第32話 大好きかも!
「それで、濁川部長」
矢島凜花がキラキラした瞳をさらに輝かせ、マイクを俺の口元に向けてくる。
「今、世間ではクロスワードパズルが結構なブームじゃないですか。この空前のブームについて、専門の部活の部長として何か一言」
「え、あ、はひ……ブ、ブーム、ですか」
頭の中が真っ白になり、変な声が出た。
顔も変だっただろう。
カメラの赤いランプが、まるで俺の処刑をカウントダウンしているかのように不気味に点滅している。
だが、ここで黙り込むわけにはいかない。
俺は必死に、ねじ切れそうな脳細胞をフル回転させた。
そもそも、なんで今クロスワードがこんなに流行っているのか。
理由は目の前の美少女、その人にある。
「そ、それは……その、矢島さんが、テレビとか、あ、あとネットとかで、たくさんクロスワードの、お、お話を、してくださった、からで……」
「私ですか?」
矢島凜花が驚いたように、パチパチと長い睫毛を揺らす。
「は、はい! だから、俺たち、クロスワード部としては、その……矢島さんには、あ、圧倒的感謝、というか、本当に、あ、ありがとうございます、って、思って、て……」
言えば言うほど言葉がもつれる。
口がうまく回らない上に、脳内辞書のページがバラバラになっているのだ。
ああ、終わった……。
俺は心の中で、ゴールをミスったサッカー選手のように頭を抱えるポーズをしていた。
こんなしどろもどろな話し方はテレビの格好の餌食だ。
きっとスタジオの芸能人たちに「何この陰キャ、喋り方ウケるんだけど!」と大爆笑されるに違いない。
そうでなければ、使えない映像としてカットされるかだ。
しかし、矢島凜花の反応は、俺の最悪な予想とは全く違うものだった。
「なるほど! 私のちょっとした発信がきっかけで、クロスワードの魅力が皆さんに伝わったんだとしたら、とても嬉しいですね」
矢島凜花は、俺の拙い言葉をしっかりした日本語へと見事に翻訳し、カメラに向かって満面の笑みを浮かべた。
「濁川部長の言葉の端々から、クロスワードへの熱いパッションが伝わってきちゃいました!」
えっ、伝わったの? あのゴミみたいな説明から?
驚く俺をよそに、矢島凜花はさらに一歩、距離を詰めてきた。
微かに漂うシトラス系の甘い香りに、俺の顔がほてる。
「じゃあ、質問をもう一つ」
にやりと笑みを浮かべた矢島凜花の顔が、さらに至近距離に迫る。
「そんなクロスワード部の部長さんから見て……私のこと、どう思いますか?」
「ふぇっ?」
完全に思考がフリーズした。
私のことをどう思うかって?
それって、芸能人として? それとも、一人の女子として?
陰キャの人生設計において、アイドルから「私のこと、どう思う?」なんて聞かれるシチュエーションは想定されていない。
いや、普通の人もそうだろうけど。
むしろ、陰キャの方がアイドルとの様々な状況を妄想するものなのかもしれない。
だが、俺は陰キャの度が過ぎて妄想すらしていなかった事態だ。
俺は完全にドギマギしてしまい、金魚のように口をパクパクさせることしかできない。
矢島凜花は、そんな俺の様子をからかうような目で見つめている。
「あ、あの、その……き、綺麗、というか、お、お人柄も、その、素敵、で……」
舌が回らない。
きっと顔も物凄く間抜けになっていることだろう。
すると、矢島凜花はクスッと小さく上品に笑った後、カメラに向かってとんでもないことを言い放った。
「ふふ、照れちゃって可愛いですね。私、濁川君みたいな、純朴で一生懸命な男の子、大好きかも!」
「……はへ?」
びっくり仰天したのは俺だけではなかった。
黒須さんと楯さんが、「えええええ!」と声を漏らしそうなほど、目を限界まで丸くして驚愕しているではないか。
あのクールな黒須さんの顔が完全に引きつっている。
もちろん、それが番組を盛り上げるための本心ではない台詞なのはわかっている。
わかってはいるが、男子高校生の心臓には刺激が強すぎる。
俺のライフはもうゼロよ……。
その後も、矢島凜花の質問攻めは続いた。
普段の学校生活のこと、部活の雰囲気、そして俺たちが作った部誌『交語家』のバックナンバーを披露したりと、撮影は怒涛の勢いで進んでいった。
矢島凜花は俺たちのそこそこの完成度の作品を「すごーい! これ、面白そう!」と大絶賛。
さらに、部室に置いてあったパズル専門誌『パズル通信ニヤリ』のバックナンバーが揃っていることにも、いたく感心していた。
こんなマニアックな雑誌を保管しているなんて凄いと褒めてくれた。
マニアックだとわかる矢島凜花も大したものだと思う。
「はい、オッケーです! 収録終了です、お疲れ様でした!」
ディレクターの声がかかった瞬間、俺はその場に崩れ落ちそうになった。
時間にして、およそ二時間。
だが、俺にとっては二週間ぐらいに感じられるぐらいに猛烈に疲れる二時間だった。
「いやー、部長さん、いいリアクションだったよ! 放送日は来月の十五日の予定だから、楽しみにしててね!」
テレビクルーの面々は、慣れた動作で機材を片付けると、速やかに帰っていった。
静まり返った部室。
俺の背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
隣を見ると、黒須さんと楯さんが、まだどこか呆然とした様子で俺を見つめている。
「……濁川君……」
黒須さんが、眼鏡越しに、じとーっとした刺すような目を俺に向けてきた。
「あの人の前では立派な部長ぶりでした……」
俺のことを褒めてくれたのか?
でも、矢島凜花相手にデレデレしていたのを非難しているようにも聞こえる。
黒須さんの機嫌を損ねてしまったのだろうか。
「だけどさ、ヤジリンに好かれちゃうなんて、濁川の人気が上がっちゃうよなあ」
楯さんはニヤニヤと笑みを浮かべて俺を見つめている。
「いや、俺なんて……」
俺は首と両手を横に振って必死に照れ隠しをするのだった。




