第31話 部長の濁川です
「それじゃあ、カメラ回しまーす! 本番、三、二……」
ディレクターさんのカウントダウンが指で示され、俺たちクロスワード部の部室に、嵐の前の静けさが訪れる。
事前の打ち合わせ通り、俺と黒須さん、そしてすっかり矢島凜花のファンと化した楯さんの三人は、いつものように机を囲んでクロスワードパズルを解いている体で待機していた。
いわゆる、テレビ的な演出というやつだ。
狭い部室のドアが勢いよく開く。
同時に、あの完璧な美少女スマイルが飛び込んできた。
「失礼しまーす! わあ、見てください、スタッフさん! こんなところに、こぢんまりとして可愛い感じの小さな部活を発見しちゃいました!」
さすがは現役トップアイドル。
一瞬で部室の空気が華やかに塗り替えられる。
彼女の後ろからは、大きなカメラを担いだカメラマン、竿のついた大きなマイクを掲げた音声さん、そしてディレクターや音声アシスタントなど、総勢五人のテレビクルーがなだれ込んできた。
……いや、なだれ込もうとした、と言うべきか。
元々が物置か何かのためにあるような小さく狭い部室だ。
機材を持った大人たちが全員入りきるわけもなく、後ろの二人ほどは完全に廊下にはみ出している。
ディレクターさんが「もっと詰めて!」と必死にジェスチャーで指示を出しているのが見えて、俺は心の中でそっと同情した。
「あ、あの……みなさんは一体?」
俺は事前に言われていた通り、驚いた表情を作って声を上げる。
我ながら大根役者もいいところだが、バラエティ番組に出てくる普通の人なんてこんなものだろう。
「あ、突撃しちゃってごめんなさい! 私、番組レポーターの矢島凜花です! 『ノリノリンリンカメラ』で今日から始まった新コーナー『ヤジリンの学園天国』で、みなさんの学校にお邪魔してるんです!」
満面の笑みでマイクを向けてくる矢島凜花。
もちろん、俺と彼女は「以前からの知り合い」なわけだが、お互いにそこは完全に初対面のフリを突き通している。
さすがプロ、演技に一切の迷いがない。
問題は、俺の隣にいる黒須さんだった。
「おっ、いかにも成績の良さそうな清楚系美少女発見!」
今初めて会ったみたいに黒須さんにマイクを向ける矢島凜花。
黒須さんは、接近するマイクとカメラに緊張マックス。
「ひゃ、ひゃい! ク、クロスワード部の黒須です! あ、あの、テレビ、その、じゃなくて……」
黒須さんは完全にキャパオーバーを起こしていた。
両手を胸の前でワタワタと動かし、視線は泳ぎまくり、声のトーンは普段の三オクターブくらい高くなっている。
もちろん黒須さんも初対面のフリで答えることになっているのだが、演技をしなきゃというプレッシャーが重すぎるのだ。
驚く演技どころか、完全に不審者のリアクションだ。
これは放送事故では……と俺が冷や汗をかいた瞬間、矢島凜花が流れるようなモーションで黒須さんの手をとった。
「わあ、黒須さんですか! 突然のテレビの訪問にびっくりしちゃいましたよね? ごめんなさい、私ってばいつも台風みたいに現れるって言われるんです!」
「あ……は、はい……!」
矢島凜花の完璧なフォロー。
黒須さんの異常なテンパりぶりを「突然のアイドル訪問に驚く純朴な学生」という絵に見事に昇華させてみせた。
アドリブ力の塊かよ。
俺は内心で拍手喝采を送る。
同時に、矢島凜花の計算高さにも感心する。
取材の直前まで自分が来ることを知らせなかったのは、矢島凜花が来ると知れば黒須さんが反対するかもと考えていたからだろう。
そして、真っ先に黒須さんにおだてながらインタビューして主導権を握る。
恐ろしい女だ。
「あっ、こっちはまた今をときめくって感じのギャルじゃないですか!」
矢島凜花は、隣の楯さんへと視線を移した。
「え、ちょっ、待って、凜花ちゃんマジで本物? ヤバ、あたし、超ウケるんですけど! ここがあたしらの聖域、クロスワード部だよー!」
「聖域だなんて素敵! っていうか、凄いおしゃれさん! かっこいい!」
「いやもー、凜花ちゃんに比べたら、あたしなんてマジ一般人だし! つか肌キレイ、細っ! ホント可愛い!」
……おいおい、ついさっき応接室で初めて話したばかりだよな?
まるで何年来の友人かのように親しげに盛り上がる二人を見て、俺は背筋が寒くなるのを感じた。
これが陽キャの最高峰、コミュ力モンスターたちの会話か。
陰キャの俺には眩しすぎて直視すらできない。
そんな風に周囲を圧倒的なアイドルオーラで巻き込んでいった矢島凜花が、ついに、満を持したように俺の正面へと回り込んできた。
レンズの大きなカメラが、矢島凜花の動きに合わせて俺の顔をロックオンする。
「それでそこのキミが、この部活を引っ張る頼れる部長さん……なのかな? なんだか、すっごく難しいパズルを解いてそうな知的な雰囲気がするもんね!」
いたずらっぽく小首をかしげ、矢島凜花が俺の顔をのぞき込んでくる。
ところで、俺って正式に部長だったんだっけ?
そういえば、部員が俺一名になって自動的に俺が部長みたいなことになって、後から入部した黒須さんと楯さんも自然にそれを認めていたんだよな。
でも、先生にちゃんと了解を取ったわけじゃないし。
黒須さんと楯さんに目を向けると、二人は「濁川が部長でいいよ」と目で言っているように見えた。
ま、堅苦しく考えることでもないか。
「は、はい、部長の濁川です」
ディレクターからは「矢島凜花からの質問に適当に答えて」としか指示されていない。
ここでどんな受け答えをするべきだろうか。
陰キャなら陰キャらしく、もごもごとしゃべるのが潔いだろうか。
でも、それじゃテレビで笑いものにされそうだ。
頑張って知的で淀みない話し方をしてやろうか。
いや、そんなこと、いきなりできるわけがない。
内臓がねじれそうなほどの緊張で冷や汗がだらだらと流れるのだった。




