10、小一郎の策謀
「荷は蔵に運べ。こっちに飯があるぞ」
男が大声で呼びかける。津島に届いた荷が運び込まれる。小一郎はそれを満足そうに見ていた。
中村は交易で潤っていた。伊勢湾の交易網とガッシリと結びつき、清洲を通って利が手に入る仕組みとなっている。武器職人、防具職人の移住も盛んになった。中村では大工の工事の音が響いている。
もう年末だ。小一郎は貧しい百姓には施しを与えることにしていた。
小一郎が畦道を歩いていると、稲が現れた。
「遠江に行っていました。武田は信濃を狙っているようです」
稲が静かな声で言う。武田では政変が起きて、当主が追放。武田晴信が当主となった。晴信は頼りのない長男と言われ、器量なしと噂されている。
今川と武田の同盟は揺るがない。今川は目を西に向けている。
「今川義元はどうであった?」
「目は武田に向いているようです。使者も送っているようですし」
「いや、義元の目は尾張に向いているだろう。安祥よ」
安祥。織田と今川の境界線の要地である。ここには織田信秀の長男である織田三郎五郎信広が城主を務める。小一郎は稲を見る。稲はきっと口元を硬く結んだ。
「義元は野心の塊よ。自らが将軍に取って代わろうと考えてもおかしくはない。そのためには土岐と手を結ぼう」
「そんな……では織田家はどうなるのでしょうか?」
「フフフ。そこでだな。まずは土岐を黙らせる。今川は手も足も出せなくするのだ」
稲が目を見開く。童子は不気味な笑みを浮かべたまま、笑い声を上げるのだった。
「与次郎よ。これが帝よりの労いの書状よ」
那古野城。織田信秀は自慢気に弟の弾正信康に書状を見せる。幼い頃より仲の良いこの兄弟は尾張では名の知られた名将同士でもあった。
「これは……」
弾正信康は息を飲む。帝からは尾張のことは頼むと書かれてあった。信秀は織田家では庶流に過ぎない。それでも帝は清洲の守護代よりも信秀を頼みとしているのだ。
「フフフ。これも小一郎のおかげよの。帝に材木を送った。禁裏では新しく女官の住まいを増築するという。小一郎はどこでそれを聞きつけたのやら。おかげで帝は儂をますます褒めるようになった。ふむ。良いのぅ」
信秀は笑みを隠し切れない。弾正信康は笑みを浮かべながらも、冷や汗をかいていた。
(兄者はあの童を信じすぎている。これ以上、小一郎が力を持てばこの家とて……)
上機嫌の兄を尻目に弟は笑顔を作りながら、小一郎の才に恐怖さえ感じ始めていた。




