↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リインキャットネーション ―駆け出し冒険者と巡る異世界旅―  作者: カミツキ
獣人族の街

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/16

第9話 紙は道を選ばない

 紙は道を選ばない。

 猫も道は選ばない。


 だが、人間は紙を前にすると道を選んでいるつもりになるらしい。


 冒険者ギルドの掲示板の前で、レオナは三枚の依頼票を何度も見比べていた。


 東の農地で夜間警備。

 街道沿いの薬草採取。

 獣人族の街までの交易隊護衛。


 吾輩は長椅子の端で、干し魚の尾を噛んでいた。掲示板の下に置かれた低い木箱の蓋へ、朝日が差している。


 人間が紙を眺めている間に、日向を確保する。

 猫として正しい判断である。


 吾輩は長椅子から下り、木箱へ飛び乗った。背を伸ばすと、前足の爪が掲示板から垂れた紙へ掛かった。


 留め具が外れた。

 紙は壁を滑り、レオナの靴の上へ落ちた。


「猫さん」


 吾輩は日向へ腹を下ろした。

 紙を吾輩の場所まで垂らしていた人間が悪い。


 レオナは足元から紙を拾った。下端には、吾輩の爪で細い穴が二つ開いている。


「獣人族の街までの交易隊護衛。補助一名……」


 受付の女が台の向こうから覗いた。


「それは明日の朝に出る隊商ですね」

「Fランクでも受けられるんですか」

「同行するDランク冒険者がいるので、補助枠なら受けられます。ただし、片道三日かかります」


 レオナは紙の裏も見た。


「私は何をすればいいんですか」

「荷車の後方補助です。魔物を追うのではなく、近づかれたときは商人を荷車から離すこと。道が狭い場所では荷の確認も手伝ってもらいます」


 受付の女の指が、依頼票の補助枠を示した。


「あくまで補助です。戦うことより、商人を安全な場所へ移す方を優先してください」

 レオナの親指が、紙の端を押した。

「分かりました」

「野営は二回です。食事と水は隊商が用意します」

「食事は、どんなものですか」

「干し肉が中心になりますけど」


 吾輩の耳が受付台へ向いた。

 悪くない。


 レオナは手にした依頼票と、掲示板に残る二枚を見比べた。

 手の中の紙だけが、町の外へ三日も続いている。


「これも、昇格の記録になりますか」

「なります。ただ、ほかの二つより遠いですよ」


 レオナの親指が、爪穴の横をなぞった。


「途中で危険が増えた場合、戻る判断は誰がしますか」

「Dランクの同行者です。隊商の責任者とも相談します」

「後方で何か起きたとき、私が判断する範囲はどこまでですか」

「まず隊列を止めて知らせてください。商人を荷車から離す必要があれば、レオナさんの判断で動いて構いません。ただし、異常を追いかけないこと」


 レオナは依頼票を受付台へ置いた。


「これを受けます」

 受付の女は紙を取る前に、木箱の日向へ目を向けた。

「三日かかる依頼なので引き受けてもらえて助かります」

「護衛の仕事を経験したいです」

 レオナは掲示板を振り返らなかった。


 受付の女は爪穴を広げないよう、紙の端を持ち上げた。


「では、依頼票は差し替えておきます。こちらへ署名を」


 レオナは右手でペンを取り、帳面へ名前を書いた。


 片道三日。


 あの鞄が寝床として耐えられるか、確かめておく必要がある。


「出発前に、同行者との顔合わせがあります」


 受付の女が別の帳面を開いた。


「今日の夕方に来てください。同行者は弓手のシャノワさんです。獣人族の街まで、通訳も務めます」

「獣人族の方なんですね」

「猫系獣人ですよ」


 吾輩の耳が前へ向いた。

 猫に似た人間。


 あるいは人間に似た猫。

 ずいぶん都合のよい呼び方である。


 * * *


 夕方の冒険者ギルドには、朝より多くの匂いが残っていた。

 泥のついた靴と濡れた革、血を拭いた布。その奥から、火を通した肉の匂いが流れてくる。


 レオナは受付台の横にある卓へ案内され、鞄を足元へ下ろした。


 吾輩が鞄の口から顔を出すと、向かいの椅子の脚の横で、細長い黒いものが揺れていた。

 吾輩の前足が出る。

 黒いものは椅子の向こうへ引かれた。爪は空を掻き、鞄の縁へ戻る。


 紐ではない。

 人間の腰から生えている。

 人間は、ついに猫の尾まで身につけるようになったらしい。


「シャノワさんですか?」


 レオナが卓の前で足を止めると、黒い尾の持ち主が立ち上がった。


 レオナより背はわずかに低い。烏羽色(からすばいろ)の長い髪は片側で編まれ、立ち上がった拍子に内側の淡い色が見えた。頭の上には、黒い耳が二つある。


「はい。シャノワです。明日からよろしくお願いします、レオナさん」

「レオナです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 シャノワの背には、黒く磨かれた弓があった。


 弦がない。

 矢筒もない。


 シャノワが吾輩へ顔を向けた。


「この子が、猫さんですね」

「はい。ただ、私が飼っているわけではなくて」

 レオナは一度口を閉じた。

「一緒に暮らしています」


 飼われてはいない。

 吾輩が鞄を寝床に選んでいるだけである。


 シャノワは手を伸ばさず、鞄から一歩離れた場所で膝を折った。黒い尾も、吾輩から遠い側へ回している。


「アンフスミ」


 尾を触るな、と言ったらしい。


「今のは何ですか?」

「『こんにちは』です。猫系獣人の地方語で、カティッシュ語といいます」


 シャノワが膝を折った拍子に腰の小袋が近づき、その口から干した魚の匂いが流れてきた。


 吾輩の鼻先が前へ出た。

 シャノワの黒い耳がこちらを向く。


「通じたでしょうか」

「腰の袋を見ています」


 レオナの視線が、シャノワの腰へ下がった。


 吾輩は鞄から出て、レオナの隣にある椅子へ飛び乗った。そこから卓へ上がり、腰の小袋へ鼻先を向ける。


 シャノワが袋を右へ動かすと、吾輩の鼻先も右へ向いた。左へ移せば、鼻先も左へ動く。


「……魚ですね」


 シャノワは腰袋を戻し、椅子へ座った。


「レオナさんは、二台目の後ろでしたよね」

「はい。異常があれば隊列を止めます」

「では、私は二台の間に入ります。何かあったら呼んでください」


 シャノワは依頼票に描かれた二台の荷車を指でなぞった。


「もう一つ。レオナさんが敵へ近づきすぎると、私は矢を出せません」

「私に当たるからですか?」

「はい。まだ誰かのすぐ近くへ通す射撃は得意ではなくて……」

 レオナは依頼票に描かれた荷車の間隔を見た。

「どのくらい離れればいいですか」

「道幅で変わります。明日、実際の位置で合わせましょう」

「わかりました」


 シャノワは依頼票を畳み、腰袋の口を確かめた。


 隙間から、干し魚の尾が一本出ている。

 吾輩の前足が卓の端へ掛かった。


 シャノワは袋を持ち上げた。


「えっと……これは明日の分です」

「大丈夫ですよ。猫さんの分は、私が用意します」

「助かります。それだと数も合います」


 シャノワは袋の口を閉じた。


 集合は明朝、南門の前。

 日が昇る前に出発するらしい。


 吾輩は閉じられた腰袋を見た。

 三日分あるかどうかは、まだ分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。