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八 盧清辰

 玉瑶は問事のため、武官とその部下たちに連れられ、別室へ移動した。さほど広くはない部屋に、卓が一つと椅子が二つ。武官はその一つに座り、もう片方を玉瑶に勧めた。

 玉瑶が拱手して席に着くと、武官の部下たちが戸の前と玉瑶の両脇に立つ。前後左右から感じる圧に、急に鼓動が速くなり、冷や汗が滲んだ。


「まず、名前を伺っても?」


 静まり返った部屋に、武官の落ち着いた声が響く。玉瑶は思わず生唾を呑んだ。


「あ……わた、しは」


 声が震えて、上手く出せない。何も言えないまま口を閉じた玉瑶を、武官はじっと見つめる。

 それからおもむろに席を立つと、腰に佩いていた長刀を外して椅子に立て掛けた。卓を回り込み、玉瑶の少し前で片膝をつく。


「盧《ろ》校尉《こうい》」


 咎めるような声で、部下が呼びかける。武官は視線だけで部下を制し、少し下がるよう手で示した。


「瑞王府《ずいおうふ》校尉の盧《ろ》清辰《せいしん》といいます。清流の清に、辰の刻の辰で、清辰」

「瑞王府の、清辰様……」


 玉瑶が呟くと、武官――清辰は小さく頷いた。

 瑞王とは、確か第四皇子の封号だったはず。


「第四皇子の小間使いのようなものです。取って食いはしませんから、肩の力を抜いてください」


 清辰は優しい口調で言った。玉瑶が小さく頷くと、清辰の口元が僅かに緩む。


「……范玉瑶と申します」

「出身はどちらですか?」

「渓綝《けいりん》です」

「渓綝のご出身なら……昭華《しょうか》人ですか?」


 清辰の問いに、玉瑶は頷いた。

 昭華人は、曜で最も数の多い民族だ。わざわざ確認するほど珍しくもないはずだが、清辰は何か考えるように視線を斜め下へ遣った。

 そのとき、部屋の外から声が掛かった。


「盧校尉。名簿をお持ちしました」

「入れ」


 清辰の声で、若い兵が部屋に入ってくる。玉瑶の前に膝をついた清辰を見て、一瞬ぎょっとした様子だったが、何も言わず一冊の帳面を手渡した。

 清辰は立ち上がり、再び向かいの椅子へ腰を下ろした。素早く頁を捲り、ある箇所で手を止める。


「范玉瑶。あなたの受験番号を伺っても?」

「三十六番です」

「あなたの荷袋は、三十五番の棚に置かれていました。これは、自分で入れましたか?」

「あ……」


 そういえば、蕗按と棚を交換していたのだった。


「はい。三十五番の子がまだ小さくて、棚に手が届かなかったので、交換しました」

「三十五番は……獏《ばく》蕗按《るあん》。翡《フェイ》族でしょうか」

「はい……。そう言われているのを聞きました」


 清辰は眉を寄せ、部下たちと視線を合わせる。部下の一人が足早に部屋を出ていった。

『まさか盗んだんじゃないだろうな?』

 試験が始まる前、蕗按に対して青年たちが言っていたのを思い出す。

 まさか、蕗按まで疑われたりしていないだろうか。玉瑶は慌てて身を乗り出した。


「あっ、あの! 棚は私が変えようって言ったんです! 蕗按はいいって言ったのに、私が勝手に……!」

「心配はいりません。彼にも事情を確認するだけです」


 安心させるように言って、清辰は改めて玉瑶に向き直った。


「獏蕗按とは、もともと知り合いでしたか?」

「いえ……。この試験で初めて会いました。田舎から来たので、知り合いはいなくて」


 首を横に振る玉瑶に、清辰は頷く。


「では、改めて午前の試験が終わってからのこと、順を追って話していただけますか」


 玉瑶は小さく深呼吸をした。

 大丈夫。やましいことは何もしていないのだ。ありのまま、起きたことを話せばいい。

 清辰は真剣な眼差しを向け、玉瑶の話を静かに聞いていた。一度だけ、蕗按と棚を交換したくだりで、「そのとき、周りに人はいなかったんですね?」と確認した以外、ほとんど口を挟まなかった。

 話を終えると、清辰はゆっくりと立ち上がる。そこへ、先ほど部屋を出ていった部下が戻ってきた。


「盧校尉。獏蕗按にも確認しました。棚を交換したという話に間違いありません」

「分かった」


 清辰は頷き、外していた長刀を腰に佩く。どこかへ行くのだろうか。


「あの……。清辰様は、私が盗んだと思ってますか……?」


 玉瑶は恐る恐る、清辰を見上げて尋ねた。

 認めたくはないが、状況からして一番怪しいのは自分だ。だが、清辰は初めから一度も、自分を盗人扱いしていない。


「まだ分かりません」


 清辰の言葉に、落胆して思わず視線を落とす。


「……ですが、気になることが二つあります」

「気になること……?」


 玉瑶は俯きかけていた顔を、ゆっくり上げた。

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