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底辺部活の青春クロスワードパズル~~陰キャな俺と地味子とギャルと……  作者: 秋ヶ瀬胡桃


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第19話 テンション上げてこー!

 楯さんがモニターの前に立ち、マイクを両手で握りしめた。

 黒須さんの神がかった美声の直後だ。

 ハードルはエベレスト並みに上がっているはずだが、彼女の表情に気負いは一切ない。

 むしろ、自信に満ちたキラキラの笑顔を輝かせている。

 イントロが流れ、楯さんが勢いよく息を吸い込んだ。

 どんな歌声を聴かせてくれるのかと、俺は自然と期待に胸を膨らませる。

 ――しかし、次の瞬間、俺の期待は斜め上どころか宇宙の彼方まで吹き飛んだ。


「~~っっ♪ あーしたの、てんきは、はーーれーーっっ!」


 ……ズコーッ!

 思わず心の中で、昭和のコメディばりのベタなズッコケをしてしまった。

 下手。

 とんでもなく下手なのである。

 ジャイアンリサイタルかってぐらいだ。

 音程という概念が、楯さんの口から出た瞬間に爆発四散している。

 ドレミファソラシドのどれにも属さないような、完全に未知の旋律が室内に響き渡っていた。

 ここまでの筋金入りの音痴は、そうそうお目にかかれるものではないだろう。

 だが、不思議なことに、聴いていて全く不快感がなかった。

 なぜなら楯さんが、これ以上ないってくらい本当に楽しそうに、体全体でリズム(らしきもの)を刻みながら歌っているからだ。


「ちょ、マジー!? シールド、最初からキー迷子なんだけど!」


「ウケる! でもそこがいい! いけいけー!」


「はい! はい! はいはいはい!」


「シールド! かわちい! 最高ーー!」


 四人のギャル友達が、待ってましたとばかりに一斉にタンバリンを叩き、激しいコールを送り始める。

 この身内を全肯定していくスタイル、さすがギャル、圧倒的な陽のエネルギーだ。


「サビいくよー! みんなカモン!」


 楯さんがマイク越しに煽ると、ギャルたちのボルテージは最高潮に達した。


「「「「フーーーッ!!」」」」


「はい! はい! お疲れサマンサッ!」


「ちょ、歌詞変えんなし!」


「ノリよ、ノリ! テンション上げてこー!」


 凄まじい一体感。

 プロのライブ会場か、あるいは新興宗教の集会か。

 下手くそなはずなのに、聴いているうちに不思議とこちらの気分までウキウキしてくる。

 ノリに合わせて一緒に踊り出したくなるような、強烈なハッピーオーラが部屋中に充満していた。

 俺も、実際に踊りはしないものの、気づけば無意識にブンブンと首でリズムを刻んでしまっていた。

 これマジでクセになるな……。

 ふと、隣に座る黒須さんの様子が気になって視線を向ける。

 すると――。


「ふふ……っ」


 黒須さんが、あのいつもクールで影のある黒須さんが、小さく肩を揺らして笑っていた。

 それだけじゃない。

 彼女も俺と同じように、楽しそうに、ほんの少しだけ体を左右に揺らしていたのだ。

 黒須さんのこんなに柔らかくて、楽しそうな表情は初めて見た。

 いつもの頑なな心の壁が、楯さんの「下手だけど無敵な歌声」によって、綺麗に溶かされている。

 楯さんの、周りにいる人間を無条件で明るくしてしまう能力。

 これはもう、一種の才能、いや、極上の魔法みたいなものなのだろう。

 その後も、カラオケパーティーは大盛り上がりのまま続いた。

 ギャルたちがアニソンで暴れ回り、楯さんが再び音程を迷子にさせ、黒須さんが照れながらもう一曲歌わされるなどして、約一時間がアッという間に過ぎていく。


「じゃあねー! 黒須っちもまた遊ぼー!」


「おにーさんもあざっしたー!」


 もう外はだいぶ暗くなっていた。

 駅の改札前で、嵐のような四人のギャル友達と別れた。

 楽しかったパーティーの余韻に浸りながら、俺、楯さん、黒須さんの三人は、静かになった駅の構内を歩き出す。


「あー、歌った歌った! あたし、マジで喉カラカラだし!」


 楯さんが前を歩きながら、満足そうに伸びをする。

 俺は歩調を緩め、少し後ろを歩く黒須さんの隣に並ぼうとした。

 しかし。


(……あれ?)


 黒須さんが、ほんのわずかに、すっと俺から距離を取った気がした。

 歩幅を合わせようとすると、彼女はそれとなく斜め後ろへと位置を変える。

 あからさまではないけれど、明確にシャッターを下ろされたような、妙な距離感がある。


(俺……カラオケの最中に、何か黒須さんを不快にさせるようなことしたっけ……?)


 楽しかった気分の余韻が、一気に冷や汗へと変わる。

 ギャルたちとのコール&レスポンスに夢中で、何か失礼な発言をしてしまっただろうか。

 それとも、黒須さんの歌を聴いている時の俺の顔が気持ち悪かったとか……?

 ぐるぐると脳内で反省会を開いていたその時、脳裏にひとつの記憶がスコーンと飛び込んできた。


『――っ、お茶、チャチャ! ずびずばズィーオカッ!』


(あ……。俺が歌った、あの曲……)


 今の今まで完全に忘却していた。

 俺が熱唱した『茶自慢県シズオカ』。

 あの曲を歌っているのは、今をときめく大人気インフルエンサーであり、現在のクロスワードパズル流行の火付け役であるアイドル、矢島凜花だったのだ。

 破れかぶれで適当に思いついて歌った一年ほど前のアニソンが、矢島凜花の曲だった。

 液晶モニターの画面に歌手名が表示されたはずだが、緊張のせいか見逃していたらしい。

 クロスワードと俺の好きなアニメの両方に関わった人だというのに、その両方が俺の頭の中で結びついていなかった。


(まさか……あの曲のせいで、また機嫌を損ねちゃったのか……?)


 以前、矢島凜花の名前が出た時も、黒須さんが不機嫌そうな顔をしていた。

 黒須さんは矢島凜花のことが嫌いなのだろうか。

 気まずい沈黙の中、駅のホームに滑り込んできた電車の風が、俺たちの間を冷たく吹き抜けていった。

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