4、うつけ者来(きた)る
木下小一郎は中村の大屋敷を拠点に活動している。そこに馬に乗った童が現れた。気の強そうな童はスタスタと庭を歩き、廊下に上がろうとする。
「小一郎、俺だ!」
童は大声を上げる。織田吉法師、当年八歳。織田家四男でありながら、嫡子と目される織田家の若獅子だ。
「声を張り上げずとも気づいております。若、何用でおいでですか」
小一郎が襖を開けて出てきた。顔には柔和な笑み。吉法師がにんまりする。
「柴田土佐守から聞いたぞ。土佐守を味方につけたそうだな。あの頑固者を説き伏せるとはやるではないか」
嬉しそうに語る吉法師。小一郎はそんな吉法師をじっと観察するように見る。
のちの織田信長と木下小一郎はこの時、友好関係にある。
「ふむ……安城には兄者がいるし、岡崎城も従っている。遠江・駿河を領する今川とも盟約を結んだ。残るは清洲だな。まずは国の内を固めなければならん」
「清洲でございますか……」
吉法師が笑顔で頷く。小一郎はそっと部屋に招き入れる。
「中村は危ないことになっております。野盗が出て村人は困り果てておる次第。どうも清洲方の仕業らしく」
「何っ、それを早く言わぬか。……で、どうするのだ?」
「痛い目に遭わせようと思っております。殺すことまではしない。それで清洲方も気づくでしょう」
吉法師が息を飲む。中村を巡る争いが激化している。その中心には間違いなく木下小一郎がいる。
欲しい。吉法師は目の前の童子を欲する。それは清洲方に取られたくないからだ。あ奴らには小一郎は勿体ない。早く、尾張美濃の二国を制圧して近江国に攻め込みたい。近江国には天下人の六角定頼がいる。邪魔だ。排除する。あるいは定頼に仕えて、自らが天下の差配をする。
それが吉法師の構想だ。吉法師は小一郎を見る。織田家は大きく伸びる。この男をうまく使えば……。
「普広院殿……そなたが教えてくれた普広院殿のことは平手の爺に聞いたぞ。あのような天下人になりたいものだ。そうだな。普広院は最後は殺された。俺は二の舞は嫌だ。何とか生き延びたい」
小一郎は笑顔になる。普広院殿は六代将軍足利義教のことだ。九州を制圧し、南北朝の争乱を終わらせた異才の男。重臣を次々と粛清し、最後は討たれた悲劇の暴君。吉法師の目はきらきらと輝く。天下の主、それが吉法師の明確な目標だった。
「御安心めされい。必ず小一郎が天下の主にして差し上げますよ」
「おお、小一郎よ。そなたと会えて良かった。僥倖だ。そなたは天が我に与えた遣いよな。さ、小姓どもに那古野の名産を持って来させた。食べようではないか」
吉法師はニコニコとする。小一郎は笑顔でその話に応じた。
「あー、ちょっと、ちょっと」
小一郎が廊下に出た時にまたもや幼女に声をかけられた。
「これ、頼まれていた集団農場の表なんだけど、皆乗り気よ」
二歳の久はニイと笑いながら、小一郎に書状を渡す。久は幼馴染で庄屋の娘でもある。姫の指揮する幼女軍団に属している。
「うむ。百姓たちがやる気になってくれて嬉しいわい。吉法師様も元気になった。フフフ。野盗どもめ、成敗してくれるわ」
小一郎は現代知識を生かして、農場の分業化を進めている。また権田式農法も取り入れるつもりだ。これで生産高は六倍を見込める。
戦国シミュレーションゲームよりも自由度が高い世界を転生者の木下小一郎は楽しんでいた。
世界は確実に史実から離れている。中村は急速に豊かになり始めていた。




