第20話 謎の美少女が降ってくるとかさ!
カラオケでの黒須さんとのあの気まずい沈黙から、数日が経った。
クロスワード部での生活は普段通りだ。
黒須さんはいつも通り口数が少なく感情もはっきりしない。
それでも、クロスワード部が楽しくないわけではないのは、微妙な態度や表情からわかる。
もう矢島凜花のことなど気にしていないようだ。
もちろん、明るい楯さんのおかげで部活が楽しくなっているのは言うまでもない。
楯さんがいなければ、部室はどれだけ暗くなっていただろうか。
▽
「なあ濁川、お前それ本気で言ってんの?」
昼休み。
高校の教室で、俺の数少ない――というか、ほぼ唯一の男友達である須藤久が、パンを咥えたまま信じられないものを見るような目を向けてきた。
「何がだよ」
「何がだよ、じゃないって! お前、あの楯さんと黒須さんと同じ『クロスワードパズル部』なんだろ? 毎日あの二人と放課後を過ごしてるとか、全校生徒の男子を敵に回して暗殺されても文句言えないレベルだからな?」
須藤は机をバンと叩き、身を乗り出して熱弁をふるう。
「楯さんっていったら、明るくて可愛くて、誰もが認める学校一の人気者じゃん? それだけでも異世界転生モノの主人公かよって話なのに、もう一人の黒須さんだよ! 俺、今まで全然存在に気づかなかったんだけど、この前パズル部の部室を覗いたとき心臓止まるかと思ったわ。なんだあの隠れお宝美少女は! よく見たらプロポーション抜群だし、物静かな雰囲気も最高だし……。あんな美少女二人に囲まれてるお前は、前世でどれだけ世界を救ったんだよ!」
「いや、まあ、確かに二人ともめちゃくちゃ可愛いし、一緒に部活ができて幸せ者だとは思うけどさ……」
俺は苦笑いしながら、数日前のカラオケでの黒須さんの不機嫌そうな顔を思い出す。
現実はアニメの主人公みたいに甘いハーレム状態というわけにはいかないのだ。
「はぁーあ。俺の日常にも、そういう劇的な変化が起きないかなぁ」
須藤は椅子の背もたれに深く体重を預け、教室の天井を仰ぎ見た。
「たとえばさ……こう、昼休みに屋上をふらふらしてたらさ、空から突然、謎の美少女が降ってくるとかさ!」
「あるわけないだろ、そんなこと」
俺は即座にツッコミを入れた。
「何その古典的なボーイ・ミーツ・ガール。もし本当に空から人が降ってきたら、物理法則に従って大惨事になるだけだから。お前、アニメの観すぎだよ」
「夢がないなぁ、濁川は! いいじゃんか、妄想するくらいタダだろ!」
そんな他愛のないバカ話をしながら笑い合っていると、ガラリと教室の前のドアが開いた。
現れたのは、やたらと声のデカい体育教師だった。
「おお、濁川、須藤! ちょうどいいところにいた。悪いが次の授業で使うから体育倉庫から障害物競走用のハードルを運んでおいてくれ!」
「えぇー、今からですか?」
「文句を言うな! 頼んだぞ!」
教師は言うだけ言って、足早に去っていった。
俺と須藤は顔を見合わせ、重い腰を上げる。
「ったく、せっかくの妄想タイムが邪魔されたわ。ほら、行くぞ、濁川」
「はいはい」
校舎を出て、グラウンドの隅にある体育倉庫へと向かう。
その途中、校舎のすぐ横に植えられている、ひときわ大きな古木のそばを通りかかった。
……ガサ、ササッ
「ん?」
上から、何やら動物でもいるみたいな変な物音が聞こえてきた。
風で葉が揺れる音にしては重い。
「なあ、今、なんか上から――」
俺が言いかけた、その瞬間だった。
「わ、わわわっ! ちょっと待って、落ちる――キャーーーーーッ!」
頭上から、甲高い女の子の悲鳴。
先に落ちてきたのはスマホ。
次に、木の枝をへし折りながら、大きな何かが俺に向かって落ちてくるのが見えた。
「えええええ!?」
須藤がマヌケな声をあげる。
俺は咄嗟にその何かを受け止める体勢に入った。
「ぐふっ!」
ものすごい衝撃が全身に走った。
必死にお姫様抱っこのようにその体を支えたものの、勢いを殺しきれず、俺は背中から地面に激しく叩きつけられた。
完全にクッション代わりにされて、押し潰されるような形でひっくり返る。
「て、ててて……」
土の上に草が生えた場所に倒れたので、激痛というほどではないが、背中が痛い。
痛みをこらえながら目を開けると、俺の腹の上に、一人の女の子が重なっていた。
年の頃は俺たちと同じくらい。
ただ、うちの学校の制服ではなく、私服のパーカーから白い足が伸びている。
つまり、この学校の生徒ではない。
「……え? 嘘、だろ……?」
横で立ち尽くしていた須藤が、まるで宇宙人でも目撃したかのように愕然とした表情を浮かべていた。
カタカタと震える指先で、俺の上に乗っている女の子を指さしている。
「おい、どうしたんだよ須藤。誰だよこの子、危ないなぁ……」
「に、濁川、お前……! お前、それ……っ!」
「は?」
「ヤジリン……、矢島凜花ちゃんんんーーーっ!」
須藤の叫びが昼下がりの校舎裏に響き渡った。
「えっ、矢島凜花って……あの?」
俺は慌てて、目の前の女の子の顔を見た。
実は俺は矢島凜花の顔をよく知らなかったのだ。
言われてみれば、液晶画面の向こう側で見たことがあるような、整ったアイドルの顔立ちをしている。
「……いたたた。あ、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
女の子――矢島凜花は、スマホを拾ってウエストポーチにしまいながら立ち上がった。
次いで俺に手を差し伸べて立たせる。
幸い、お互いに擦り傷程度で、大きな怪我はなさそうだった。
すると、矢島凜花は服の土を払うのも忘れ、俺の顔をまじまじと見つめてきた。
大きな瞳が、みるみるうちに輝きを帯びていく。
「え……? もしかして、あなた……」
彼女は小さく口元に手を当てた後、パッと満面の笑みを浮かべた。
「わあ、やっぱり! こんなに早く濁川君に会えるなんて、思ってもみなかった!」
「へ? 俺……?」
どうして、今をときめく大人気アイドルが、俺の名前を知っているんだ?
そもそも、なんで学校の木の上から降ってきたんだ?
「どどどどうして……、にごごにごにご濁川を……?」
と、横で過呼吸気味になっている須藤を余所に、俺の頭の中は完全にパニックを起こしていた。




