↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リインキャットネーション ―駆け出し冒険者と巡る異世界旅―  作者: カミツキ
獣人族の街

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/16

第12話 遠ざかる魚

 シャノワが案内した食堂は、市場の一番奥にあった。

 軒先には魚の形に削った木札が吊られ、その下に低い卓が四つ並んでいる。椅子の背には尾を通す隙間があり、卓の脚は人間の店より外側へ広がっていた。


 吾輩が下へ入っても、頭をぶつけない。

 この点は評価できる。


 入口へ近づくと、焼いた川魚の脂が炭へ落ちた。

 火が一度上がる。

 吾輩の足が速くなった。


「ここです」


 シャノワは暖簾を上げた。

 店の中では、白い耳を持つ女が焼き台の前に立っていた。女は串を返しかけた手を止め、シャノワを見る。


「アンフスミ……シャノワ!?」


 店の奥からも、二つの顔が出た。

 シャノワは入口で背筋を伸ばした。


「……アンフスミ」


 女は焼き台から離れ、シャノワの腕と肩を順に見た。何かを探しているようだった。


「ヤッサ イコッソ ウシハホ。オジミ ヒクハ?」


 シャノワの耳が少し伏せた。

 尾の先が、踵の後ろへ回る。

「どうしました?」

 レオナは店の入口に立ったまま聞いた。

「久しぶりだと言っています」


「カグクチンハ クコフミ ヨミヒクハ?」

「ツザサボ ウシビオボテ」


 シャノワは答えたあと、店の外へ一度だけ顔を向けた。

 レオナはその横顔を見たが、今度は意味を尋ねなかった。


 店の女はシャノワの肩へ手を置き、空いている卓を指した。


 人間語は分からなくても、まず座って食えという意味なら理解できる。

 この女は信用してよいかもしれない。


 * * *


 卓には、焼き魚が三尾運ばれてきた。

 レオナの前には小さな一尾。

 シャノワの前には、それより大きな一尾。

 もう一尾は、何もない椅子の前へ置かれた。

 吾輩は卓の下から、その皿を見上げた。


「猫さんの分です」


 レオナが皿を床へ下ろした。

 吾輩は魚へ近づいた。

 その前に、シャノワの皿を見た。

 大きい。

 尾も太い。

 焼き色もよい。

 シャノワは吾輩の視線に気づき、自分の皿を卓の奥へ動かした。


「猫さんの分は、そこにありますよね」


 この女はまだ料理の練習中なのだろう。

 失敗したものを吾輩に渡し成功したものを人間たちで食す。

 不愉快ではあるが今日は魚に免じて許すことにする。


 吾輩は尾の先で床を二度叩き、それから皿へ鼻先を寄せた。


「今のは、もっと欲しいという意味ですか」

 シャノワがレオナを見る。

「シャノワさんの魚を見ています」

「どういう意味なんでしょうか」

「『ありがとう』とかだと思います」

 レオナは自分の魚へ箸を入れた。

 シャノワは自分の魚を見た。

 それから吾輩の皿を見る。

「半分にしますか」

 吾輩はシャノワの手を見た。

「駄目です」

 レオナが先に言った。

「猫さんの分は、もう一匹買いました。あげすぎると太っちゃいます」

「そうですか」

 シャノワは箸を戻した。


 実に惜しい。

 吾輩は床の皿へ顔を下ろし、近くにある魚から食べ始めた。


 レオナは根菜の汁物を飲み、硬いパンを少しずつちぎっていた。

 卓の端には、二つに折った依頼票が置かれている。


 パンを口へ運ぶ前に、レオナはまた依頼票を見た。

「さっきから、何度も見ていますね」

 シャノワも依頼票へ目を向けた。

「依頼を達成したの、初めてなんです」

 レオナは紙の端へ指を置いた。

「だから、嬉しくて……」


 最後の言葉が細くなった。

 レオナは二度瞬きをしてから、パンへ顔を伏せた。ちぎろうとした指が、同じ場所を何度も押している。


