第2章〜「正義」の作り方お教えします〜①
ナショナルプレスセンターでラドレスク大臣の会見が終わったあと、オレたちチーム・ヴェスパの活動は本格化した。
鳳花さんは、キャピトル・ヒルことアメリカ連邦議会での議会対応(またの名を政界工作とも言う)。
壮馬は、すでに完成済みのモルタヴィア共和国の惨状を短く伝える動画の拡散。
そして、オレは、新聞社やテレビ局などの記者向けに行う、オールド……もとい、レガシー・メディアの対応だ。
21世紀も30年近くが経過したいまとなっては、なんだか、自分が担当するターゲットが、もっとも時代遅れだという気がしないでもないが――――――。
日本では上級国民なんて俗語で言われたりする、社会のエスタブリッシュメント層に属する人たちの中では、新聞やテレビメディアでの報道に対する信頼度は、まだまだ高い。
今回、チーム・ヴェスパが動かそうとしている世論は、主にこの階層に所属している人々の見解なので、方向性としては間違っていない(―――と信じたい)。
そんな訳で、オレは、最初の記者会見を行なうときに出来なかった情報拡散の手助けをしてくれるメディアを作る新規開拓の作業に入ることにした。
まずは、前日の会見を欠席していた三大テレビネットワークの一つと、大手新聞社の担当あてに電話を掛ける。
残念ながらテレビ局の方は、担当者が不在だったようだが、新聞社の方は、担当が社内に居たようだ。
―――こんにちは、アルコ・グローバル・ストラテジーのクロダと言います。ウクライナ・東欧情勢の専門担当の記者さんをお願いできませんでしょうか?
「はい、少しお待ち下さい」
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「私が、ウクライナ情勢担当のエイブラムスだが? PR会社が、なんの用だい?」
―――はじめまして、エイブラムスさん。アルコ・グローバル・ストラテジーのクロダです。突然のお電話で恐縮ですが、今日お電話した理由を2分だけお話ししてもよろしいでしょうか?
「2分も? ケンタッキーダービーなら、優勝馬がゴールしてしまうじゃないか? もっと手短に頼むよ」
―――わかりました。それでは、マイル戦が終わる90秒以内で話を切り上げるようにします。昨日、プレスセンターでモルタヴィアの外務大臣の会見があったことはご存知だと思うのですが……。
「ああ、午前中は他の取材に出ていたから、出席できなかったがね」
―――はい、出席いただけなかった記者の皆さんにも、モルタヴィアが置かれた現状を知っていただきたいので、昨日の会見で配布したプレスリリースと会見の内容をまとめた資料をメールで送らせてもらいたいと思います。
「そうかい。まあ、怪しげな営業リーフレットじゃなければ、送っておいてくれたまえ」
―――ありがとうございます! あわせて、あちらの大統領府から入る情報も『モルタヴィア通信』というタイトルを付けて、定期的に送れせていただこうと思います。
「わかった。用事はそれだけか?」
―――はい、資料に目を通していただいて、ご質問等があれば、いつでも、アルコ・グローバル・ストラテジーまで。資料に、私たちの連絡先を記載しておきます。
こうして、電話の内容を紹介すると、
「なんだ、セールス会社のテレアポじゃないか!」
と思うひとも多いだろう。
実際、AGS社の社内では、いまオレがしていたような地道な活動を「コールド・コーリング」と呼んでいるが、この呼び名は、アメリカのビジネスの現場でも普通に使われていて、その意味するところは、日本で言うところのテレフォンアポイントと、まったく同じだ。
お互いに相手のことを知らず、先方が自分たち会社の商品に興味があるかも分からない状態で、関係性が「冷え切っている(全く温まっていない)」ことから、こう呼ばれるそうだが、オレは、このコールド・コーリングで相手と打ち解け、関係を作っていくのが得意だった。
今回は資料の送付連絡で終わってしまったが、相手に時間があるときは、ケンタッキーダービーどころか、イギリス競馬の伝統的障害レース、グランドナショナルを完走できるくらい(約10分ほど)話が盛り上がることもある。
日本と同じように、アメリカでも若者は電話という通信手段を利用するのが苦手な人間も多いらしく、各メディアの責任者を務めることが多い中高年世代は、珍しがって20代のオレと話すことを気に入ってくれているようだ。
初回の会見には出席してもらえなかったものの、とりあえず、有力紙のひとつにも足掛かりができたことから、気分よく新しい作業に取り掛かる。
次の作業は、さっきの担当者との会話にも出てきた『モルタヴィア通信』の作成だ。
昨日の記者会見の内容や、ラドレスク大臣の履歴書、そして、彼が国連事務総長宛に出した手紙のコピーも付けておく。
これからは、この『モルタヴィア通信』を、少なくとも三日に一度、ニュースが多いときは、一日に何度も情報を更新して、受信の許可をしてくれた相手にメーリングリスト形式で送付する。
主な送付先は、コールド・コーリングで開拓した有力メディアに加えて、大物議員、国務省の官僚、国連の各国代表部、自然環境保護団体や難民支援団体のNGO(相手国の攻撃で自然環境や避難民が問題が生じたとき、大いに力になってくれる)など、多岐にわたる。
モルタヴィアの首都キシナヴィアは、トランス・ドニストール共和国のドローン攻撃を受ける日々が続いているということだが、ラドレスク外務大臣の要請により、大統領府には、いつでもオレたちアルコ・グローバル・ストラテジー社と連絡が取れる、ホットラインを開設していた。
ここから、リアルタイムで入ってくるモルタヴィア関連のニュースをまとめた記事は、オレが執筆し、鳳花さんが納得するまで何度も何度も修正する。また、必要に応じて壮馬が作成した動画の閲覧リンク貼っておく。
こうした資料作りが、しばらく、オレのメイン業務となった。




