第5話 図鑑にない魔物
翌朝、冒険者ギルドの裏手には肉と薬草の匂いが溜まっていた。
石を敷いた解体場の中央に、昨日の獣が横たわっている。荷車から下ろされ、四本の脚が縄で固定されていた。
吾輩は屋根の低い梁へ上がった。
下には犬に似た死体があり、地面には水が撒かれている。どちらも近づく理由がない。
梁の端だけ、朝日が当たっていた。
レオナは胸へ包帯を巻き、解体場の入口に立っている。右手には、布で包んだ剣を持っていた。
「動いていいの?」
フェリシアが隣へ来た。昨日曲がったバックラーはなく、左腕には何もつけていない。
「歩くくらいなら。剣も鍛冶屋に預けるだけです」
「今日は見なくてもいいのよ」
「見つけた魔物なので、知っておきたいです」
フェリシアはレオナの胸の包帯を見たあと、入口の壁へ背を預けた。
「倒した魔物、でしょう」
魔物の生態に詳しい老人が、獣の頭を横から覗き込んだ。耳の後ろから伸びる突起へ触れ、硬い毛を指で分ける。
「角ではない。耳の後ろの骨が伸びて、硬い毛に覆われている」
解体職人が鬣へ刃を入れた。一本ずつの毛が太く、根元で絡み合っている。
ガルドは解体台の反対側に立っていた。右腕へ包帯を巻き、昨日の長槍は持っていない。
「槍が滑ったのは、これか」
「毛が刃を外へ送っている。脇腹まで同じ毛に覆われていれば、槍も通らなかっただろうな」
記録係が大きな図鑑を開いた。
「頭と骨格は、岩鬣狼に一致します。通常は大型犬ほどで、危険度はE。群れでもDです」
ページには、肩から首へ硬い鬣を持つ四足の獣が描かれていた。
形は似ている。大きさだけが、まるで違う。
「最大の記録でも、肩の高さは成人の腰までです。この個体は三倍を超えています」
解体職人が胸から腹へ刃を入れた。
レオナの指が剣の包みを握る。
吾輩は梁の上で鼻先を前足へ入れた。
血と内臓の匂いは、魚とは違う。
同じ肉で一括りにする人間の舌は、随分と大雑把である。
老人は露出した骨と臓器を順に確かめた。
「心臓も肺も、前脚の関節もロックメインと同じだ。別の魔物ではない。ただし、皮も筋肉も通常個体の倍を超えている。牙と爪に摩耗もない。長く生きて大きくなったわけでもなさそうだ」
胃袋からは、獣の骨と潰れた木の実が出てきた。
「食べているものも、森のロックメインと変わらん」
支部長は死体を見下ろした。
「では、なぜこれほど大きくなった」
答える者はいなかった。
記録係が図鑑のロックメインへ紙を挟む。
「未知種ではなく、ロックメインの変異個体として報告しますか」
「そうしろ。大きさ、肉質、攻撃性、すべて通常個体と違う。危険度は暫定B」
ガルドが死体の前脚を見た。
「もう一頭いたら、同じ五人では無理だ」
フェリシアが壁から背を離す。
「森の周辺を見てくる必要があるわね。スライムが逃げた範囲も確かめたいわ」
支部長は地図を開き、昨日の討伐場所を指した。
「今日中に隊を組み直す。森の西と北を二日かけて回れ。巣、足跡、食べ残し、同じ大きさの個体がいないか確認する」
レオナの足が半歩前へ出た。
上衣の下で胸の包帯が引かれる。
レオナは息を止め、その場に足を戻した。
フェリシアが横目で見る。
「今度は討伐ではなく、二日かけて森を回る調査よ」
「……はい」
レオナは布で包んだ剣を持ち直した。
「気をつけてください」
支部長は報告書の端へ印を押した。
「この件は上層部へ送る。原因が分からない以上、同じ報告がほかの支部から出ていないか照合が必要だ」
紙は折られ、封筒へ入った。
吾輩は梁の上で前足を伸ばした。
人間は分からないものを紙へ入れ、遠くの人間へ送る。
紙の中で答えが育つとは思えないが、死体を眺め続けるよりはましなのだろう。




