第18話 意外と面白い男子じゃん!
「――っ、お茶、チャチャ! ずびずばズィーオカッ!」
鳴り響くピコピコ系の電子音に合わせて、俺は叫ぶように歌い出した。
はっきり言って、死ぬほど気恥ずかしい。
普段教室の隅で気配を消しているこの陰キャの俺である。
それが、よりによって、明るい曲調なのに「陽キャは絶対歌わない」と言い切れるオタク全開のコミカルなアニソンを熱唱しているのだ。
異様な光景にもほどがある。
だが、もう賽は投げられた。
ギャルたちに「うわ、何これキモっ」とか笑われたって知るものか!
俺は完全に開き直った。
作品への溢れんばかりの愛と情熱をマイクにぶつけることにする。
「揉んで! 蒸して! 乾燥させて! ハイ、急須でドン!」
恐る恐るチラリと視線を向ける。
楯さんとその友達のギャルたちは、最初こそ「えっ、何この曲……?」と完全にフリーズしたような、何とも微妙な顔つきをしていた。
(終わった……! 俺の社会的生命は今、ここで潰えた!)
そう絶望した、次の瞬間だった。
「……え、待って、なんかウケるんだけど! ずびずばだって!」
「ヤバい、リズム超クセになるっしょこれ!」
一人のギャルがタンバリンを叩き始めたのを皮切りに、まさかの展開が訪れた。
「ハイ! ハイ! シ・ズ・オ・カ!」
と、彼女たちが手拍子を合わせ始めたのだ。
「お、お茶を濁さず、本音で勝負ーっ!」
俺がサビに向けてボルテージを上げると、ギャルたちのノリも最高潮に達していく。
「濁川君、いけー!」
「急須でドン! イェーイ!」
予想外すぎる陽キャの巻き込み力に圧倒されつつも、俺のテンションは爆上がりした。
現金なもので、こうなるとめちゃくちゃ気持ちいい。
気恥ずかしさなんてどこかへ消え去った。
最後はマイクを両手で握りしめて全力のビブラートを効かせて歌い切る。
「あ、ありがとうございましたッ!」
曲が終わると同時に、部屋中に盛大な拍手と歓声が沸き起こる。
「ウケるー! 何その歌、全然知らないけど超ウケるんだけど!」
「歌詞ヤバすぎ! てか濁川君、歌うまっ! ギャップありすぎでしょ!」
楯さんの友達のギャルたちが、口々に俺の歌を面白がり、ベタ褒めしてくれた。
「濁川君って、喋ると地味だけど、意外と面白い男子じゃん!」
まさかの高評価。
命拾いした……というか、人生のピークが今来てしまったかもしれない。
ホッと胸をなでおろし、お冷やをゴクゴクと飲み干す。
ただ、その喧騒の中で。
なぜか黒須さんだけが、ぽつんと一人、つまらなそうな表情だった。
膝の上で両手をぎゅっと握りしめ、楽しそうなギャルたちの輪から一歩引いている。
(あぁ……。やっぱり黒須さんには、この陽キャ特有の爆発的なノリはついていけなかったよな。地味で大人しい彼女だし、ビックリさせちゃったか……)
俺は彼女の様子を見て、勝手に納得していた。
それに、黒須さんの表情が乏しいのはいつものことではある。
だが、ミラーボールの光が反射する眼鏡の内側の瞳が、気のせいか、どことなく機嫌が悪そうに見えた。
「はーい、じゃあ次は黒須っちの番ねー!」
デンモクが黒須さんの元へと回される。
びくりと肩を揺らした黒須さんは、おどおどとした様子でそれを受け取った。
ギャルたちのように慣れた手つきではなく、おそるおそる画面をタップしている。
その様子はいかにも気弱そうで、本当にちゃんと歌えるのだろうかと、見ているこちらが心配になってしまうほどだ。
やがて、画面に曲名が表示され、しっとりとしたイントロが流れ始めた。
黒須さんは両手でマイクを包むように持ち、マイクの頭が隠れるくらい顔を近づける。
「……~~♪」
彼女の口から歌声が零れ落ちた瞬間、カラオケボックス内の空気が、ふっと変わった。
「っ……!」
俺は思わず目を見張った。
普段の彼女の、どこかくぐもった声とはまるで違う。
そこから響いてきたのは、驚くほど透明感のある、綺麗でのびやかな声だった。
少し緊張しているのか、時折ほんのわずかに音程がふらつくところもある。
プロの歌手じゃないのだから仕方がない。
むしろ、ちょっとだけ下手なところが逆に切なさを引き立てていて、聴き入ってしまうような魅力がある。
さっき機嫌が悪そうだったのは、緊張している顔が俺にそう見えただけだったのだろう。
でなければ、こんな美しい歌声を出せるとは思えない。
黒須さんが歌っているのは、タイトルは知らないが、近年の大ヒット曲だった。
流行歌に疎い俺でさえ最近SNSや街中でよく耳にするから、メロディーだけなら知っている。
俺が知っているということは大ヒット曲に違いないのだ。
(黒須さん……こういう、今どきのオシャレな歌も歌えるんだな……)
意外すぎる歌のうまさと、ギャップのある綺麗な声に、俺はただただ感心するしかなかった。
それはギャルたちも同じだったようで、さっきまでの大騒ぎが嘘のように静まり返り、
「え、黒須っちヤバ……」
「声かわいすぎ……」
と、驚きを隠せない様子でステージ上の歌姫であるかのように、黒須さんに釘付けになっていた。
歌が終わると、一斉に拍手喝采。
黒須さんは、照れくさそうに軽く一礼してマイクを置いた。
次は楯さんが歌う番だ。




