第29話 デートとかしてるの?
「もしもし、黒須さん? どうしたの、珍しいね」
「あ、もしもし! 夜分にごめんなさい」
通話ボタンを押して耳に当てると、スマホの向こうから少し焦ったような黒須さんの声が聞こえてきた。
いつもの落ち着いた様子とは違って、どこかそわそわしている。
今すぐ伝えなければならない大事件が発生したのだろうか。
俺は身構える。
「ううん、大丈夫だけど。何かあった?」
「実はね……さっきテレビ関係の人から、濁川君の家に連絡が来たんじゃないかなと思って」
「テレビ関係者? ああ、家に着く前に妹が電話に出たんだけど……」
「やっぱり……!」
黒須さんは小さく溜息をついた。
電話越しでも、耳元での溜息はちょっと刺激的だ。
「ごめんなさい、どういうわけか濁川君の住所か連絡先がその人たちに知られちゃったみたいで……。どうも私の母の芸能事務所を経由して情報が漏れちゃった可能性が高いの。もしそうだったら、本当に申し訳なくて……」
「あ、そう。いや、別に謝るほどのことじゃ」
俺は慌ててスマホの向こうにいる黒須さんをなだめた。
言われてみれば、何の変哲もない一介の男子高校生の自宅にいきなりテレビ局か番組制作会社から電話がかかってくるなんて、普通に考えればおかしな話だ。
黒須さんに指摘されるまで、俺はそんな不自然さにすら気づいていなかった。
「住所が知られてたのは確かにびっくりだけど、別に気にしてないから大丈夫。黒須さんが気にするようなことじゃないよ。それに、テレビに出るかどうかもまだ全然決めてないしね」
うちに電話してきたテレビ関係者の個人情報に関する意識の甘さは気になるところだが、さすがに悪用はされないだろう。
俺がテレビに出るか出ないかを後で告げればいいだけの話だ。
「……そう。だったらいいの。急に不安になっちゃって。じゃあ、また」
ホッとしたような彼女の声を聞いて、俺も胸をなでおろす。
電話が切れたのでスマホを画面を消そうとした、その時だった。
目の前に、ものすごくニヤニヤした顔があった。
「お兄ちゃん……、今の誰ぇ?」
いつの間にか台所から戻ってきた結委が、猫のように目を細めて俺を覗き込んでいる。
しまった、と思ったがもう遅い。
俺が女子と親しげに電話をしているなんて、我が家の歴史がひっくり返るレベルの異常事態だ。
結委のレーダーが反応しないわけがなかった。
「べ、別に。学校の友達だよ」
「ふーん? 『黒須さん』って言ってたよね? しかも女の人の声だったよね? クロスワード部の部員の人でしょ?」
「うぐっ……。耳が良すぎるだろお前。てか、兄妹でも盗み聞きは良くないぞ」
「だって、お兄ちゃんのスマホから生きた女の人の声が聞こえるなんて、天変地異かと思ったもん! それで、内容は? デートの約束?」
「違うって! 真面目な話だよ」
俺が慌てて否定すると、結委はさらに顔を近づけて、フフンと鼻を鳴らした。
「怪しいなあ。でもさ、なんかテレビだの事務所だのがどうとか聞こえたんだけど。その部員の女の人って、もしかして、テレビ関係の人だったりするの? まさかとは思うけど、アイドルやってるとかぁ?」
今度は目を見開いて瞳をキラキラさせる。
「そういうわけじゃないんだけど、黒須さんのお母さんが芸能事務所の経営者でもあるとかで、そこから俺の連絡先がテレビ局に渡っちゃったかもっていう謝罪の電話」
「へぇー! その黒須先輩って人、そんな凄い人のご令嬢なんだ! ますますお兄ちゃんにはもったいないぐらいの物件じゃん! どんだけ仲いいの? デートとかしてるの?」
「物件って言うな。そもそもデートとかするような関係じゃないし。ただの部活の仲間だ」
「はいはい、今はね!」
妹の恐るべき妄想力と、ニヤニヤが止まらない表情に俺はタジタジになる。
しかし、結委は急にポンと俺の肩を叩くと、今度は本当に嬉しそうな笑顔になった。
「でもさ、テレビのこともびっくりだけど……、それよりお兄ちゃんが、ちゃんと家族以外の女子とまともに会話できるようになってることに、妹としては甚く感動してしまいましたよ!」
「お前、兄をなんだと思ってるんだ……。そんなことで感動されても困る」
「前は女子が近くを通っただけで、入れ墨してる恐そうな人を見たみたいに固まっちゃってたじゃん。成長したねぇ、お兄ちゃん」
「それは言いすぎだろ。さっさとご飯にしてくれよ。今日は全部お前が作ることになってるだろ」
「はーい! じゃあお祝いに、今日の肉じゃがは肉の一番いい部分をお兄ちゃんのお皿に入れてあげる!」
結委は嬉しそうに鼻歌を歌いながら、台所から出来上がった料理をテキパキとテーブルに並べていく。
今日のメニューは俺の好物だ。
二人で向かい合って「いただきます」と手を合わせる。
いつも通りの賑やかで美味しい夕食。
だけど、俺の頭の中はさっきから別のことでグルグルと回り続けていた。
突然舞い込んできたテレビ取材の件を受けるべきか、それともきっぱり断るべきか。
気にしすぎかもしれないが、テレビ出演なんて陰キャには人生を左右する重大な案件だ。
箸を動かしながらも、俺の悩みは深まるばかりだった。




