第22話 二人って、知り合い……?
体操服姿の黒須さん。
次の授業が体育なのだろう。
今までしっかりと体操服の黒須さんを見たことがなかったので気づかなかったのだが、黒須さんって意外と胸が大きい。
あの巨乳の母の娘であり巨乳の姉の妹なのだから、当然と言えば当然かも。
普段は胸が目立たないような服の着方をしているようだ。
何の飾り気もない野暮ったい体操服なので、肉体を隠しきれないのだ。
それにしても、さっき須藤が「プロポーション抜群」などとほざいていたが、結構観察力があって驚かされる。
――って、胸のことは今はどうでもいい!
黒須さんは、俺と矢島凜花が並んで立っているのを目にすると、信じられないものを見たというように、その眼鏡の奥の綺麗な目を丸くしている。
「あ! 殊羽ちゃーん! すっごい奇遇グーグー!」
黒須さんの姿を認めた瞬間、矢島凜花がパッと表情を輝かせた。そして、まるで大型犬が飼い主に飛びつくような勢いで突撃し、躊躇なくその体に抱きつく。
「ちょっと……、どうしたあなたが……?」
「もーっ! 相変わらず殊羽ちゃんってリアクション薄いんだから! 久しぶりの再会なんだから、もっとこう、全細胞で喜びを表現してよ!」
「全細胞?」
抱きつかれた黒須さんは、完全に眉をひそめて迷惑そうだ。
されるがままになりつつも、あからさまに嫌そうなオーラを放っている。
「え、ちょっと待って。二人って、知り合い……?」
俺は思わず二人の間に割って入るように声を漏らした。
陰キャの地味子と思われている黒須さんと、今をときめくトップアイドル兼インフルエンサー矢島凜花。
接点がなさそうな二人のまさかの急接近に、脳内処理が追いつかない。
「に、濁川ぁ……! 美少女と美少女が……体操服とアイドルが、いま、奇跡のフュージョンを……! 俺は、俺はもうここで死んでも悔いはない……!」
「お前は一回落ち着け。息を吸え、須藤」
俺のすぐ横では、魂が抜けかけていた須藤が、はぁはぁと息を荒らげ限界オタクのような声を上げて興奮していた。
眼福なのは認めるが、神聖なる学園内でみっともなく壊れるのはやめてくれ。
「あのさ、黒須さん。矢島さんとどういう関係なの?」
気を取り直して尋ねてみる。
「それは……その、別に大した関係じゃ……」
黒須さんは気まずそうに視線を泳がせ、口をモゴモゴと動かすだけだ。
「大した関係じゃないことないよー! 実はねー!」
答えに詰まる黒須さんに代わって、抱きついたままの矢島凜花が、我が物顔でピースサインを掲げながら答えをぶち込んできた。
「殊羽ちゃんのお母さんがやってる芸能事務所に、私が所属してるの! だから黒須家のみんなとは家族ぐるみで超絶仲良しなんだよ!」
「超絶ってほど……」
「えーっ!? 一緒にお風呂入るぐらい仲なのにぃ」
「それはうちの温泉旅行にあなたがついてきて、それで……」
矢島凜花が風呂の話などするものだから、須藤は興奮しすぎて言葉が出なくなってしまった。
ぽかんと口を開けて、間抜け面をさらしている。
須藤のことはともかく、黒須さんと矢島凜花の関係が見えてきた。
しかし、それにしても黒須さんの塩対応が目立つ。
矢島凜花が「仲良し」と豪語する割には、黒須さんの方は彼女のことをあまり好きそうではない感じだ。
まあ、静寂を愛する黒須さんと、歩く台風みたいな矢島凜花では、性格が違いすぎて相性が最悪なのは火を見るより明らかだが。
だが、二人の関係性はひとまず置いておこう。
今、何よりも解決すべき大問題は、なぜこのトップアイドルが我が校に不法侵入してまで俺に絡んできているかだ。
「ねえ、矢島さん。二人の関係は分かったけど、そもそも、なんで俺の学校に来たの? 用事があるなら連絡ぐらいしてくれれば」
俺が核心を突く質問を投げかけると、矢島凜花は黒須さんからようやく離れ、人差し指をピンと立ててドヤ顔を決めた。
「決まってるじゃん! 濁川君に、私のYouTubeチャンネルに出てほしいからだよっ!」
「はぁ? ゆーちゅーぶ?」
突然のオファーに、俺の口から素っ頓狂な声が出た。
横では白目を剥いた須藤が「ゆー、ゆー、ゆー、ゆー……」と声にならない声を漏らしている。
「いやいや、困る。大いに困る。なんで俺なんすか?」
「だって濁川君って、今流行りのクロスワードパズルの第一人者なんでしょ。どうしても出て欲しくて」
「いやいや、第一人者でも何でもありませんって。第一人者は雑誌とかに問題を作って発表している人だと思いますよ」
「そうかな? ま、細かいことは気にしなーい。ていうか、やっぱり濁川君が出てくれれば、バズるっていうかバエるっていうか……」
「ど、ど、どう考えても俺みたいなのじゃ、バズるどころか公開処刑だし、視聴者だって『誰だこの男』って困惑するだけで、面白いことなんて何一つなくて再生回数だってそんなに……」
一気にまくし立てる俺を見て、矢島凜花は親指と人差し指を顎に当てて、うーんと首を傾げた。
「えー、そんなことないと思うけどなぁ。ギャップ萌えってやつ? 今までのゲストとは違うタイプの人に出てもらいたいってのもあるし」
「違いすぎのような」
俺は矢島凜花の動画を一つも見たことがないのだが、きっと宝石箱のようにキラキラした人ばかりが出ているに違いない。
絶対に俺は場違いな存在になってしまうと確信できる。
掃き溜めに鶴の逆だ。
この矢島凜花の斜め上すぎる提案、天然の暴走なのか、計算尽くの何かなのか。
俺には、矢島凜花の考えていることが、一ミリも一グラムも理解できなかった。




