↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/32

十二 実演

「獏蕗按が嘘をつく理由はあります。つかなければ、自分が犯人になりますから。ですが、徐文成が嘘をつく理由は何ですか?」


 明徳はよく通る声で、受験者たちを見回しながら問いかける。受験者たちは顔を見合わせた。


「そういえば、あいつ朝、獏蕗按を庇ってたよな」

「じゃあ、やっぱりあの翡族の子が?」


 囁きが広がる中、清辰だけは表情を変えなかった。


「徐文成。本当に嘘は言っていないですか?」

「……はい」


 文成は沈痛な面持ちで頷いた。


「目にした時は、まさかあの子が笛を隠していたなんて、思いもしませんでした。きっと范玉瑶に何か取ってくるよう頼まれたのだろうと……」


 苦しげに息をつき、文成がゆっくり顔を上げる。


「あの子を信じたかった。ですが……無実の人が罰を受けるのは、間違っています」


 清辰は文成の顔をじっと見つめたまま、話を聞いていた。やがて、ほんの僅かに目を細める。


「では、獏蕗按がどのように盗んでいたか、実演してみていただけますか?」

「実演?」

「はい。荷置き場で、実際に。犯人がどのように盗みを働いたのか、私は瑞王殿下に報告する義務がありますので」


 清辰の言葉に、文成は戸惑ったように視線を彷徨わせながらも、「承知しました」と頷く。

 荷置き場へ移動すると、清辰は文成を棚の前に立たせた。陽峻の笛を探した際に荷はすべて下ろされており、棚の中は空になっている。


「獏蕗按は、こうして衣の胸元を押さえながら歩いてきて、棚に腕を突っ込んでいました」


 文成は棚に沿って歩き、三十五番の前で足を止めた。そのまま棚へ腕を差し入れ、軽く中を探るように動かしてみせる。


「そのとき、あなたはどこに?」

「……あそこです」


 清辰に問われ、文成は荷置き場の後方を指さした。

 確かにあの位置からでは、棚へ向けた手元は文成自身の体に隠れ、ほとんど見えない。


「あなたは、獏蕗按が歩いてきて、この棚に腕を入れるところを確かに見たんですね」

「はい。あのときは、荷の中から何かを取ろうとしているのだと思いました。ですが、今考えれば……衣の中に隠していた笛を、荷へ押し込んでいたのかもしれません」


 文成の言葉に、蕗按へ向けられる視線が冷たさを増した。


「これだから翡族は」


 そんな声が、そこかしこから聞こえる。

 蕗按は小鼓を抱きしめたまま、俯いていた。 


「……待ってください」


 両手を硬く握りしめ、玉瑶は一歩前へ出た。

 三十五番。

 確かにそこは、蕗按と場所を交換したあと、玉瑶が使っていた棚だ。


「どうして、そこが私の使っていた棚だと知っているんですか?」


 玉瑶が尋ねると、文成はゆっくり振り返った。


「三十五番は、もともと蕗按に割り当てられた棚でした。あなたも知っているでしょう」


 背後で、受験者たちが戸惑ったように囁き合う。

 文成は僅かに眉を顰めた。だが、その顔に動揺はなかった。


「棚を入れ替えたんだろ?」

「――え?」

「実は、二人が荷を入れ替えているところを見ていたんだ」


 あまりにも平然と告げられ、玉瑶は目を見開いた。


「そんなはず……。あのとき、荷置き場には誰もいませんでした」

「俺は戸口のすぐ外にいた。そこまで確かめたのか?」


 とっさに言葉に詰まる。

 確かに中に人はいなかった。けれど、わざわざ戸口の外まで確かめたりはしなかった。


「……もうよいのではありませんか、盧校尉。犯人はあの翡族の少年で決まりでしょう」


 気弱そうな女性試験官が、疲れたように額を押さえた。


「今日は日食があります。今すぐ午後の試験を再開しなければ、間に合いません」


 その言葉に同調するように、ほかの試験官たちも頷く。

 清辰はしばらく黙っていた。

 やがて、ゆっくりと顔を上げる。


「彼の証言には、一つ矛盾があります」


 静かにそう告げると、部下に命じて玉瑶の荷を持ってこさせた。それを三十五番の棚へ戻させ、受験者たちを振り返る。


「獏蕗按。こちらへ」


 呼ばれた蕗按は不安そうな顔をしながらも、清辰の示した三十五番の棚の前まで歩いてきた。

 その瞬間、何かに気づいたように、文成の顔からさっと血の気が引いた。


「この荷に手を入れてみてください」


 清辰に言われ、蕗按は腕を伸ばした。

 だが、いくら背伸びをしても、棚板の縁に指先が掛かるだけだ。荷袋には、触れることすらできない。


「徐文成。あなたは先ほど、『獏蕗按は棚に腕を突っ込んでいた』と言いましたね」

「…………」

「ですが、ご覧の通りです。彼の身長では、棚に腕を入れることはできません」

「それは……」


 文成は衣を強く握りしめた。震える唇が、かすかに開く。


「さ、先ほどは言い間違えました。腕ではなく、手を入れていたと言いたかったんです」

「彼の身長では、手を入れることも難しいようですが」

「は、跳ねて……跳ねて手を入れていたんです」


 清辰は顎に手を添え、じっと文成を見た。


「それはおかしいですね」


 先ほど玉瑶へ向けていたものより、さらに冷たく鋭い眼差しが、文成を射抜く。

 文成は怯えたように清辰を見上げた。


「跳ねていたのなら、『手元が見えなかった』ということはあり得ないかと」

「――あ」

「この高さです。跳ねて荷へ手を入れるには、腕を大きく上へ伸ばさなければならない。後ろにいたあなたからも、その手は見えたはずです」


 清辰はゆっくりと文成へ歩み寄り、その目の前で足を止めた。


「獏蕗按が本当に范玉瑶の荷へ笛を隠したのなら――あなたが、その手にある笛を見落とすはずがない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。