第16話 こんな元気なギャル
「うっ!」
俺は一度突き飛ばされただけで目眩に似た感覚に襲われる。
体力のない自分が情けない。
手と制服のズボンを擦りむきながら、アスファルトに激しく尻餅をつく俺。
「濁川君!」
「ちょっと、何すんのよ!」
黒須さんと楯さんが悲鳴のような声。
不良たちはそれを鼻で笑い、二人の華奢な腕を強引に掴み取った。
「いいから来いって。ちょっとあっちの薄暗いところで遊びたいだけだって」
「ちょっ、離してっ! 離せってば!」
「い、いや……っ」
必死に抵抗する二人だが、ずるずると路地裏の奥へと引きずり連れて行かれそうになる。
地面に倒れ、痛みに顔をしかめる俺の視界の中で、二人の身体がどんどん遠ざかっていく。
ヤバい。
このままじゃ二人があいつらの餌食にされてしまう。
俺の足はすくみ、心臓が胸の中で暴れ、胸が苦しい。
どうすればいいんだ――?
黒須さんは恐怖のあまり声も出せず、ただ涙目でカタカタと震えている。
一方で楯さんは、怯えるどころか完全にブチギレモードに突入していた。
「離せって言ってんだよ! このクソバカ猿野郎がッ!」
「あぁん? こんな元気なギャル、いいじゃん。でさ、大人しく俺たちと楽しいこと――」
「楽しいことぉ? アンタらの不愉快なツラ見たって誰が楽しめるかっつーの。こんな顔、笑えもしない」
不良のあまりに強引な態度で楯さんの怒りは爆発寸前だ。
「おぉい、調子に乗ると俺らだって――」
一人の不良が手を上げる。
だが、その動作が楯さんの起爆剤となった。
「ざけんなっ!」
鋭い怒号とともに、楯さんの身体がブレた。
一瞬、手ブレ画像のように見えたのだ。
不良に掴まれていた腕を強引にひねって外すと、そのまま目にも留まらぬ速さで相手の顎へと掌底を突き上げる。
ガキィン! と、骨の鳴る鈍い音が響き、体格のいい不良が白目を剥いて消し飛んだ。
「は?」
「え?」
呆気にとられる他の不良たち。
しかし、楯さんの猛攻は止まらない。
鋭い踏み込みからその美脚を高く跳ね上げる。
スカートの短さなど気にしない。
シュバッ! と、風を切る音がして、流れるような上段回し蹴りが二人目の顔面を捉える。
蹴られた顔の表面を激しく波打たせながら、ゴミバケツに頭から突っ込む。
さらに、楯さんは跳ね上げた脚を戻しながら軸足を滑らせ、三人目の膝裏を正確に踏み抜くローキック。
ガクンと体勢を崩したそいつの頭部に、容赦のない踵落としのミサイルが命中した。
「な、なんだ、この、この女なっ……!」
怯んだ残りの不良たちに対し、楯さんは一切の迷いなく踏み込む。
目にも留まらぬ連続突きが、二、三人の胸元にクリーンヒット。
最後の一人には、電光石火の速さで豪快な後ろ回し蹴りが炸裂。
ドンッ! と、まるで岩が崩れたかのような激しい衝撃音が路地裏に響く。
一分にも、いや、三十秒にも満たないわずかな時間の出来事だった。
まさに秒殺だ。
夜叉か阿修羅のごとき武術によって、五、六人いた不良たちは全員が地面へと沈められていた。
みんな意識はあるようだが、あまりのダメージに呻き声をあげるだけで、立ち上がるどころかピクリとも動けないでいる。
「た、楯さん……」
俺は体の痛みをこらえ、這うようにしてどうにか立ち上がった。
その倒れた男たちの中心に、呼吸一つ乱さず、すっくと立っている楯さん。
まるで「掃き溜めに鶴」の図のようだ。
少し離れた場所では、黒須さんが魂の抜けたような顔で、完全に固まっていた。
もちろん俺も、顎が外れそうなほど驚愕している。
楯さんは、ふぅと小さく息を吐くと、地面で悶絶している不良のリーダー格を冷たい目で見下ろした。
「おい。二度とうちの学校の生徒に手ぇ出すな。次やったら、これじゃ済まさないから」
いつもとは異なる低い声で言い放たれたその言葉には、本物の凄みがあった。
不良たちは一斉にビクッと身体を震わせ、必死に首を縦に振る。
「……よし! じゃ、行こっか!」
次の瞬間、楯さんはくるりと振り返り、いつもの眩しいギャルスマイルを浮かべた。
そのあまりの激変ぶりに、俺の脳の処理能力が追いつかない。
俺は返事することもできなかった。
ただ無言で楯さんに従ってその場を後にし、早足で駅へと向かった。
駅までの道のり、楯さんは何事もなかったかのように、いつも通りの明るいお喋りマシーンに戻っていた。
「いやー、今日の新作コスメさぁ!」
なんて楽しそうに話している。
俺にはよくわからない話題だが、何となく愉快な気分になるから不思議だ。
それだけ話術が巧みなのだろう。
だが、さっき不良たちをボコボコにしたことについては、一言も触れようとしない。
まるで、服についたちょっとしたゴミをぱっぱと払っただけくらいのスタンスなのだ。
黒須さんの顔にも笑みが戻る。
楯さんの人を明るくさせる才能は、喧嘩と同じぐらいレベルが高い。
学校で最も人気のある一軍ギャル、楯さん。
俺は彼女の明るい表の顔しか知らなかった。
一体、彼女は何者なんだろう。
気になる。
めちゃくちゃ気になる。
けれど、俺はあえて彼女の背景を穿鑿したりはしないでおこうと思った。
きっと彼女は、ただの「友達」として、普通に接してくれることを望んでいるはずだから。
俺みたいな陰キャの日常に現れた、最強すぎるギャル。
俺はこれからも、この嵐のような彼女と、今まで通りの距離感でクロスワード部の生活を続けようと心に決めるのだった。




