五 俺と組め
「茴羅昭儀は近ごろ、お心を塞がれている。陛下は昭儀をお慰めするため、太楽府に奏楽を命じられた。そこで今回は、この奏楽を楽会試の課題とする。諸君には班ごとに昭儀のお心にふさわしい曲を選び、編曲し、合奏として仕上げてもらう」
広間に小さなどよめきが広がった。
「曲の選定、編曲、そして演奏。そのすべてが審査の対象となる。いかに美しく奏でようと、昭儀のお心にふさわしくない曲では意味がない。逆に、選曲が優れていても、演奏が伴わなければ評価は得られない」
文官は受験者たちの動揺をよそに、淡々と続ける。
「班は四名以上で組むこと。誰と組むかは各々に任せる。本日中に班を決め、申請を済ませるように。人数の足りない班については、太楽府で調整する」
玉瑶は周囲を見回した。受験者たちは顔を見合わせたり、隣の者と小声で言葉を交わしたりしている。
「なお、茴羅昭儀がどのような曲を望んでおられるのか、詳しい話は明日、昭儀ご自身から伺えることになっている。その際、確かめたいことがあれば、直接お尋ねしても構わない。ただし、くれぐれも礼を失することのないように」
宮廷楽師であれば、後宮の妃のために演奏することも珍しくはないという。けれど、まだ受験者の身分で昭儀にお会いし、その上、直接質問までするなんて。
玉瑶は思わず俯き、両手をぎゅっと握りしめた。
「諸君は、いずれ宮廷楽師として人前に立つことを望んでいるのだろう」
瑞王のよく通る声が、静まり返った楽堂に響いた。
「ならば、ただ上手く奏でるだけでは足りない。誰のために、何を奏でるのか。それを考えるところから、今回の試験は始まる」
誰のために、何を奏でるのか。
その言葉に、玉瑶ははっと息を呑んだ。
今回の目的は、茴羅昭儀のお心を慰めることだ。ならば、まずは昭儀が何を望んでおられるのか、知らなくてはならない。
「諸君がどのような演奏をするか、期待している」
瑞王の言葉に、自然と背筋が伸びた。
――茴羅昭儀のお心を晴らしたい。
もちろん、試験には受かりたい。けれど、それだけを考えて曲を選ぶのは違う。まずは昭儀のために、何ができるのかを考えよう。
「おい、范玉瑶」
説明が終わり、楽堂を出て歩いていると、ふいに背後から声を掛けられた。振り返ると、夏陽峻が腰に手を当て、尊大な態度で立っている。
「俺と組め」
「……はい?」
「竜に雲、虎に風。お前の二胡には、この俺の笛がふさわしい。泣いて喜べ」
玉瑶はぽかんと陽峻を見つめた。
「……あなた、私のことを盗人だと疑ったの、覚えてる?」
「ああ。あのときのことなら、水に流してやる」
この男は、何を言っているのだろうか。
玉瑶は呆れ果てて溜息をついた。
「二胡なら嘉澄を誘えばいいでしょ」
「あいつは昨日合奏に入れていた、下手くそな笛と組んでいた。玉石混淆は御免だ。俺の班に石ころを混ぜる気はない」
ふん、と鼻を鳴らし、陽峻が答える。
昨日のあの合奏を聴いて、下手だと一蹴するとは。いっそ感心しそうになるほどの自信家だ。
「班は四人でいい。残りの二人は杜阿蕙と獏蕗按に決めた」
「え?」
「玉瑶、よろしくね!」
陽峻の後ろから、阿蕙がひょいと顔を出した。その隣には、蕗按まで立っている。
「二人とも、何で……!?」
思わず声を上げると、蕗按がぽつりと答えた。
「范姐姐がいるって聞いたから……」
「私は、陽峻が羅冠で三位だったって聞いて。上手いなら文句はないし、玉瑶とも一緒に組めるしね」
阿蕙がにこにこと笑う。
どうやら、玉瑶の知らないところで話が進んでいたらしい。
「羅冠の首位と三位、四位。それから泱陽の二位なら、勝利は確実だな」
陽峻は満足げに頷いた。
「申請は俺がしておいてやる。午後は一曲合わせるから、空けておけ。曲は、そうだな……『泉映月』だ。準備しとけよ」
「ちょっと、勝手に……!」
呼び止めようとしたが、陽峻は一人でさっさと央舎の外へ出ていってしまった。
玉瑶が呆れてその背を見送っていると、少し離れたところから受験者たちの話し声が聞こえてきた。
「あと鼓がほしいな……。あ、あいつ、昨日小鼓を持ってなかったか?」
「裴子謙か? やめておけよ。あいつ、本来なら落ちてた奴だぞ」
「え、どういうことだ?」
「知らないのか? 玟州の楽郷試で不正があっただろ」
その言葉に、玉瑶は思わず耳をそばだてた。
玟州では、羅冠と同じような不正があったと清辰から聞かされていた。その後、改めて調査が行われ、失格とされた二人の受験者が再試験を受けることになったという。都へ向かう道中、二人とも無事に合格したと聞き、玉瑶もほっと胸を撫で下ろしていた。
「裴子謙はな、その不正で二人が失格になったおかげで、繰り上がって合格したんだよ。しかも、合格者の中でも最下位だったって話だ」
「なんだ。じゃあ、不正がなけりゃ落ちてたってことか」
「そういうこと。そんな奴と組んだって、足を引っ張られるだけだろ」
受験者の一人が呆れたように肩をすくめる。
すると、それまで黙っていた別の受験者が、慌てた様子で口を挟んだ。
「おい、声が大きいぞ。子謙は、禁軍左将軍を務める崇礼様のご親戚だぞ」
「……え?」
「余計なことを言って、目をつけられたらどうするんだ」
その言葉に、受験者たちはぴたりと口をつぐんだ。
受験者たちは互いに顔を見合わせると、先ほどまでの威勢が嘘のように、そそくさとその場を離れていった。
玉瑶は彼らの視線を追った。少し離れたところで、猫背の青年がほかの受験者と話している。あれが裴子謙だろうか。幸い、先ほどの陰口は聞こえていなかったようだ。
よかった。不正で繰り上がったとはいえ、本人に罪はないのだから、嫌な気持ちになってほしくない。
玉瑶はその場を離れ、午後の練習について考え始めた。『泉映月』は聞いたことはあるが、作曲された背景については何も知らない。
何事も、まずは解釈からだ。玉瑶は央舎にある書庫へと向かった。




