9、招かざる使者
「何じゃと。清洲からの使者が」
小一郎は目を見開く。稲は硬い表情で小さく頷いた。
「勝手に踏み入ったと申しております。那古野方は百姓の首を差し出せと」
さすがの小一郎も息を飲む。ここは柴田土佐守の屋敷の一室だ。主は不在だが、小一郎はここを拠点に織田重臣に接触していた。
「ふむぅ」
中村は清洲織田氏、那古野織田氏と双方と仲が良い。中立の立場だが、清洲の老臣たちはそこを突いてくる。中村でのトラブルで有力者である木下家を味方に付けようと必死だ。
「清洲方には俺が出向く。稲よ。供せい」
稲は返事をする。小一郎はいつになく険しい表情をしていた。下手をすれば、清洲織田氏は怒るだろう。慎重に事を進める必要があった。
中村。武者行列が村に入って来る。百を越えているであろう行列の主は那古野弥五郎である。
「ククククク。アハハハハ!」
弥五郎は笑い声を上げる。うまくいった。織田彦五郎と事前に打ち合わせして、百姓を挑発して家に押し入らせた。被害を受けた百姓は弥五郎の息のかかった男だ。男の訴えで弥五郎は手勢を率いて中村へとやってきた。
中村を抑える。それが弥五郎の意思だ。木下小一郎も屈伏することだろう。
木下の大きな屋敷が見えてきた。弥五郎は笑みを深くする。もう小一郎は終わりだ。そう思った。
「おお、久しいのう!弥五郎、儂じゃ、儂!」
弥五郎は目を丸くした。屋敷から出てきたのは柴田土佐守勝義、織田家の家老である。自慢の槍を抱えている。それだけではない。後を二十人ばかりがぞろぞろとついてくる。いずれも柴田家の武将たちだ。
「土佐……これはどういうことじゃ」
弥五郎は言葉を絞り出した。柴田勝義がこんなところにいるのは予想外だったのだ。この勇猛な男に一騎打ちで勝てるわけがない。弥五郎は恐怖に怯える。
「小一郎から頼まれてのう。百姓が家に押し入り、略奪を働いたこと不問にする。なに、百姓の妻がモノを売っているところに出かけていって乱暴したと申すではないか。弥平は罪なしと決まった。非は襲われた清洲方の百姓にある」
弥五郎はサッと顔色を変える。弥五郎が中村の百姓を挑発するように命じたのだ。だが、その策謀はもはや勝義に見抜かれていた。
「……う」
周りを見る。旗指物が上がっていた。軍勢だ。熱田、津島の者の旗も見える。周りを囲まれている。弥五郎は勝義を見る。
「五百はおるだろう。皆、小一郎が好きでのぅ。いつも儲けさせてもらっておるんじゃ。弥五郎よ、小一郎にまだ言いたいことはあるか?」
「な、ない!非礼を詫びる。助けて欲しい」
「分かった。小一郎にはそなたが帰ったと伝えておこう」
ニヤリとする勝義。弥五郎はくるりと向きを変えるとすごすごと元来た道を引き返していくのだった。
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