十二 実演
「獏蕗按が嘘をつく理由はあります。つかなければ、自分が犯人になりますから。ですが、徐文成が嘘をつく理由は何ですか?」
明徳はよく通る声で、受験者たちを見回しながら問いかける。受験者たちは顔を見合わせた。
「そういえば、あいつ朝、獏蕗按を庇ってたよな」
「じゃあ、やっぱりあの翡族の子が?」
囁きが広がる中、清辰だけは表情を変えなかった。
「徐文成。本当に嘘は言っていないですか?」
「……はい」
文成は沈痛な面持ちで頷いた。
「目にした時は、まさかあの子が笛を隠していたなんて、思いもしませんでした。きっと范玉瑶に何か取ってくるよう頼まれたのだろうと……」
苦しげに息をつき、文成がゆっくり顔を上げる。
「あの子を信じたかった。ですが……無実の人が罰を受けるのは、間違っています」
清辰は文成の顔をじっと見つめたまま、話を聞いていた。やがて、ほんの僅かに目を細める。
「では、獏蕗按がどのように盗んでいたか、実演してみていただけますか?」
「実演?」
「はい。荷置き場で、実際に。犯人がどのように盗みを働いたのか、私は瑞王殿下に報告する義務がありますので」
清辰の言葉に、文成は戸惑ったように視線を彷徨わせながらも、「承知しました」と頷く。
荷置き場へ移動すると、清辰は文成を棚の前に立たせた。陽峻の笛を探した際に荷はすべて下ろされており、棚の中は空になっている。
「獏蕗按は、こうして衣の胸元を押さえながら歩いてきて、棚に腕を突っ込んでいました」
文成は棚に沿って歩き、三十五番の前で足を止めた。そのまま棚へ腕を差し入れ、軽く中を探るように動かしてみせる。
「そのとき、あなたはどこに?」
「……あそこです」
清辰に問われ、文成は荷置き場の後方を指さした。
確かにあの位置からでは、棚へ向けた手元は文成自身の体に隠れ、ほとんど見えない。
「あなたは、獏蕗按が歩いてきて、この棚に腕を入れるところを確かに見たんですね」
「はい。あのときは、荷の中から何かを取ろうとしているのだと思いました。ですが、今考えれば……衣の中に隠していた笛を、荷へ押し込んでいたのかもしれません」
文成の言葉に、蕗按へ向けられる視線が冷たさを増した。
「これだから翡族は」
そんな声が、そこかしこから聞こえる。
蕗按は小鼓を抱きしめたまま、俯いていた。
「……待ってください」
両手を硬く握りしめ、玉瑶は一歩前へ出た。
三十五番。
確かにそこは、蕗按と場所を交換したあと、玉瑶が使っていた棚だ。
「どうして、そこが私の使っていた棚だと知っているんですか?」
玉瑶が尋ねると、文成はゆっくり振り返った。
「三十五番は、もともと蕗按に割り当てられた棚でした。あなたも知っているでしょう」
背後で、受験者たちが戸惑ったように囁き合う。
文成は僅かに眉を顰めた。だが、その顔に動揺はなかった。
「棚を入れ替えたんだろ?」
「――え?」
「実は、二人が荷を入れ替えているところを見ていたんだ」
あまりにも平然と告げられ、玉瑶は目を見開いた。
「そんなはず……。あのとき、荷置き場には誰もいませんでした」
「俺は戸口のすぐ外にいた。そこまで確かめたのか?」
とっさに言葉に詰まる。
確かに中に人はいなかった。けれど、わざわざ戸口の外まで確かめたりはしなかった。
「……もうよいのではありませんか、盧校尉。犯人はあの翡族の少年で決まりでしょう」
気弱そうな女性試験官が、疲れたように額を押さえた。
「今日は日食があります。今すぐ午後の試験を再開しなければ、間に合いません」
その言葉に同調するように、ほかの試験官たちも頷く。
清辰はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「彼の証言には、一つ矛盾があります」
静かにそう告げると、部下に命じて玉瑶の荷を持ってこさせた。それを三十五番の棚へ戻させ、受験者たちを振り返る。
「獏蕗按。こちらへ」
呼ばれた蕗按は不安そうな顔をしながらも、清辰の示した三十五番の棚の前まで歩いてきた。
その瞬間、何かに気づいたように、文成の顔からさっと血の気が引いた。
「この荷に手を入れてみてください」
清辰に言われ、蕗按は腕を伸ばした。
だが、いくら背伸びをしても、棚板の縁に指先が掛かるだけだ。荷袋には、触れることすらできない。
「徐文成。あなたは先ほど、『獏蕗按は棚に腕を突っ込んでいた』と言いましたね」
「…………」
「ですが、ご覧の通りです。彼の身長では、棚に腕を入れることはできません」
「それは……」
文成は衣を強く握りしめた。震える唇が、かすかに開く。
「さ、先ほどは言い間違えました。腕ではなく、手を入れていたと言いたかったんです」
「彼の身長では、手を入れることも難しいようですが」
「は、跳ねて……跳ねて手を入れていたんです」
清辰は顎に手を添え、じっと文成を見た。
「それはおかしいですね」
先ほど玉瑶へ向けていたものより、さらに冷たく鋭い眼差しが、文成を射抜く。
文成は怯えたように清辰を見上げた。
「跳ねていたのなら、『手元が見えなかった』ということはあり得ないかと」
「――あ」
「この高さです。跳ねて荷へ手を入れるには、腕を大きく上へ伸ばさなければならない。後ろにいたあなたからも、その手は見えたはずです」
清辰はゆっくりと文成へ歩み寄り、その目の前で足を止めた。
「獏蕗按が本当に范玉瑶の荷へ笛を隠したのなら――あなたが、その手にある笛を見落とすはずがない」




