第14話 二人の仕業だよね?
「ただいま……」
高い柵に囲まれた白堊の豪邸。
その重厚な玄関扉をくぐり、黒須殊羽は重い足取りでリビングへと向かった。
リビングでは、殊羽のエキセントリックな美女二人――母の南と姉の遊美がテレビの大画面に向かい、イケメン同士が踊りながら敵と戦うアニメ『ナンバーループ』を大興奮で楽しんでいるところだった。
二人ともモデル顔負けの美貌で、並んでいるだけで存在感が圧倒的なのに、やっていることはイケメン推しキャラクターへの熱狂である。
「きゃー! 見て、お母さん。今の殴るシーンの作画が神!」
「本当ね、遊美! 完全に視聴者の需要を理解しているわ。尊すぎ。こういうの『てぇてぇ』って言うんだっけ」
ソファでペンライトを振りそうな勢いの二人を見つめ、殊羽は溜息をこらえながら、意を決して自分のスマホを突きつけた。
画面に映っているのは、今や日本中で大バズりしている矢島凜花によるX(旧Twitter)の投稿だ。
「お母さん、お姉ちゃん。……アニメに夢中なところ悪いんだけど、これ、二人の仕業だよね?」
学校では物静かで口数の少ない殊羽だが、家では普通に話せる。
「あら、なんのことかしら?」
母の南はテレビから視線を外さず、わざとらしく小首を傾げる。
だが、その口元は完全に楽しそうに歪んでいた。
「しらばっくれないでよ! あたしたちのクロスワード部の部誌が、どうしてあの矢島凜花の手元にあるの? あの学校の廊下で配っただけの冊子がアイドルの手に渡るわけはないからお母さんたちの仕業でしょ?」
学校では考えられない殊羽の長台詞だ。
「お母さんの会社のグループにあの芸能事務所があって、お姉ちゃんがそこの役員をやってるんだから、私が持ち帰った予備の冊子のうちの一冊を矢島凜花に渡したっていうルートしか考えられないよね!」
ちょうどアニメはコマーシャルに入った。
母と姉はようやく顔を見合わせると、クスクスと楽しそうに笑い声を上げた。
「あはは! そうなのよね」
姉の遊美が両手をパンと鳴らす。
「私がお母さんに頼まれて、凜花ちゃんに『これ、よろしくね』って、あの薄い本を渡したの」
「う、薄い本って……」
「前に『最近クロスワードに激ハマり中なんです!』って言ってもらったのも私が頼んだからなのよね」
遊美は事務所の役員ではあるが、凜花とは友達同然の関係なのだ。
無理に命じて宣伝をやらせなくても、遊美が頼めば凜花は快くその意をくんでくれる。
「やっぱり……」
クロスワード部のために勝手に身内のコネを使ってトップアイドルを動かすとは思わなかった。
殊羽は眩暈を覚えながらも、一番肝腎な質問をぶつける。
「……で、なんでそんなことをしたの? そりゃクロスワードが流行して悪い気はしないけど……」
少し迷惑そうに眉をひそめる殊羽を見て、母と姉は、まるでいたずらが大成功した子供のように顔を見合わせた。
テレビからはアニメの本編が再開し、派手な音楽が流れ始めている。
「だって、殊羽の部活、全然注目されてないって言ってたじゃない? だから、ちょっと盛り上げてあげようと思って。凜花ちゃんにクロスワードブームの仕掛け人になってもらったのよ」
「そうそう! 殊羽のために一肌脱いじゃった。アニメのタイアップを仕掛けるよりは簡単だったわ。……でも、ちょっと効果がありすぎちゃったかな? 凜花ちゃんの発信力、舐めてたわぁ」
悪気など全く感じていない。
ドヤ顔を決めて再び画面に目を戻す二人。
殊羽は頭を抱えて叫びたい気分だ。
「なんで……、なんでそんな大事なことを、仕掛ける前に私に一言も言ってくれなかったのよ! 注目されてないことは全然構わないことだし……」
「えー? だって、その方が殊羽が驚くと思って。凜花ちゃんだって乗り気で、本気で殊羽たちを応援したがってたんだから」
「可愛い愛娘のビックリした顔が見たかったの。サプライズよ、サプライズ!」
「サプライズ!」
アニメの爆発音と共にユニゾンで返ってきた答えに、殊羽は脱力した。
このエキセントリックな母娘に、常識や加減という言葉を求めた自分が間違っていたのだ。
学校の部活のことなんて、アイドルにステマしてもらうほどのことじゃないのに。
「はぁ……。お母さんたちの気持ちは嬉しい、けど……」
殊羽の脳裏に濁川と楯洋子の顔が浮かぶ。
「……これ、完全に二人の仕事を増やしちゃったよね」
明日からきっと、問い合わせの対応や部誌の増刷に追われることになるだろう。それも尋常じゃない数の。
あの二人は絶対に嫌な顔はしないはずだ。
むしろ、クロスワード部を盛り上げるために必死に頑張ってくれるに違いない。
そう思うと、申し訳なさと同時に、胸の奥が少し擽ったくなるような気持ちが湧き上がってくる。
「……あ。でも、今回のこと、明日二人にどう説明しよう……」
「そんなに深刻に考えなくたって大丈夫だって」
遊美は目をキラキラさせてアニメに見入っている。
「殊羽もこれ好きでしょ? 一緒に見ましょ」
母が殊羽をソファに座らせる。
「もし何だったら、私が手配して、ちゃんとした印刷所でちゃんとした冊子を印刷してあげてもいいのよ。それなら濁川君の手を煩わせたりもしないでしょ」
「えっと……、そういうことじゃなくて……」
殊羽は、クロスワードが解けない時のように、胸の中のモヤモヤをうまく言葉にできずにいた。
特別困ったことが起きたわけではないし、むしろ、クロスワードが人気になるのは悪いことではない。
濁川たちも今回のことを迷惑がったりはしないはずだ。
それなのに、なぜか殊羽は手放しでは喜べない。
だが、母と姉と一緒にアニメを見ていると、だんだんモヤモヤした気分が晴れてきた。
明日以降のことは明日以降に考えればいい。
そう自分に言い聞かせることにした。




