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27 墓地での出会い

 丘の上は、風が吹くと心地いい。

 母が死んですぐの頃は、毎日のようにこの丘に登り、墓の前に突っ立っていた。墓の前で泣きわめいた記憶はないから、たぶん何も考えず、無心で立ち尽くしていたのだろう。


(……お母さんはどんな気持ちで、私を生んだんだろう)


 墓の前にしゃがみ、アマリアは目を細める。さっき供えたばかりの黄色い花が、春風を受けてそよそよと気持ちよさそうに揺れている。

 母は、黄色が好きだった。持っている小物も黄色のものが多くて、理由を聞くと「見ていて元気になれそうな色だから」と言っていたものだ。


 母が父について話すことはなかったが一度だけ、「あの人がくれた黄色のアクセサリーだけは持ってきたかった」ということを院長先生と話しているのを聞いたことがある。


 詳しく聞こうとしたらはぐらかされたのだが、どうやら母は父から大好きな色の贈り物をもらったことがあるものの、それを手元に置いておくことはできなかったようだ。


(お母さんは、お父さんのことが好きだったのかな……)


 そうだった、と信じたいような、そうじゃない方がいい、と思うような、微妙な気持ちだ。

 もし両親が相思相愛だったのならどうして、病床の母に会いに来てくれなかったのかと詰ってしまいそうだし、母の片想いだったら母が哀れだ。


 だが、母はいつも微笑んでいた。たまに悲しそうな顔をすることはあったけれど、「幸せになって」と、アマリアの幸福をいつも願ってくれていた。


(私、たぶん幸せになれる。レオナルドとユーゴと一緒に、幸せになる)


 母には迷惑ばかり掛けて、親孝行することもできなかった。せめて、母の遺言である「愛してる」を父に伝えられたら、とはずっと思っていたが、院長先生が内緒にする以上、それは叶わないことだろう。


 ふうっと息をつき、アマリアは立ち上がった。大きく伸びをした拍子に被っていた帽子がずれそうになり、慌てて手で押さえる。


 ――バサッ。


 背後で、何かが落ちる音がした。振り返ると、アマリアの後方の小道にいつの間にか、初老の男性が立っていた。


 このあたりでは滅多に見られない上質なコートに艶のある黒い帽子という出で立ちで、左手にはステッキを持っている。彼の足元には黄色い花の花束があるので、それを落としたときに先ほどの音が出たのだろうか。


 男性は、ぽかんとした顔でアマリアを見ていた。アマリアは小首を傾げ、せっかくだからと男性に歩み寄ると取り落としたらしい花束を拾った。


「落とされましたか? どうぞ」

「……ルフィナ様?」

「えっ?」


 返事は、しわがれた声で呼ばれた母の名だった。


(お母さん? あ、ひょっとしてこの人、私のことをお母さんだと間違えている?)


 院長先生や古参のシスター曰く、「アマリアはルフィナとよく似ている」そうなので、彼は母の知人か何かだろうか。そういえば、この花も黄色――母の好きな色だ。母の墓参りに来て、母にそっくりなアマリアを見て驚いてしまったのかもしれない。


(ルフィナの娘だって名乗ればいいかな?)


 少し迷ったのだが、アマリアが何か言うより早く、男性はいきなり手を伸ばし、アマリアの左手をがしっと掴んできた。


「きゃっ!?」

「あなたは、一体……? そのお姿は在りし日のルフィナ様そっくり……」

「な、何ですか!?」


 アマリアは素っ頓狂な声で問い返すが、男性はわなわな体を震わせていて、アマリアの言葉も耳に入っていないようだ。いやむしろ、「その声も……ああ、ルフィナ様……!」と何かの琴線に触れたようで、よよと泣き崩れてしまった。


(え……ええっ!? 私、この方を泣かせた!?)


 ただ声を掛けただけで、泣かせるような行為をした覚えはないのだが。


(と、とにかくなだめて……ああ、そうだ、修道院に連れて行けばいいかな……)


 一旦花束を近くの石のベンチに置き、アマリアは男性の体に腕を回して支えようとした。だがそのとき、丘の麓から「ママ、ママ!」「アマリアさん、こちらですか!?」と聞き慣れた声が聞こえてくる。


「あっ、レオナルド、ユーゴ! ちょっと手を貸して! ここにご老人が――」

「アマ……ああ……間に合わなかったんですね……」


 丘を登って墓地にやってきたレオナルドは、アマリアが男性の体を支えているのを見ると、がくっと肩を落とした。遅れてやって来たユーゴも、男性を見て渋い顔をする。


「……ママ、大変なことになっちゃったよ」


 いつになく真剣なユーゴの言葉に、アマリアはごくっと苦い唾を呑み込み、すんすんと洟を啜る男性をこわごわ見下ろしたのだった。

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