第28話 お兄ちゃん、お帰りー
「ただいまー……」
学校での精神的疲労を全身に引きずりながら、俺は団地の一室にある我が家の玄関扉を開けた。
「あ、お兄ちゃん、お帰りー。遅かったじゃん。今日も女子たちとパズルでイチャイチャしてたわけ?」
廊下にパタパタと小気味よいスリッパの音を響かせて玄関に現れたのは、妹の結委だ。
今日は共働きの両親が揃って出張中。
そのため、この4LDKで中学生の妹が料理をしながら一人で俺の帰りを待っていたのだ。
少し癖のある髪をツインテールにまとめた結委は、手にしたお玉で口を隠しながら、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
「イチャイチャなんてしてないっつうの!」
「なーんだ。イチャイチャすればいいのに。ていうか、お兄ちゃん、なんか疲れてるみたい?」
「地味な部活だけど、いろいろと大変なことがあるんだよ……」
「お兄ちゃんって、人付き合いが下手だからねえ」
「それより、結委こそ何だよ、その顔? 何か美味しいものでもつまみ食いしてたのか?」
「そんな子供っぽいことしないもーん。実はね、重大ニュースがあるんだ」
結委は胸を張り、お玉の柄を俺の鼻先に突きつけてきた。
「さっきね、テレビ局から電話があったの!」
「……は? テレビ局? どうしてうちになんか? 詐欺かもしれないぞ」
「そこは大丈夫のはず。なんかお兄ちゃんの『クロスワードパズル部』に取材をしたいんだって。詳しくは後でまたお兄ちゃんに直接電話するって言ってたよ。はい、今の率直な心境を一言どうぞ!」
俺は少し考える。
「うーん……、やっぱり、気が進まないな」
俺はお玉マイクを軽く手で押し戻し、玄関を抜け俺の部屋へ向かう。
テレビ取材なんて不安しかないのだ。
「えーっ! なんでよ? テレビだよ! もしかしたら全国放送で、お兄ちゃんが有名人になれるチャンスじゃん!」
結委は不満げに頬を膨らませ、パタパタと後ろを付いてくる。
俺は鞄を俺の部屋に置き、スマホはダイニングのテーブルに置き、リビングのソファに深く腰掛けた。
「あのなぁ、結委。よく考えてみろ。俺みたいなコミュ障が、カメラを向けられてまともに受け答えできるわけないだろ」
「もう、自分で言うか!」
「その情けない受け答えが放送されてもしてみろ。ネットで半永久的に笑いものにされるミームになるのがオチだ」
「それはそれでちょっと面白いかもだけど……」
「面白くない! それに、テレビの恐ろしさを分かってない。ネットの噂を知らないのか? 『一風変わった部活を紹介!』として取材しておきながら『気持ち悪いオタクの陰キャが放課後に暗いことをやってる』って内容にされたりってこともあるらしいぞ」
脳内で、無駄にポップなテロップと共に「オタクが必死にパズルを解く姿(滑稽なBGM付き)」として全国放送される自分の姿が再生され、体が震えた。
そんな醜態を晒されたら、せっかく矢島凜花のおかげで良くなったクロスワード部のイメージも地に落ちる。
下手すりゃ地面の中に埋もれてもっと下になっちまう。
「うーん、お兄ちゃんの被害妄想が激しい気もするけど……」
結委は顎にお玉を持つ手を当てて少し考えると、今度はニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の隣にドカッと座ってきた。
「でもさ、私は受けてみればいいと思うなー。だってお兄ちゃんがその『クロスワードパズル部』で、普段どんな怪しい活動をしてるのか、妹としてはすっごく気になるし」
「怪しい活動なんてしてない。極めて健全に文字を埋めてるだけだ」
「へえー? 本当に文字『だけ』を埋めてるのかなぁ? 私のレーダーには別の情報が引っかかってるんですけど?」
結委がジト目で俺の顔をぐいぐいとのぞき込んできた。
その視線の意味を察して、俺の心臓が何者かにぎゅっと握られた感じがした。
「だってさ、部員に女子が二人いるんでしょ。いわゆる両手に花状態!」
「うん、まあ、そうだけど……」
「お兄ちゃんが放課後の密室でどんな青春のパズルを解いているのか……、解いているのはパズルだけなのか、テレビのカメラを通して、この結委ちゃんがじっくり観察してあげようと思ったんだけどなー。お兄ちゃんって、高校のこと、あんまり話してくれないし」
「そうか? 話してるつもりだったけど」
「もしかして、テレビに映せないようなハレンチなことでもしてるとか?」
「なわけないだろ! つうか、『破廉恥』なんて難しい言葉、どこで覚えたんだよ」
「じゃあ見せてくれたっていいじゃん。お兄ちゃんが女子高生二人に囲まれて青春を謳歌してるところ、全国に見せつけちゃいなよ!」
「それが嫌だって言ってるんだよ! どうせ公共の電波で馬鹿にされるんだ。お前、兄の社会的死をエンタメとして消費するな!」
しかし、妹は俺がテレビに出るのを確定事項のように思っているようだ。
楽しみで仕方がないという、わくわくした表情だ。
兄としては、妹のこの可愛い顔を裏切りたくない気持ちもあって悩む。
「ん? 結委、お前、料理中だったんじゃないのか!」
「あ、忘れてた」
頭をかきながら台所に走る結委。
「あ、珍しくお兄ちゃんのスマホ鳴ってない?」
結委が鍋に向かいながらテーブルの上を指さす。
ブブブと細かく踊るスマホ。
どうせ迷惑電話だろうと画面に目をやると、意外にも黒須さんからだった。
黒須さんが電話をかけてきたのは初めてのことだったので、びっくりだ。
一体俺に何の用だろうか?




