第2章〜「正義」の作り方お教えします〜②
政界と官僚、マスメディアや環境保護団体に至るまで、情報の拡散先を広げたオレは、鳳花さんに許可をとってから、新しい協力者を募ることにした。
自分たちの母国・日本で、モルタヴィア情勢がどんな風に報じられているのか、中学時代からの後輩で、現在はVTuberの配信者というオモテの顔を持っている佐倉桃華に連絡を取ったところ、
「モルタヴィア共和国ですか? 日本じゃ、ほとんど、ニュースになってない話題ですね〜」
という第一声が返ってきたあと、
「いま、ちょっと調べたら、紛争が起こる前のモルタヴィアについて解説してる動画の配信者さんは、ワタシの知り合いですよ。よければ、彼女とつなぎましょうか? くろセンパイのディスコードの連絡先をおケイ先生に伝えておきますよ」
と提案してくれた。
というわけで、後輩の紹介で、ゆっくり解説の動画を確認したあと、この動画を配信している、おケイ先生こと、冨山敬子さんとコンタクトを取ってみる。
―――こんばんは。佐倉……じゃなかった、夜永ルナに紹介してもらった黒田です。
「あぁ、どうもどうも。ルナちゃんから話は聞いてるよ〜。外資系のPR会社が、私なんてローカルなVTuberにどんな御用です?」
―――えぇ、数年前にアップロードされた、ゆっくり解説でモルタヴィア共和国の現状をかなり的確かつ、わかりやすく日本の人たちに伝えてられていたので、情報発信のお手伝いをしてもらえないかと思いまして。
「ふ〜ん、動画の内容を誉めてくれるのは嬉しいけど、あの時のゆっくり解説は、自分で集めた情報をAIに読み込ませて自動出力しただけだからな〜。それに、PR会社からの話ってことは、私にステマの片棒をかつげってことでしょう? そういう依頼は、ちょっと受けられないな〜。黒田くんだっけ? ちょっと聞きたいんだけど、あなた、ルナちゃんの先輩ってことは、花金さんとも知り合いだよね?」
―――はい、鳳花さんは、オレと桃華……じゃなくて、夜永ルナの共通の先輩で、彼女はいまの直属の上司でもあります。
「そっか……花金さんもアメリカのPR会社に就職したんだっけ? なら、話は早いや。花金さんの後輩なら、私たちが高校生の頃に起きた一宮高校の生徒会選挙事件のことは知ってるでしょう? 母校の恥を語るのは癪だけど、PR会社が絡んだ選挙戦のステマでウチの学校の生徒会選挙は、メチャクチャに荒らされたからね〜。申し訳ないんだけど、個人的にPR会社ってモノにあんまり良い印象は無いんだわ。同じことは、私たちが住む県の県知事選挙でも起きたしね」
―――なるほど、そうだったんですね……。
おケイ先生が言っている一宮高校の生徒会選挙事件とは、地元のPR会社が生徒会選挙の広報活動に密かに関与して、生徒たちの投票行動を恣意的に誘導したとされる事件だ。その事件の顛末は、当時、一宮高校で放送・新聞部に所属していた佐々木という生徒が、卒業後に『推しと選挙とビターチョコ』というタイトルで取材記録を発表している。
―――一宮高校の事件については、『推しと選挙とビターチョコ』の手記で読ませてもらいました。あの記録を残した佐々木くんのジャーナリスト魂には、頭が下がる思いです。彼は、僕がリスペクトする同世代の人間の一人ですね。もちろん、放送・新聞部の代表者だったケイコ先輩もですけど……。
「ほ〜〜〜〜〜ん。黒田くん、あなた人たらしだって良く言われるでしょ? こっちのこともそれだけ調べてるんだ?」
―――いえいえ、偶然ですよ。
もう言うまでもないかも知れないが、『推しと選挙とビターチョコ』の手記の中で、著者の佐々木少年に色々とアドバイスをして、放送・新聞部の活動をリードしていたケイコ先輩とは、いまの通話相手のおケイ先生のことだ。
具体的に名前は出していないものの、その手記の終盤で、ケイコ先輩が、卒業後に政治系VTuberとして活動していることが描かれている。
「はぁ……しょうがないな〜。可愛い可愛い後輩のことをそこまで誉めてもらえたら、断るわけにもいかないか……花金さんと一緒に活動しているなら、怪しげな活動はしないだろうし―――わかったわ。ウチの配信でも、モルタヴィア情勢のことを取り上げてみましょう!」
―――ホントですか! ありがとうございます!
お礼の言葉を述べながら、オレは、密かにほくそ笑む。
やはり、狙いは間違っていなかった。鳳花さんやウチの会社の会長であるマザー・クライスをはじめ、オレの周りには、なぜか、本人よりも部下や後輩のことを褒められたときの方が、喜ぶ女性が多い。どうやら、おケイ先生こと冨山さんも、例外ではなかったようだ。
それでも、政治・外交ネタを扱っているだけあって慎重な性格なのだろうか? 人気配信者は、コチラに釘を刺すことを忘れない。
「た・だ・し! 取り扱う情報の取捨は、こちらでさせてもらうわ。PR会社からの情報だけじゃ、片方の勢力のプロパガンダに加担しちゃうことは目に見えてるからね〜。湾岸戦争のナイラ証言みたいなことはゴメンだから」
彼女が言うナイラ証言とは、1991年の湾岸戦争前夜、アメリカの世論をイラクとの戦争へと一気に傾けさせた、歴史上最も有名な「戦時プロパガンダ(世論誘導)」の事例だ。
イラクのクウェートへの侵攻後、アメリカの公聴会で証言者として登壇したナイラと名乗る15歳のクウェート人少女が、イラク軍がクウェートの病院で行ったとされる残虐行為を告発した。「イラク兵が病院に銃を持って押し入ってきました。彼らは保育器から赤ちゃんを取り出し、冷たい床の上に放置して死なせました。そして、その保育器を盗んでいったのです。私はこの目で、312人もの赤ちゃんが死ぬのを見ました」と―――。
だが、涙ながらにイラク軍の非道さを訴えた少女の正体は、当時の駐米クウェート大使の娘で、彼女は、イラクのクウェート侵攻時、現地にすらおらず病院の惨劇も見ていなかったと言う。
ナイラ証言は、どれほど民主的な国家であっても、精巧に作られた偽情報と感情的な演出によって、国民や議会が簡単に戦争へと誘導されてしまうというメディア・コントロールの恐ろしさを示す事例として今も世界中で語り継がれている。
―――えぇ、大丈夫です。私たちアルコ・グローバル・ストラテジーでは、社内に倫理委員会を設けていて、ニセ情報を流さないよう、常に注意を払っていますから。
「そっか。そういうことなら、あなたの会社の方針と花金さんのことを信頼しましょう」
―――よろしくお願いします。では、おケイ先生には、アメリカ本国で使用している資料を送付させてもらいますので、ご質問や疑問点があれば、いつでも、アルコ・グローバル・ストラテジーの花金、黒田、黄瀬までご連絡ください。
正直なところ、日本のVTuberにグローバルな世界を相手にした情報拡散を期待した訳ではないが……。
今後、日本国内でモルタヴィア情勢に対する国民の見解が、どのように変化していくのかは、大いに興味がある。
それはさておき、メディア関係者との協力体制構築に関して、一定の足掛かりを作ることが出来たと判断したオレは、同じく連邦議会に対して橋頭堡を作ろうとしている鳳花さんのサポートに移ることにした。




