第17話 みんなでカラオケ行こーよ!
楯さんが不良少年たちをぶちのめしてから、俺たちは再び駅に通じる繁華街に出た。
看板が灯り始めた雑踏を歩いていると、前方の視界が急に物々しい空気に包まれた。
行く手を阻むようにして、道幅いっぱいに広がって歩いてくる四人組の影。
――うわっ、また不良だ。しかも今度は女!
思わず足がすくむ。
彼女たちは一見して、ただ者ではないオーラを放っていた。
着崩した制服、派手な髪色、そして何より「近づくな」と言わんばかりの尖った空気。
完全に夜の街を支配しているタイプの女子たちだ。
さっきの男の不良たちならともかく、今度は女の不良。
しかも、ここは周囲に一般の通行人も多い。
さすがの楯さんだって、ここで大立ち回りを演じるわけにはいかないはずだ。
「……二人とも、ここは相手にしないように逃げ――」
俺がそう言って、楯さんと黒須さんの腕を引っ張ろうとした、その時だった。
「あーっ! 何してんの、みんなー!」
隣から響いたのは、悲鳴ではなく、弾けたような歓声。
見れば、楯さんが満面の笑みで大きく手を振っている。
え、知り合い?
「おうっ、シールド!」
「ヤバ、珍しいじゃん!」
行く手を阻む妨害者だったはずの四人組の表情が、一瞬でとろけるような笑顔に変わった。
彼女たちは他校に通う、楯さんのギャル友たちだったのだ。
実際に話してみると、みんな驚くほどノリが良くて性格がいい。
恐そうに見えたのは、不良に絡まれた直後の俺の恐怖心から来る錯覚だったようだ。
楯さんのおかげでギャルに慣れてきてはいたものの、まだ心のどこかに陽キャに対する苦手意識があったのかもしれない。
完全に俺の偏見でした、本当にすみません。
四人の名前は、サーナ、マナっち、ルル、ちひろ。
その場のノリと圧倒的なコミュ力で、あっという間に俺たちは七人のグループに。
その中に男は俺一人。
「じゃあさ、せっかく会ったし、みんなでカラオケ行こーよ!」
「か、カラオケ……!?」
俺の脳内に電撃が走る。
何を隠そう、って隠すほどでもないが、俺のこれまでの人生においてカラオケというイベントは存在しなかった。
カラオケ店なんて、未知の領域。陰キャ進入禁止エリアだろ。
ふと黒須さんを見ると、彼女もまた大理石の彫刻のように硬直していた。
どうやら黒須さんもカラオケ未経験の同類らしい。
しかし、そんな俺たちの戸惑いは、楯さんと四人のギャルたちの「行こ行こー!」という怒涛のハッピーオーラにかき消され、あれよあれよという間に駅前のカラオケ店へと吸い込まれてしまった。
案内されたカラオケルームのドアを開けると、そこは独特の非日常空間だった。
壁一面に貼られた防音の暗いクロス。
天井で怪しく、けれど楽しげに回転するマルチカラーのミラーボールが、部屋の床やソファーを赤や青の光でパチパチと彩っている。
中央のローテーブルには、すでに注文されたフライドポテトと、人数分のカラフルなドリンクバーのグラス。
そして正面には、部屋のサイズに不釣り合いなほど巨大な液晶モニターが、最新曲のプロモーションビデオを無音で流していた。
「二人とも、何飲む? あ、ポテト冷めないうちに食べなよ!」
ギャルたちは、陰キャの俺や地味な黒須さんを仲間外れにするどころか、かなり気を使ってくれた。
彼女たちが交互にマイクを握り、流行りの曲を歌い始めると、部屋のボルテージは一気に最高潮へ。
タンバリンをシャンシャン鳴らしながら全力で場を盛り上げる彼女たちの姿は、純粋に眩しくてプロのエンターテイナーのようだった。
黒須さんも、最初は緊張していたようだったけど、美味しいメロンソーダと温かいポテト、そして優しいギャルたちのおもてなしに、少しずつ表情を緩めている。
しかし、楽しい時間は一瞬で過ぎ去る。
ついに、恐れていたその時がやってきた。
「はーい、じゃあ、次はそっちの男子、濁川君ってったっけ? の番ね!」
ギャルの一人サーナから、デンモクとかいうずっしりしたタブレットを笑顔で手渡される。
俺は頭が真っ白になった。
歌える歌がない。
現在流行っている曲なんて、一曲も知らないのだ。
俺が知っている曲、まともに口ずさめる曲といえば……、アニソンくらいなものだ。
アニソンだったら、今期の最新アニメの主題歌から、CS放送で見たレトロなテレビ漫画の曲まで、頭の中に何曲も詰まっているのだけれど。
でも、このキラキラした空間でアニソンなんて歌ったら、一気に空気が冷え切るんじゃないか?
ギャルたちって、俺のイメージからすると、アニメなんてあまり好きじゃなさそうだし。
かといって、俺が歌うことを拒否したりなんかしたら、この場の空気は地獄と化すことは必定。
「……よし、こうなったら!」
俺は腹をくくった。
変に格好つけて俺に不似合いでよく知らない曲に挑むより、一番自信のある曲で玉砕してやる。
適当に思いついた曲名を画面の検索欄から探して、送信ボタンを人差し指で強く押した。
一年ほど前にそこそこ人気のあった『茶自慢県シズオカ』というヒーローギャグアニメの主題歌だ。
歌うぞ。
汗ばんだ両手でマイクを握りしめる。
心臓の音が、カラオケの重低音スピーカーに負けないくらい激しく、ドクドクと鳴り響いていた。
イントロの電子音がスピーカーから流れ始める。
俺は、ちゃんと歌えるのだろうか――。




