとはいえ、つれない両親だ。
「お父さんもお母さんも、もう出張先のホテルだよね。『出張先でしっかりお兄ちゃんのこと見るからね!』ってメールも届いてたし、今頃はホテルのテレビに齧りついてるよね」
「だろうね……」
考えてみれば、両親がそばにいないのは俺にとって幸いだったのかも。
これからテレビ画面に映し出される光景は、とてもじゃないが親に見せられるような代物じゃないだろうからだ。
「続いては、今夜から始まる新コーナー! 『ヤジリンの学園天国』ーっ!」
画面の中で、テンションの高いオープニングコールが響いた。
いよいよだ。
体じゅうから変な汗が染み出してくる。
映像は、レポーターのヤジリンこと矢島凜花が俺たちの通う学校の正門前を歩いているシーンから始まった。
「おー、これがお兄ちゃんの学校。わー、やっぱりヤジリン可愛い」
興奮気味の結委。
カメラを引き連れた矢島凜花が校舎内をぐんぐんと進む。
やがて薄暗い廊下の奥へと引き寄せられるように迷い込んでいく。
クロスワード部の部室がある階段脇だ。
「おや? ヤジリンが怪しげな小さな部屋の扉を発見したぞ! 中には一体何があるのか?」
煽るようなナレーション。
そして、矢島凜花が「失礼しまーす!」と勢いよく部室のドアを開けた。
「あ、あの……みなさんは一体?」
画面に映し出されたのは、絵に描いたような挙動不審さで飛び上がる俺の姿だった。
声は裏返り、目は泳ぎ、やましいところを見つかって狼狽えている人のようだ。
「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん! 今の何! 完全に不審者じゃん!」
結委の哀れみが混ざった笑いが、俺の胸にランスのように突き刺さる。
「うるさい。言うな! き、緊張してたんだよ! 誰だってあんな急にアイドルが来たらこうなるだろ!」
本当はテレビの演出でいきなり矢島凜花が入ってきたかのように見せているだけなのだが。
俺の演技が下手すぎて、ヤラセ臭さが薄まったのは怪我の功名か。
とはいえ、テレビに映る自分の姿はあまりに情けない。
俺は顔から火が出るほど赤面し、血の上った頭を抱えた。
画面の中の俺のリアクションに合わせて、チャチャーンと間抜けな効果音が鳴り、スタジオの笑い声がこれでもかと被せられる。
「あはは、傑作。これは学校で弄られるね、確実に」
「笑い事じゃないって……。ああ、もう消したい……」
隣の結委も、苦笑いを浮かべながらテレビと俺を交互に見ている。
やっぱり、テレビなんて出るんじゃなかった。
どうせ「おかしなオタク部活にアイドルが突撃してみた」的な、陰キャを小馬鹿にして笑いものにする内容なんだ。
俺は急激にブルーな気分になっていく。
しかし、番組が進むにつれて、俺のそんな心配は少しずつ和らいでいった。
確かに俺のポンコツっぷりは弄られていたが、番組の構成は意外なほど温かかったのだ。
「この文字の並びがパズルとしての美しさを……」
難解なクロスワードを前に、不器用ながらも熱く語る黒須さんの生真面目さ。
「いやー、黒須っち、マジでオタク全開! それじゃテレビの人に通じないっしょ」
その隣で笑いながらフォローするギャルの楯さん。
「こんな感じでいつも僕たちは……」
二人の対照的な美少女に挟まれ、真っ赤になりながらも必死に部活を説明する俺。
「不器用だけど、熱い! これぞ知る人ぞ知る、超個性派部活の青春なのでありました!」
VTRの最後は、爽やかな音楽と共に、どこか好意的なナレーションで締めくくられたのだった。
「……終わった」
『ヤジリンの学園天国』は、ほんの十分程度の短いコーナーだった。
あの二時間にも及んだ冷や汗まみれの収録が、たったこれだけに凝縮されている。
「収録にかなり時間がかかったって聞いてたけど、これだけなんだね」
「テレビの編集スタッフって大変なんだな。あれを数分にまとめるなんて、いろいろな意味で頭が下がる思いだよ」
「それと、あの女子高生たちがお兄ちゃんが言ってた黒須さんと楯さんかあ。どっちも凄い美人だし性格も良さそう。あんないい女の人たちとうまくやっていけるようになったなんて、妹として安心したよ。うんうん」
偉そうに腕を組んで頷く結委。
「何が安心なんだよ」
「だって、お兄ちゃんと一緒に部活やる女子なんて、ちょっといろいろ問題のあるアレな人かと思っちゃって」
「そんなこと勝手に考えて、失礼だろうが……」
「はいはい、ごめんごめん」
結委は笑いながらリビングを出て行った。
静寂が戻ったリビングで、俺は物思いにふける。
番組が好意的に放送してくれたのはありがたい。
ありがたいのではあるが……。
クロスワード部がテレビで紹介されたことで、今後の俺の生活はどう変わるのだろうか。
矢島凜花によって注目を浴びたクロスワード部だが、今度また矢島凜花によって人気が爆発するのか。
そうなると学校生活が大変になるなあ。
……などとスターになったみたいな心配をしている自分に気づいて苦笑するのだった。




