第23話 な、なな、何を……!
「きゃはは、気にしすぎだよ、濁川君は」
俺の必死の戸惑いを、矢島凜花は可愛い笑い声で笑い飛ばす。
昼休みの校舎裏で矢島凜花の存在は異彩を放っている。
このキラキラ女子のマイペースっぷりは、本当にどうにかしてほしい。
俺は本気で胃が痛くなりそうだというのに、彼女の瞳は好奇心に爛々《らんらん》と輝いていた。
その時、矢島凜花の異彩に対抗しうるもう一つの彩りが口を開いた。
黒須さんだ。
無口で感情を滅多に表に出さない黒須さんにしては珍しく、その綺麗な眉を不機嫌そうに逆立て、真っ直ぐに矢島凜花を見つめている。
「……あの、矢島さん」
低く、しかし驚くほど強い口調だった。
校舎裏のそよ風が、一瞬でピリッと引き締まる。
「濁川君を自分の動画のオモチャにしないで。あなたは濁川君をからかって、視聴者の笑いものにするために出演させようとしているんじゃないですか?」
お、おおお……! 黒須さんが俺のために怒ってくれている!?
普段の彼女からは想像もつかない激しい物言いに、俺の胸はざわめく。
だが、矢島凜花は怯むどころか小悪魔的な笑みをさらに深めた。
「えー? そんなわけないじゃん。私、濁川君のポテンシャルを信じてるだけだよ?」
「そんな言葉、信用できません」
「もー、殊羽ちゃんは警戒心が強いんだから。そんなに怒ってると、せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
言うが早いか、矢島凜花は黒須さんとの距離を瞬時にゼロにした。
紺色のハーフパンツに白い半袖のシャツという、極めて地味な体操服姿の黒須さん。
「ちょっと、何をするんですか……っ」
「んー、黒須ちゃんって素材は最高なのに、ちょっと着こなしがマジメすぎ! こうすれば、もっと体操服姿が可愛くなるのに。ほらっ」
矢島凜花の手が、黒須さんの体操服の裾に伸びる。
そして、躊躇なくその裾をきゅっと上へとまくり上げた。
「な、なな、何を……!」
「ここをこうして、ウエストの位置を高く見せるの。でね、袖も少し折って肩のラインを出すと……ほら、めっちゃ華奢に見えてエロ可愛い!」
「や、やめてく……。恥ずか……!」
昼時の太陽の下で、黒須さんの白いお腹がチラリと露わになる。
普段は鉄壁のガードを誇る黒須さんが、顔を真っ赤に染め、困り顔で自分の服を押さえようともがいている。
その一方で、矢島凜花は楽しそうに彼女の体をあちこち触ってプロデュース(?)を続けていた。
派手なアイドル美少女と、黒髪清楚系(ただし今は体操服姿)美少女が、緑の植木を背景に至近距離でもつれ合っている。
校舎裏独特のくすんだ空気の中に甘い香りが広がるような気がする。
肌と肌が擦れ合う音が妙に生々しい。
「ぶ、ぶはっ……! なんだこの神イベントは……!」
案の定、少し離れた木の陰で、須藤が鼻血を噴き出さんばかりの勢いで大興奮していた。
須藤は自分の制服のあちこちに手を突っ込んで、ごそごそと動かし始めた。
体が痒くなったのかと思いきや、スマホを探していたのだ。
幸か不幸か、鞄に入れたまま持ってきていなかったので、黒須さんたちのお宝写真を撮られることはなかった。
一方、俺は目の前の光景を見ながら、冷静に確信していた。
……やっぱり、黒須さんと矢島凜花では相性が悪すぎる。
水と油、太陽と月、あるいは草食獣と肉食獣。
矢島凜花の圧倒的な陽のオーラに、校舎裏の静けさも味方せず、黒須さんは完全にペースを乱されてオモチャにされている。
黒須さんは自分の芸能事務所の経営者の令嬢なのだから、おいそれとは近づきがたい存在のはず。
普通なら臆してしまうものだろうに、こんなに大胆な態度が取れるなんて、矢島凜花はかなり豪胆な女だ。
あるいは単に常識がインストールされていないのか。
金持ち令嬢なのに控えめな黒須さんとは種族からして違う。
まぜるな危険――。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
これ以上、彼女たちを近づけると、悪い化学反応を起こす……かもしれない。
「……あ、あの、いいですか?」
俺は大きな声を出して、二人を引き離すように間に入った。
「矢島さん、YouTubeの件だけど……やっぱり断らせて欲しい」
「えー? やっぱりダメ?」
矢島凜花は、黒須さんをいじるのをやめて、不満そうに可愛く唇を尖らせた。
「うん。さすがに俺には荷が重すぎるし、緊張すると本当にしゃべるのも無理なくらいで。画面の隅に映るだけでも、寿命が縮まる気がして」
俺が本気で困り果てた顔をしてみせる。
矢島凜花はしばらく俺の顔をじっと見つめていたが、やがて「はぁーあ」と大きなため息をついた。
「そこまで言うなら、今回は諦めるかぁ。濁川君をバズらせる自信、あったんだけどな」
彼女は残念そうに肩を落とした。
その姿は少し可哀想にも見えたが、次の瞬間にはパッとひまわりが咲いたような笑顔に戻っていた。
切り替えが早すぎる。
「ま、今回はね! ってことで、また今度企画を持ってくるから、その時はよろしくねー!」
「いや、今度も無いかと思いますけど……」
俺の言葉を背中で受け流しながら、矢島凜花は「バイバーイ!」と軽快に手を振って、嵐のように校舎の角へと消えていった。
静まり返る校舎裏。
「……はぁ」
俺と黒須さんの深い溜め息と須藤の荒い呼吸が、真昼の空気に溶けていった。
ふと黒須さんに目を向けると、さっきまで少々野暮ったかった体操服の着こなしが幾分か可愛くなって、素材の良さを引き立てているではないか。
体操服という単純な構造の服なのに着方をしっかり改善できているとは、矢島凜花のプロデュース力は意外と本物なんだなと、ちょっと感心。
俺と須藤は、体育教師に言いつけられていた仕事を忘れ、黒須さんに見入って佇んでいた。




