↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/34

一 天下の音が集まる場所

 曜国は東西に流れる大河を中心に発展した大国だ。首都 泱陽《おうよう》は大河の北岸に築かれ、南北へ伸びる運河がここで交わる。交易の要衝でもあり、西方からは馬や宝石、香料が、南方からは米や茶、絹が、北方からは毛皮や家畜が運び込まれる。河岸には巨大な船着場と倉が並び、毎日何百艘もの船が出入りするという。

 長い船旅を終え、船着場に降り立つと、太楽府の紋を掲げた馬車が何台も並んでいた。玉瑶たち楽郷試の合格者は数人ずつに分けられ、馬車へ乗せられる。


「蕗按、船酔いはしなかった?」


 同じ馬車に乗ることになった蕗按に声を掛ける。蕗按は小鼓を抱きしめ、頷いた。心なしか目が輝いて見える。馬車の隅に二人並んで腰を下ろすと、蕗按は小さく鼻歌を歌いながら小鼓を指先で軽く叩いた。


「それ、さっきの舟唄?」


 船旅をしている間、何度か水夫たちが舟唄を唄うのを聴いた。蕗按が唄っているのは、恐らく船着場に着くときに唄われていた唄だ。

 蕗按はこくりと頷く。小鼓を叩く指先に迷いはない。


「知ってる曲だったの?」


 玉瑶が問うと、蕗按は首を横に振る。


「一回聴いたら、だいたい覚える」

「えっ、本当に?」


 目を瞬く玉瑶に、蕗按は小鼓を叩きながら頷く。


「俺、母さんと客桟で住み込みで働いてた。そこに、たまに旅の楽師が泊まりにくる。俺が叩ける曲、全部盗み聞きして覚えた」


 そういえば、蕗按は試験のとき、譜を用意していなかった。試験のために暗譜したのかと思ったが、そもそも譜を見ないで覚えていたのか。

 車夫が手綱を引き、ゆっくりと馬車が動き出す。風が冷たく、玉瑶は身を縮こまらせた。


「これがなかったときは、ずっと桶を叩いてた。でも、どうしても鼓を叩いてみたくて……ある夜、こっそり楽師の部屋に忍び込んで小鼓に触った」


 小鼓を叩く手を止め、蕗按は視線を落とす。


「気づいた楽師に、汚い手で触るなって何度も殴られた」

「…………」

「痛かったけど……ぜんぜん気にならなかった。鼓を叩けたのが嬉しくて。それからも何度も触って、何度も殴られた」


 蕗按は小鼓をそっと、大切そうに撫でる。


「そしたら、母さんが金を借りて買ってくれた」


 玉瑶は微笑んで蕗按を見た。それから、羽織っていた上衣を脱ぎ、蕗按の肩に掛けてやる。


「風邪ひいちゃうから。貸してあげる」


 蕗按は目を丸くした。だが、すぐに真面目な顔になって首を横に振る。


「……俺は男だから大丈夫。范姐姐が着て」

「子どもが痩せ我慢しないの」


 思わず笑った玉瑶に、蕗按はむすっとして上衣を突き返してくる。


「范姐姐だってまだ子どものくせに」

「私は来年成人だもん。梅だって、一枝ほころべばもう春でしょう?」


 流れていく景色の中に梅の木を見つけ、玉瑶は得意げに胸を張った。


「さっきのはまだ蕾だった」

「嘘だ、咲いてたよ!」


 蕗按と言い合いながら笑っていると、次第に景色が賑やかになってくる。

 河岸に並んでいた倉が途切れ、代わりに二階、三階建ての商家が軒を連ね始めた。朱塗りの柱に、色鮮やかな幟。店先には絹や陶器、香木、見たこともない形の果実まで所狭しと並べられている。

 通りを行き交う人の数も、羅冠とは比べものにならない。


「わ……」


 思わず、玉瑶は馬車から身を乗り出した。

 道幅は馬車が何台も並んで走れるほど広い。その両側を、人、人、人――。

 荷を背負った商人、籠を担ぐ男たち、華やかな衣を纏った貴人。頭巾を巻いた西方の商人や、見慣れない衣装の少数民族の姿も珍しくない。耳を澄ませば、昭華語だけでなく、玉瑶には分からない言葉まで飛び交っている。

「あっ、見て! あれ戴衛族の古笛じゃない?」

 道端で楽師が吹いている笛を見つけ、玉瑶は思わず蕗按の腕を引いた。その少し先では男が箏を奏で、さらに向こうでは数人の芸人が鼓を鳴らしながら舞っている。

 あちらから笛。こちらから鼓。店先からは客を呼ぶ声が飛び、どこかの酒楼からは琵琶の音が流れてくる。

 幾つもの音が重なっているのに、不思議とうるさいとは感じなかった。


「すごい……」


 玉瑶は目を輝かせた。

 曜国中の人と物が集まる街。それなら当然、曜の音もここへ集まってくる。

 馬車が市街を囲む大きな楼門をくぐる。その向こうには、さらに広い大路と、果てが見えないほど続く瓦屋根の波が広がっていた。

 ――ここが、泱陽。

 そしてこの先に、玉瑶がずっと夢見てきた宮廷がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。