第30話 テレビとかマジ?
翌日の放課後。
部室の空気は、いつも通り三人でまったりとしていた。
黒須さんは、テレビのことについてまだ何も言い出さない。
俺はテレビ取材を受けるか否かについて、黒須さんと楯さんの意見を聞くことにした。
「えっ! ガチ? テレビとかマジ?」
楯さんは目をキラキラと輝かせ、食い気味に身を乗り出してくる。
「すごーい! ついにあたしらの部、全国デビューだし! あたし、絶対賛成! どんな番組かな? てか、衣装とかどうする? 楽しみっしょ!」
「いや、まだ受けるって決めたわけじゃ……」
「えー! まさか取材断っちゃうの? もったいなすぎ! ね、黒須っちもそう思うっしょ?」
楯さんに振られた黒須さんは、製作中のパズルから視線を上げることもなく、ぽつりと言った。
「私は……、どちらでもいいかな……」
「え、それだけ? 黒須さん、反対とかしないの?」
「ええ。濁川君たちの好きなようにしてくれれば……」
「マジ? 黒須っち、もっと興味持ってよー!」
黒須さんらしい、感情を表に出さない意見表明だった。
陰キャらしくテレビに出るのを恥ずかしがって反対するかもと思っていた俺は、少し拍子抜けしてしまった。
俺はというと、あまりテレビには出たくない。
となると、賛成と反対とどちらでもないが一票ずつということになる。
これでは多数決にならない。
だけど、隣で「ねえねえ、いつから撮影? 超楽しみなんだけど!」と子犬のように尻尾を振っている(ように見える)楯さんをがっかりさせてまで、自分の我が儘を通すつもりはなかった。
俺がちょっと我慢すれば楯さんに喜んでもらえるのだ。
喜ぶ人が多い結果を選ぶべきだろう。
それに、テレビに映る楯さんと黒須さんを見てみたいような気もしてきたというのもある。
俺自身の姿は見たいとも思わないが。
「……わかったよ。じゃあ、次に向こうから連絡が来たら、受けるって伝えることにする」
「やったあ! マジ最高ー! 秒でトリートメント行ってこなきゃ!」
「いや、すぐに始まるわけじゃ……」
黒須さんが小さくクスクスと笑う。
万歳三唱の勢いで喜ぶ楯さんを見て、まあ、これも人助けかな、などと自分を納得させる俺だった。
▽
数日後、約束の放課後がやってきた。
番組制作会社からの電話に「取材をお受けいたします」と答えてから、事態はとんとん拍子で進行した。
学校側の許可もあっさりと下り、ついに本日、テレビクルーが我が校へとやってくる。
他の生徒の部活動を邪魔しないように、取材のことは俺たちと学校の教員以外には秘密になっているはずだった。
しかし、何故か廊下が妙にザワついている。
変に思いながら廊下の窓から高校の裏門を見下ろした俺は、我が目を疑った。
「え……? なんであの人が……?」
「どしたのー? ……って、えええええ! 嘘、ヤバいヤバい!」
何人かの生徒が、いかにもロケバスなマイクロバスを指さして騒いでいる。
銀色のロケバスからスタッフに囲まれて降りてきたのは、誰の目から見ても明らかにあの矢島凜花だった。
瞬く間に校内に情報が駆け巡る。
「おい! ヤジリンが来てるぞ!」
「ヤジリンって矢島凜花?」
「マジで? ゲリラ撮影とか?」
などと、わめき声が廊下から聞こえてきた。
見物の生徒たちが雪崩のように教室や廊下の窓際に押し寄せ、学校は一瞬にしてちょっとしたパニック状態に陥った。
意外と放課後でも校内に残っている生徒が多いことに、俺は今更ながら目を見張る。
これまでは狭い部室に籠もっていたので、他の生徒がどこで何をしているのかはあまり関心がなかったのだ。
黄色い歓声と野次馬の熱気。
進学校の割にミーハーが多いのも驚かされるところだ。
「……すごい騒ぎ」
俺の横で、黒須さんがわずかに眉をひそめて外を見る。
やはり矢島凜花のことがあまり好きではないらしい。
「早く応接室へ行かなきゃ」
俺たちクロスワード部員は、来客用の応接室でテレビのスタッフと会うことになっていた。
それにしたって、テレビクルーが来るだけでも大騒ぎなのに、まさかアイドルの矢島凜花の降臨というサプライズ付きだなんて、聞いてないぞ。
聞いてないからサプライズなんだけどさ。
「どーもー。どもどもー」
野次馬の生徒たちに愛嬌を振りまきながら、人混みをかき分けるようにしてなんとか応接室にたどり着いた矢島凜花。
ドアを開けるなり俺の顔を見て、いたずらっぽくウインクしてみせた。
「お待たせ! 突撃取材に来ちゃった!」
「……そういうことだったんですか」
その完璧な美少女スマイルを見て、俺の脳裏にはある確信が浮かぶ。
思い返せば、以前この学校に流星のように現れ、「また今度企画を持ってくるから」と言い残して去っていった。
あの台詞は社交辞令でも何でもなく、本物の予告状だったわけだ。
「え、え、本物? ヤバい、握手いいっすか!」
「うん、いいよー! いつも応援ありがとねー!」
興奮する楯さんに気さくに応じる矢島凜花。
愛想の良さに俺はプロのアイドルが放つパワーを身に染みて感じる。
だけど、それと同時に、一つの大きな疑問が俺の頭を離れなかった。
芸能界という華やかな世界にいる彼女が、なぜ、わざわざこんな地味で冴えない陰キャの俺にここまで固執するのだろうか。
「さあ、それじゃあ早速撮影始めちゃおっか!」
彼女の真意が見えないまま、嵐のような取材が幕を開けようとしていた。




