第13話 なんでこの人が俺たちの部誌を?
翌日の昼休み。
俺と楯さんは、再び熱気に包まれた廊下に立っていた。
手元にあるのは、昨日の放課後に居残りをし、指先を真っ赤にしながら必死でホチキス留めした増刷分の部誌百部だ。
「本当に大丈夫かな。昨日好評だったのって、何かの間違いだったりとか?」
「弱気だねぇ、少年! ほら見てよ。黒須っちなんてあんなに私たちを信じてくれてるよ」
楯さんが親指で後ろを指さす。
振り返ると、少し離れた位置から黒須さんが両手を胸の前で握りしめながらハラハラした様子でこちらを見守っていた。
好きな男を見つめる乙女か我が子を心配する母親のようだ。
本当は今日こそ黒須さんとも一緒に配りたかったのだが、事前に誘った際、
「私は……やはり、その、接客とか無理で……っ。足引っ張っちゃうから」
と顔を赤くして激しく首を横に振られて固辞されてしまったのだ。
小動物みたいに震える彼女に、それ以上無理強いできるはずもなかった。
「さあさあ、本日もやってきたよー! クロスワード部の部誌『交語家』の増刷分だよー! 昨日もらえなかった人はチャンスだよー!」
楯さんがパッと両手を広げ、廊下に響き渡る元気な声を上げる。
すると、その声を合図にしたかのように、ワッと教室から生徒たちが溢れ出てきて、あっという間に俺たちの前に人だかりができた。
「あ、昨日品切れになってたのだ! 一冊ちょうだい!」
「私にも! あ、友達の分ももらっていい?」
「ごめん、一人一冊なんだ! はい、どうぞ!」
押し寄せる生徒たちの熱気は、明らかに昨日以上だった。
楯さんは、まるで千手観音のように手を動かして次々と冊子を捌いていく。
俺も地蔵みたいに突っ立ってもいられない。
わずかなコミュ力を必死に発揮して冊子を配る。
「はい、これ、どうぞ!」
「うわ、ありがとう! これ、めっちゃ解きたかったんだよね!」
女子生徒からそんな言葉を直接かけられると、なんだかくすぐったい。
「あ、うわっ! もうラスト一冊! はい、お買い上げ。今日も無料だけどね!」
昨日と全く同じセリフを小気味よく叫びながら、楯さんが最後の部誌を男子生徒の手へと差し出す。
時計を見れば、昼休みが始まってからまだ五分も経っていない。
瞬く間に、百部の山は綺麗さっぱり消え去ってしまった。
「えーっ! もうないの?」
「嘘でしょ、今走ってきたのに……ショック……」
「ごめんね! 今日の分はこれで終わりなんだ!」
俺は頭を下げて謝る。
冊子をもらえなかった生徒たちが、目に見えて肩を落とし、トボトボと去っていく。
申し訳なく思うが、こればかりは仕方がなかった。
さすがにこれ以上の数を毎日手作業で印刷し、ページ順に並べて折り、ホチキスで留めるなんて作業を続けたら、俺たちの腕が物理的に死んでしまう。
「あはは、みんなごめんねー! 次の第二号を期待しててねー!」
楯さんがカラカラと笑いながら手を振る。
こうして、二日目の増刷ゲリラ配布も大盛況のまま幕を閉じたのだった。
▽
それから数日後の放課後。
部室で俺がのんびりと自作のクロスワードパズルのネタを考えていると、突然、部室の扉が凄まじい勢いでバァン!と音を立てて開いた。
「大変! 大変だよ、二人とも! 今すぐスマホ見て、スマホ!」
息を切らせて飛び込んできたのは楯さんだ。
普段の元気さを3倍くらいに濃縮したようなテンションで、目が完全にひっくり返っている。
「どうしたの? そんな音立てると先生に……」
「そんなこと言ってる場合じゃないの! いいから早くX(旧Twitter)開いて!」
俺が呆れつつ自分のスマホを取り出すと、隣の席で大人しくパズル雑誌をめくっていた黒須さんも、驚いたように細い肩を震わせ、小首を傾げた。
「あの……楯さん、何かあったんですか……?」
「あるなんてもんじゃないって! ほら、これ、これ見て!」
楯さんが俺たちの目の前に突きつけてきたスマホの画面。
そこに表示されているトレンドの文字と、あるアカウントのポストを見て、俺はびっくり仰天した。
『矢島凜花 @yaji_rin·x月x日
この前、知り合いから回ってきたんだけど……このクオリティ凄くない!?
高校生が作ったクロスワード部の雑誌なんだって!
謎解きバカの私でも大満足の難易度でした。
みんなも交語家を見かけたら絶対解いてみて!』
「……え?」
声が裏返った。
添えられた写真には、俺たちの部誌がお洒落なカフェのテーブルの上にちょこんと乗って写っている。
現在の爆発的なクロスワードブームの仕掛け人であり、テレビで見ない日はないほどの今をときめくトップアイドルの矢島凜花が、まさか俺たちの部誌を直々にポストしているなんて、尋常の沙汰ではない。
「う、嘘だろ……。なんでこの人が俺たちの部誌を?」
「でしょ! あたし、これ見た瞬間、自分の目がバグったかと思ったし! インプレッション数、今も秒単位でヤバいことになってるよ!」
この不思議な出来事に、俺と楯さん頭上にはクエスチョンマークが大量に飛び交う。
そもそも、うちの高校はごく普通の一般校だ。
芸能人が通っているわけでもない。
矢島凜花のような超大物と繋がっている人間がいるなんて話も、これまでに一度だって聞いたことがない。
一体どうやって、この狭い学校の廊下で配った冊子が、彼女の手元にまで渡ったのか。
完全に不可解な謎だった。
「……あ」
その時、ぽつりと小さな声が部室に響いた。
見ると、黒須さんがスマホの画面をじっと見つめたまま、何かを思い出したように眼鏡の中の目を見開いている。
心なしか、その白い頬が少し引きつっているようにも見えた。
「黒須さん? どうしたの? もしかして、何か心当たりがあったりとか?」
俺が尋ねると、黒須さんは泳ぐように視線をあちこちに彷徨わせ、それから少しバツが悪そうに、だけど何か確信を持った様子で、両手の拳をぎゅっと握りしめた。
「もしかしたら……、お母さんかお姉ちゃんが……」
あのエキセントリックな美人母娘とアイドルとどういう関係が?




