第24話 すごく似合ってたよ!
また翌日の午後。
「そゆことで、先に帰らしてもらうね。んじゃまたぁ」
「うん、また明日」
いつもならクロスワード部員三人が同じ時間に下校するのだが、この日は楯さんが家の用事があるからと先に帰ってしまった。
というわけで、今、俺の隣には黒須さんが並んで歩いている。
夕日に照らされた通学路。
二人きりで歩くなんて、これまでほとんどなかったシチュエーションだ。
……おかしい。
緊張のあまり、自分の足と手が同時に出たりして滑稽になっている。
これってナンバ歩きっていうんだっけ?
下手な奴が動かすマリオネットみたいに見えているだろうな。
しっかりしろ、俺。
クロスワード部での活動が始まってからもう約一ヶ月が経つ。
部室の中でなら、それなりに普通に会話だってできているはずなのに。
「あ、あのさ、黒須さん。今日のクロスワードのあの問題、結構面白かったよね」
「……うん。濁川君が『カツオ』って気づいてくれて……」
「そうだね。サザエさんに絡めた問題だって気づいて……」
「……そうね」
会話、終了。
短い。短すぎる。
会話のキャッチボールをするつもりなのに、投げ合っているのが砲丸投げの球みたいな感覚なのだ。
投げてもすぐに地面に落ちてしまう。
落ちたら拾い上げるのも一苦労。
楯さんがいるおかげで部活のコミュニケーションが円滑に回っているのだと再認識させられる。
頑張って俺だけの力で会話のボールを投げなくては!
「ええと、あ、あの、き、昨日の体操服、すごく似合ってたよ!」
「……っ? ……ありがと……」
黒須さんは顔を赤くして俯いてしまった。
沈黙がさらに重くなる。
違うんだ。セクハラみたいに褒めたかったわけじゃないんだ。
俺のバカ!
▽
俺たちは、以前に不良たちに絡まれた経験から、治安の悪そうな道を避け、安全第一で住宅街のルートを選んで駅へと向かっていた。
だが、安全なはずのその場所で、異変は起きた。
キキーーッ!
激しいブレーキ音とともに、俺たちの行く手を阻むようにして一台の車が急停車した。
ピカピカに磨き上げられた、不気味なほど真っ黒な高級ミニバン。
まるで暗黒にタイヤがついているかのように感じられた。
スライドドアが勢いよく開く。
中からガタイのいい男たちが四人も現れた。
全員が黒いスーツにサングラス。耳にはインカム。
醸し出すオーラは、完全に映画に出てくる絵に描いたようなエージェントか、さもなくば一流の要人警護官だ。
男たちは一言も発さず、流れるようなプロの動きで、あっという間に俺と黒須さんの周囲を取り囲んだ。
誘拐犯だ!
俺はすぐに理解した。
ターゲットはもちろん大富豪の令嬢である黒須さんに違いない。
あいつら、武術の達人である楯さんがいないこの瞬間を、完璧に狙い澄ましてきたのだろう。
俺の足が震えていた。
心臓が痛いほど脈打っていた。
だけど、ここで逃げたら男じゃない。
俺は一歩前に踏み出し、黒須さんを背中に隠すようにして立ちはだかった。
怯えた黒須さんが俺の制服の裾をぎゅっと握りしめている。
指先が震えているのが伝わってきて、俺のなかの「守らなきゃ」という使命感を高める。
黒服の男たちの一人が、サングラスの奥の鋭い視線をこちらに向け、低く冷徹な声で言い放った。
「あなたに用があります。大人しく同行していただきましょう」
ひぃっ、と喉が鳴る。
恐怖で声が出ない。
だけど、黒須さんは絶対に渡さない!
俺は肺いっぱいに空気を吸い込み、近所の住人に聞こえるように大声で叫ぼうとした。
「誰か……んぐぅっ!」
叫び声は、言葉になる前に遮られた。
男の一人が恐るべきスピードで間合いを詰め、俺の口を容赦なく大きな手で塞いできたのだ。
「……っ! ん、んぐぅっ!」
「濁川く……んんーーっ!?」
俺の名を呼ぼうとした黒須さんも、別の男に瞬時に口を塞がれ、声を出せなくなってしまう。
まずい。
このままじゃ、黒須さんが車に押し込まれて連れ去られてしまう!
俺は男の手を振り払おうと、手足をバタつかせて必死に抵抗した。
だが、相手は本物のプロだ。
ビクともしない。
岩のように強固な力で、俺の身体は簡単に拘束されていく。
(クソッ……! 結局、俺は何もできないのかよ……! 悔しい、悔しすぎる……!)
自分の無力さに涙が出そうになった、その時だった。
フワリと、俺の身体が宙に浮いた。
男たちに抱え上げられ、そのまま黒いミニバンの後部座席へと放り込まれる。
「え……?」
呆然とする俺の視界の中で、車のドアがバタンと閉まった。
窓の外を見ると、そこには口を塞がれたまま、唖然とした表情で立ち尽くしている黒須さんの姿があった。
男たちは黒須さんを拘束するのをやめ、その場にポツンと残したまま、全員が車に乗り込んできた。
そしてミニバンは、凄まじい加速でアスファルトを蹴り、走り出したのだ。
……おい、ちょっと待て。
誘拐犯のターゲットって、お金持ちの令嬢である黒須さんじゃないの?
なんで俺だけが拉致されて、黒須さんが見送る側に回ってるんだ?
こいつら、優秀そうに見えて、男と女の区別もつかないポンコツなのか?
「あ、あの……皆さん、人違いでは……?」
恐る恐る尋ねる俺に、隣に座った黒服の男はサングラスをクイと上げ、冷酷に、しかしどこか恭しく告げた。
「いえ、濁川様。あなたで間違いありません。――我が主がお待ちです」
えっ、我が主って誰だよ!
俺の混乱は最高潮に達していた。




