6、百姓の成り上がり
那古野城に馬に乗った男が現れた。中村の百姓である木下弥右衛門である。精悍な面構えになった弥右衛門は当主織田信秀の側近として力を振るっていた。息子の小一郎からの貢物の影響もあって当主織田信秀はこの親子を頼りとするようになっている。
弥右衛門は馬から降りると、出迎えたのは筆頭家老の平手中務丞政秀であった。文武両道の名将である平手政秀は鋭い眼光で弥右衛門を見る。
弥右衛門は内心怯むも平手政秀を見返した。
「殿は小一郎の働き、喜んでおる。殿がお呼びじゃ。評定の間に来ると良い」
平手政秀は弥右衛門の緊張を知っているのか、警戒心を抱かせないように笑みを作る。
弥右衛門もぎこちない笑みを浮かべると、城の中に入っていく。今回は織田信秀に呼び出されたのだ。
評定の間に辿り着くと、居並ぶ重臣たちがじろりと弥右衛門を見る。
柴田土佐守勝義、織田左馬助敏宗、武藤掃部助、林新五郎秀貞らといった面々だ。いずれも織田信秀の古くからの家臣である。
「弥右衛門よ。よう来た。此度はの、小一郎の働き、格別なり。これから小一郎を助けるために家臣を与えようと思う」
「……はっ、有り難き幸せ」
木下弥右衛門は平伏する。家臣団。喉から手が出るほど欲しかったモノだ。これで弥右衛門も家臣の一人として織田家中でモノ言うことができる。
信秀が命じると小姓の柴田権六が書状を持ってくる。権六が差し出した書状には家臣たちの名前がずらずらと書いてあった。
「新たに知行も二百石与える。弥右衛門、これからも織田家のために力を尽くすように」
「ははーーーーーーっ」
弥右衛門は平伏する。大変なことになった。足軽から領地を貰える侍になったのだ。弥右衛門は息子・小一郎に感謝する。
これで木下家の勢威は増すと……。
木下弥右衛門が屋敷に帰るとすぐに酒宴となった。めでたい。織田家での地位が上がり、弥右衛門は自信を深めていた。
「これで城持ちになれればな……いや、今作っておったか。ワハハハ!」
上機嫌の弥右衛門は美女に囲まれていた。庄屋の妻や百姓の妻たちも出世頭の弥右衛門に取り入ろうと媚びた笑みを浮かべていた。
小一郎はそんな父親を冷ややかに見る。些か調子に乗り過ぎだ、と小一郎は思った。百姓たちは妻を寝取られたと恨みに思うだろうし、重臣たちも弥右衛門の台頭を歓迎する者ばかりではない。
小一郎はそっと廊下に出る。
庭には一人の女がいた。
「誰じゃ、そなたは」
「望月が娘、稲と申しまする。くノ一です。此度は甲賀忍びを召し抱えてもらいたく参上仕りました」
小一郎は柔和な笑みを浮かべた娘を見た。
「我が主・望月出雲守は小一郎さまを天下を治める器と見ています。どうかお仕えすることお許しいただきたく」
忍びが欲しい。そう思っていたところだった。小一郎は笑みを作ると即座に返事をする。
「是非もなし、望月一党召し抱えよう。まずは頭領に会いたいな。できるかな?」
稲が頷く。甲賀の望月と言えば、有名な忍者だ。小一郎は意外な大物に喜びを隠せなかった。




