2、尾張中村の神童
天文十年(1541年)秋、尾張国那古野城では重臣たちが集まっていた。戦国大名の織田備後守信秀は清洲三奉行の一人から成り上がり、その勢力圏を三河国にまで広げる名うての名将である。
大広間の襖を開けたのは柴田土佐守勝義である。髭をピンと生やした柴田土佐守は三管四職で幕府の重職となった斯波氏の末裔だという。ギョロリとした目で重臣たちを一瞥すると用意された座に着座する。
「またも小一郎のことですか……」
土佐守が溜め息を吐き出しながら言う。主君・織田信秀は端正な顔つきを綻ばせながら、何度も頷く。
「うむ、うむ。小一郎め、商人を中村に呼び寄せると称してな。皮屋らを那古野に招きたいと申しておった。土佐守よ、そなた中村に行ってくれぬか」
「な、何故童の所に出向かねばならぬのか」
土佐守の声に重臣たちが同調するように頷く。秋は忙しい。年貢の徴収、兵の調練、やることはたくさんある。
「中村に城を作り、野盗に備えたいと申しての。なに、織田家中にて武功は随一のそなたの知恵を貸してやりたいのだ。……次の戦のこともあるしのう」
憮然とする柴田土佐守勝義に織田備後守信秀は懇願するように言う。沈黙があった。織田家は成り上がり者だ。それに対して柴田家は家格も高く、尾張国内での信望は信秀すら凌ぐ。
「次なる戦……三河でしょうか」
「ハハハ……今川は盟約を結んでおる。滅多なことを申すでない。土佐守よ、小一郎は我らのために使えるのだ。このまま清洲に仕え続ければ、我らの命はないと思え」
土佐守は目を見開く。時は戦国時代だ。清洲の織田家、岩倉の織田家、隙を見ては同族に討たれることは逃れられない。信秀は中村の小一郎に力を与えることで家の大事を乗り切ろうとしている。
……ここは中村に行くべきだ。小一郎が大した人物でなければ相手にしなければ良い。
柴田土佐守勝義は中村行きを承知するのだった。
尾張国中村。那古野の西に広がる広大な土地には中村が存在する。土佐守がお気に入りの駿馬に乗り、中村の屋敷前にやって来た。
「木下小一郎にございまする。土佐守様、ようこそおいで下さいました」
童が頭を下げる。土佐守は思わず、馬から降りていた。
「織田家家老、柴田土佐守勝義である!主君織田備後守様よりその方、余程の知恵者と聞いておる。なに、何なりと存念を申してみよ」
作り笑顔を作る柴田土佐守勝義に童子は柔和な笑みを浮かべる。
「はっ、土佐守様にはこの中村を守って欲しいのです」
「守る、だと……」
土佐守は真顔になると童子の顔を見た。
「はい。兵百をお貸しいただきたく……野盗を討ち取りたく候」
兵百。土佐守は息を飲む。何という物怖じせぬ童子だ。底知れぬ。大きな屋敷を案内されながら、土佐守は自分の体が震えてくるのを自覚していた。
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