 シャノワは何も言わず魚の骨を皿の端へ寄せてから依頼票を見た。


「私も、最初の依頼を終えた日は同じでした」

「シャノワさんも?」

「はい。宿へ戻ってからも、印のついた依頼票を何度も開きました。朝になっても、まだ見ました」


 レオナが笑った。

 目元を指で拭ってから、依頼票をもう一度見下ろす。


「前の依頼は、終わらなかったので」

「今回は終わりました」

「シャノワさんがいたからです」

「私は前を見ていただけです。後ろの荷縄に気づいたのは、レオナさんでしょう」

 レオナは首を横へ振った。

「でも、一人では無理でした」

「はい。私もです」


 レオナの指が、依頼票の印をなぞった。


「……無事、終わったんですね」

「はい」


 レオナは依頼票を二つに折り、報酬の革袋と一緒に腰の鞄へしまった。


 吾輩は魚の腹を食べ終えた。

 残るのは頭と尾である。

 吾輩が尾へ前足を置いたところで、卓の横から小さな手が伸びた。

 魚の尾を持ち上げる。

 吾輩の前足は床を叩いた。


「あっ」


 赤い上着を着た少年が、吾輩の魚の尾を持って立っていた。

 十歳ほどだろう。

 頭には短い茶色の耳があり、細い尾が上着の後ろで揺れている。


 店の女が焼き台から声を上げた。

 少年は笑い、魚の尾を吾輩の鼻先で動かす。


「アハ ホア ツヤドメ?」


 何て言っているのかわからないが吾輩をからかっていることは分かる。


「ツヤドムリトン」

 シャノワは魚を食べたまま何か答えた。

「ボラ、カアッソメ」

「チイヒカ サッシイミボテ。イコツソ エビチク」


 少年は尾を吾輩の皿へ戻した。


 吾輩の前足が、その指へ出る。

 少年は手を引いた。

 爪は届かなかった。


 吾輩は尾を前足で押さえ直した。

 信用はしない。

 人間も獣人も、魚を持ったときだけは油断ならない。


 店の女が少年を呼び、入口を指した。

「エミエ ヒメ リコフ イコムヒチク」

「リビ キイメクヨ」

「ヨメフ ヒメサ ダケモクジ ウソ シドミモメミヨ」

 少年は顔をしかめた。

「ミイッシ」

 少年は赤い上着の前を閉じた。

「リシ エメホ」


 誰へ言ったのかは分からない。何も伝わっていない。

 吾輩ではないことを願う。


「何て言っているんですか?」

「暗くなるから早く帰りなさいって言ってました」

「カティッシュ語はまだまだ勉強しないとですね」

「覚えたいんですか?」

「せっかくなら少しくらい使いたいじゃないですか」

 シャノワは笑った。

「レオナさんも子供っぽいところがありますね」


 少年は店を出ると、通りの下へ走っていった。赤い上着が人の間を抜け、角を曲がって見えなくなる。

 店の女は、その背中が消えるまで入口を見ていた。

 それから焼き台へ戻った。


 * * *


 食事を終える頃には、日は山の端まで下がっていた。

 市場の奥から女の声が上がった。


「クヒクハ!」


 獣人たちが一斉に振り返る。


 黒い耳。

 茶色い耳。

 灰色の尾。


 いくつもの耳が同じ方向を向いた。

 吾輩の耳も向いた。


 女は店の女へ詰め寄っていた。


「タハ アヒミ、セク チッウリボ アアフ クリツシ」

 店の女が、少年の消えた角を指した。

「タサフ クシ アジ、ダケモクカ カッソ ヤリコ レイッシハカ ルシ タケボテ」


 シャノワが駆け寄る。

 レオナは遅れて近づいた。


「何があったんですか」

 シャノワは女から顔を離した。

「男の子が、一人いなくなりました。亡霊を追いかけて山へ入ったそうです」


 レオナの顔が、街の外へ向いた。


 昨日の斜面。

 匂いのない男。


 吾輩は鞄の中で体勢を変えた。

 山に行くなら、魚から遠ざかる。


 実に悪い流れである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。